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追憶の記

姉壽満子は昭和18年9月10日夕刻 
鳥取地震のため鳥取市西町1番地にて即死

 日に月に去りゆく想ひ
  淋しくも
   一人深夜に遺書をひもとく

 夕ぐれに
   ふと縫ふみてを休めては
   もの想ひする母ぞいたはし

 かなしさのつきじ思ひは
  母にして
   母のみぞしる母の心は

 ももとせの年はふるとも
  此の紙の 残るかぎりは
   また誰かよむ

 明日の日のいひはなくとも
  かへりきて
   ほしいぞといふ母の心は

 今日の日に
  ふとかへり来る心地して
   汽車の上ればたたずむは母

 日と共に消えゆく姉の想ひ出を
  つたなき筆に
   せめてとどめん

 もしやしたら姉はゐぬかと
  女医生の
   群みる度にさがしみるれど

 夏蝉と共に消えにし
  はかなさを
   なぐさめくれよ初秋の虫

 一時を 闇に照り消ゆいなづまと
  姉のいのちは
   ひとしかりける


姉様の死を思ふと
胸をかきむしりたい様な
そして 何かしら 心は
うらんでゐる
それは天だろうか 地だろうか
一日だって忘れたことのない死
ああ、あの日赤の女医室にも
本当に白衣の姉様はゐないのか
幾日たっても 信じられない死を
なんとせう
どこかにきっと 生きてゐる


何故か淋しい 夜故に
一とせ昔を回顧して
私も涙にくれにける
母と二人で山田の道を
月を眺めて 歩みつゝ
姉のかへりを 待った夜も
今夜の夜も  その夜のやうに
虫のすだく 夜なりし
苦しい五年の 母と子の
今日は実りし 喜びに
月を仰いで泣いたのも

あれから一年 今日の日に
灰とならうと思ひしぞ
母の今日まで暮したも
可愛いい姉のあればこそ
雨の宵も 嵐の夜にも
どんな 苦痛もたえしのび
ほっとしたのも 一瞬に
闇の世界へ いとしさよ
母より不幸を いふ人の
又とこの世にありしぞや
食べないときも 寝ない夜も
思ふに しのびん二十年 
僕が変れる ものならば
喜び、死んでゆくものを・・・・・・。

故 高藤光次19歳 大阪大学学生

姉故高藤壽満子21歳 鳥取赤十字病院小児科医

 おゝなつかしの聴診器よ
 お前は
 最後まで姉様に使はれたことだろう
 どんな暑い日も 又寒い日も
 姉様の耳へ 患者の心臓のこどうを知らした
 黒く 力なく お前も
 あるじの死を 悲しんでゐるのか
 三年も 四年も
 お前が姉様と最も親しかった
 そして幾年かの幸福な日々を送った
 百日 一日の如く過ぎて
 お前のあるじは
 とはにかへらぬ人となっても
 こうしてお前だけが無事である
 この因縁を・・・・・・
 お前も不幸だった
 聴診器よ
 とはにめいせよ

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