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4月25日 日曜のソラマメと思い出す素麺

 朝に娘と二人でちぎったソラマメを、夜に妻が焼いて出してくれた。名産地で収穫した採れたてのソラマメだ。旨くないわけがない。

冬風に耐えて貯めたるソラマメの熱がはじけて奥歯にあたる


 昼過ぎ、妻と結婚してから毎年(ただし昨年を除く)お邪魔している素麺屋を訪れた。駐車場の隅から伸びる長い階段の下に店舗がある。
 6年前、長男の左右から僕と義父とで手をつなぎ、一歩一歩階段を降りた。今日は長男が義母を後ろから押しながら階段を上った。登り終えたところで一休みしていると、義母が義父とスマホの動画を見て笑っている。6年前の、義父と僕に支えられて階段を歩く長男の動画だった。義父は足を悪くし、もう階段を上り下りできない。その顔は笑っているようにも泣いているようにも見えた。

素麺と若き緑の匂いとに呼び戻された午後のプルースト

☆ ☆ ☆

 山の中を歩いていると、あちこちからホトトギスの声が聞こえる。どうやらもう、初声を待ち望む時期は過ぎたらしい。

 足引きの山ほととぎすおりはへて誰かまさると音をのみぞなく
                  (古今集・夏歌・よみ人知らず)

 「おりはへて」は《「をる=重ねる」+「はふ=延ばす」》で、長く続けるという意味。山の中で春を謳歌しているようにも感じられる。しかし『古今集』でのこの歌の次は「いまさらに山へ帰るなほととぎすこゑのかぎりはわが宿になけ」だ。すると「足引きの」歌でのホトトギスは、帰らないことを懇願されるホトトギスだと考えるべきであり、それはつまり里に出てきているホトトギスなのだろう。

分け入るにはしんどい
山の中からこの里に訪れてくれたホトトギスは
何度も、何度も続けて
誰が自分にまさるものかと
声をあげて鳴いてばかりいる




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