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ここだけの話をさせてください

「忘れられない人」と言うと少々大袈裟かもしれない。
でも今まで付き合ったどの彼氏よりも、記憶に残っている奴がいる。


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彼とは中学で知り合った。思えば一緒のクラスになったことは無い。それでも私が彼のことをよく知っていたのは、彼が私の仲の良い友人と付き合っていたからだ。当時友人としていた交換日記には、ままごとみたいな中学生の恋愛がたくさん記されている。

とは言え彼自身とは直接的に仲が良かったわけではないし、会話らしい会話をした記憶は無い。それは中学を卒業して高校に入学しても同じだった。

私は彼と同じ高校へ進学し、彼と付き合っていた友人は別の高校へ進学した。理由は覚えていないが、高校に入学した頃には友人カップルは破局していたと思う。ただでさえ会話をする中では無いのに、友人からの唯一の情報も無くなり、ますます彼とは疎遠になっていた。


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高校へ入学すると、他の中学から進学してきた女の子たちに彼のことを聞かれることが多くなった。

先述したとおり、同じ中学ではあったものの全くもって親しくなかった為、彼女達に渡せる情報は少ない。この頃初めて「ああ、あいつモテるのか。」と認識したが、依然として会話を交わすわけでもなく、ただの顔見知りの関係は高校を卒業するまで変わらなかった。


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私の地元は「ド」がつく田舎で、高校を卒業した進学組はほぼ全員一人暮らしになる。私も彼もその中の一人だった。

不思議なもので、夏休みなどの長期休暇になり地元に帰ると、慣れない都会生活のせいか、地元の友達がとても尊い存在に思えてくる。顔見知り程度だった彼とも、数人の仲間内で遊ぶようになった。

そのうちに長期休暇に限らず、東京でも地元の友達何人かと集まって遊ぶようになり、この頃には彼と普通に話せるようになっていた。


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当時私と彼には付き合っている人が居た。

私にはいつもお金が無くて学生の私にお金を借りる彼氏が、彼には携帯に登録されている女性全てを消すように差し向けた彼女がいた。今思い返すとお互い中々に強烈な相手と付き合っていたと思う。

先に破局したのは彼の方だった。原因は彼女の浮気。私はというと彼氏とくっついたり離れたりと共依存のような関係を続けていたが、他に女がいることは明らかだった。もはや付き合っているのかも分からない状態が続く中、彼女の浮気が原因で別れた彼のことを思い出し、相談を兼ねてよく連絡を取るようになっていた。


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今思えば本当に馬鹿だった。あの頃はとにかく誰かに共感して欲しくて、同じ境遇にいた彼を利用していたのだ。彼が嫌と言わないことをいい事に、一晩中飲んだりカラオケに付き合ったりしてもらっていた。

中高生の時には顔見知り程度だった関係が、この時には親友に近い関係になっていたと思う。しかし親友だと思っていたのは私だけだった。


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「東京って星見えないよね。」お酒を飲みながら私がそんなことを言った。私たちの地元では街灯も少なく、特に空気の澄んだ冬には満天の星空が見ることができるが、東京では星自体見かけることが少ない。

そんな会話をしていると、プラネタリウムならあるという話になり、一緒に見に行く事になった。いつも待ち合せは21時以降だった私たちが、初めて13時に待ち合せをして昼間の街を一緒に歩いた。

ところが上映が始まり、人口的に作られた星を見ていると急に頭の中が冷静になってきたのだ。「昼間に待ち合せをして王道のデートプランを彼氏じゃない男と漫喫して、何してるんだろう。」と。

上映も終盤に差し掛かり、館内の天井には見渡す限り眩しい人口の星が広がっていた。私はそれを感動するでもなく、体の力が抜いて本当にただ頭上に広がる星を眺めているだけだったが、右側に座る彼の左手が私の右手を握ったことに気づくのに時間は掛からなかった。


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手を握られて私が最初に思ったことは「まずい。」だった。それまで彼が私に好意を抱いてる素振りもなく、ましてや「好きだ」と言われた覚えも無い。私自身も彼への感情は親友に向けられるもので、恋愛感情ではなかった。

「同情しているだけ」
「雰囲気にのまれてるのか」
「寒がってたから温めているだけか」

手を繋がれた理由を否定する言い訳を探していたが、強く握られた右手からは紛れもなく彼からの好意を感じた。しかし私は握り返すでもなく、彼の方を見ることもしなかった。上映が終わり館内を後にする頃には、右手はもう自由になっていた。


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時は過ぎてお互い就職する時期になった。その頃には私も付き合っていた彼氏とは別れていた。私たちは相変わらず二人で遊ぶことが多かったが、付き合うわけでもなく、ましてや昼間に会うことはプラネタリウム以降一度もない。

大学卒業を控えたある日、いつもどおり一緒に飲んでいると「ヒッチハイクの旅に出る」と唐突に彼が言った。社会に出る前の若者がやりがちな提案に私は腹を抱えて笑った記憶がある。

出発は明後日、特にプランは決めていないようだったが、とりあえず溝の口の交差点から出発するとのことだった。一通り笑い終え、じゃあ気をつけていってらっしゃいと言うと、彼は急に押し黙り真っ直ぐに私の方を見て「一緒に行こう」と言った。


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返事を出さないまま出発の朝を迎えた。流石に付き合ってもないのに何泊も一緒に過ごすのは抵抗がある。かと言って、その頃には完全に親友というか兄妹に近いような存在だった為、付き合うという選択肢はなかった。

「やっぱり一緒には行けない、見送りだけ行こう。」そう決心して、溝の口まで向かった。待ち合わせ場所には大きなバックを背負った彼がいた。いつも通りのカバンで現れた私を見て、彼は一緒に行かないことを悟ったと思う。

ヒッチハイクをする道路まで行くと、彼は私に「これあげる」と言って世界の絶景と書かれた本とハンカチを渡した。本には付箋が貼ってあるページがあり、ページを開くとどこまでも続く水面に星空が映し出され、空と地上が一体となっている天国のような風景が広がった写真が載っていた。

「今度は一緒に行こう」と彼は言ったが、私は何も答えることが出来なかった。

運よく止まってくれた車に乗って出発した彼を見送った後、私は彼の気持ちを確信した。あの日握られた手の理由を否定することはもう出来なかった。


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二週間後、ヒッチハイクの旅を終えた彼から「飲みに行こう」ではなく「会いたい」と連絡が来た。ここで会いに行けば彼の気持ちを言葉で聞くことになるかもしれない。でも私は彼の気持ちにはどうしても応えられない、どうこねくり回して考えても友達以上には考えられないのだ。ずっと仲の良い友達としておじいちゃん、おばあちゃんになっても気軽に会える間柄になりたかった。

「ごめん、忙しくて暫く時間作れない。」と返すと「分かった。」と返信が来ただけでそれ以上彼は聞いてこなかった。その後、私は一方的に彼と距離を置いた。そのまま大学を卒業し社会人になり、彼と連絡を取ることはほとんどなくなってしまった。私たちは中高生の時と同じ関係に戻っていた。もしかしたらそれ以上に疎遠になってしまったかもしれない。


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最近私は東京から遠く離れたところに引っ越しをした。荷物を整理している時に高校の卒業アルバムが出てきたので、作業の手を止め読み耽ってしまった。そこには、まだ顔見知り程度の関係だった彼も写っていた。最後のページを見ているとたくさんの同級生が書いてくれた寄せ書きの中に、当時あまり関わりが無かったので書いてあるはずがないと思っていた彼の寄せ書きを見つけた。

「今さら書くことないよ、バカさ加減がいい。」

彼がいつ書いたのか全く分からないが、彼らしい言葉を見つけて少し胸が苦しく感じた。


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去年彼が結婚をして子供も産まれたことを人づてに聞いた。

たくさん仲良くしてくれて、慰めてくれたのに、気持ちを無視し続けてごめん。おじいちゃんおばあちゃんになっても仲良くしていたいとか言うくせに、自分から壊してごめん。今さら本当に遅いけど、あの時君がいてくれたことが救いだった。ありがとう。

おめでとう、世界で一番幸せになってね。

遠い街から、ここだけの話だ。

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