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伊勢物語75 わかめレベルの男

 この段の歌のやりとり、大好きなんです。女の塩対応を丁寧に読み込んでいく授業をすると、生徒受けもかなり良かったです。

1,本文と訳

 昔、男「伊勢の国に率ていきてあらむ」といひければ、女、
   大淀の浜に生ふてふみるからに心はなぎぬ語らはねども
といひて、ましてつれなかりければ、男、
   袖ぬれて海人の刈りほすわたつうみのみるをあふにてやまむとやする
女、
   岩間より生ふるみるめしつれなくは潮干潮満ちかひもありなむ
また男、
   涙にぞぬれつつしぼる世の人のつらき心は袖のしづくか
世にあふことかたき女になむ。
《現代語訳》
 昔々のこと。あの男が「伊勢国にあなたを連れていって共に住もう」と言ったところ、相手の女性は
   大淀の浜に生えてる海松レベル貴方なんかは見るだけで十分
と言って、以前よりも冷淡な態度をとったので、あの男は
   びしょびしょになる程頑張る海人のよな僕見るだけで終わらすのかい
と詠んだ。すると女性は
   岩間から生える海松布が嫌ならば頑張れいつか貝になれるよ
と詠んだ。するとあの男は
   涙にね濡れてびしょびしょ世界中の冷たい人が相手なのかな
 まったく本当に、逢うのが難しい女であったものだ。


2、コテンノセカイ

伊勢の国
 三重県の大部分です。
 斎宮一行は都からは近江国の勢多(せた)・甲賀(こうか)・垂水(たるみ)、伊勢国の鈴鹿(すずか)・一志(いちし)を通って五泊六日かけて伊勢に入ったんですと(斎宮歴史博物館より/下記リンク)。

大淀の浜
 伊勢神宮の北、現代の道を通って徒歩3時間ほどの所にあります。尾張の国へ行くための渡し場があったようです。


●みる
 漢字で書くと「海松」です。海藻です。歌ことばと言って良いでしょう。「見る」との掛詞で用いられます。

画像1

(画像は下記リンクより)


●袖
 歌ことばです。直衣や狩衣の袖をイメージすれば良いでしょう。

画像2

(画像は風俗博物館HPより)


 腕を覆うでろんとした部分が袖です。まあ、当たり前ですね。

 「袖」が濡れるのは水分を拭き取るからです。その水分とは涙。どんだけべっしょべしょに濡れたかの表現を競う傾向もあります。その最高傑作の一つが、百人一首にも選ばれたこれ。

我袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らね乾くまぞなき
(わたくしの袖は引き潮でも視界に現れない沖の石のようなもの。あなたは知ることが無くともずっと濡れっぱなしなのですよ)

 この歌の「沖の石」はべっしょべしょであるだけではなくて「視界に現れない=人に知られない」のイメージも持たされていることでも評価されているのですけれどね。


海人
 漁業等をやっている労働者
です。男女を問わず「海人」と書いて「あま」と読みます。魚を釣ったり海藻を刈ったり潜水したり海藻を焼いて塩を取ったりしています。忙しいですね。


3,和歌を読む

①大淀の浜に生ふてふみるからに心はなぎぬ語らはねども

(詠み手)女
(対象)男
(心情)(男の誘いに対して)冷淡
(内容)※掛詞を用いた序詞あり
1)イイタイコト:みるからに心はなぎぬ語らはねども
見るだけで心は落ち着いてしまいました、契り交わしていませんけれど

2)序詞:大淀の浜に生ふてふみる(掛詞。「海松→見る」)
大淀の浜に生えるという海松のように、

※諸注釈は掛詞を「~ではないが」でつなぎます。しかし比喩「~のように」でつないだ方が自然で面白く、また後の和歌との繋がりも良いのではないでしょうか。
※「~のように」と解釈すれば「アンタはワカメレベルに過ぎませんので・・・残念!」という歌になるでしょう。塩対応ですね。


②袖ぬれて海人の刈りほすわたつうみのみるをあふにてやまむとやする

(詠み手)男
(対象)女
(心情)懇願
(内容)※掛詞を用いた序詞あり
1)イイタイコト:みるをあふにてやまむとやする
姿を見ることを契りを交わす代わりにして終わりにしようとするのでしょうか

2)序詞:袖ぬれて海人の刈りほすわたつうみのみる
袖が濡れるようにして漁師が海で刈り取り岸に干す、海の海松のように

※自分が「海松」扱いされたので、その「海松」は忙しい漁師さんレベルで頑張っているんですよ、というアピールをしている歌です。そんな頑張ってるボクを、見るだけで終わりにしちゃうの?と。


③岩間より生ふるみるめしつれなくは潮干潮満ちかひもありなむ

(詠み手)女
(対象)男
(心情)後の男の和歌から判断。依然として冷淡
(内容)※掛詞を用いた序詞あり。
1)上句イイタイコト:姿を見るだけにすることが冷たいというなら
2)上句序詞:あなたを岩の間から生える海松布のように

3)下句イイタイコト:時間をかければ甲斐もきっとあることでしょう。
4)下句縁語上の言葉:潮が引き、潮が満ちとしている間に現れる貝のように

※「『海松藻が駄目なら貝があるでしょう』という言葉の縁が主になった冷淡な歌」と解説するのは『集成』です。アントワネットのリズムで塩対応が加速していて、ゾクゾクしちゃいますね。


④涙にぞぬれつつしぼる世の人のつらき心は袖のしづくか

(詠み手)男
(対象)女
(心情)辛い(歌中に心情語があります)
(内容)
・涙にぞぬれつつしぼる
涙に濡れながら絞っている・・・きっと濡れているのは袖です。

・世の人のつらき心は袖のしづくか
世の中の人々の冷淡な心が私を泣かせ、私の袖に降り注ぐ涙の滴にしているのだろうか

※最後は泣くしかないんですね。


4,メールを出してみよう

 桐原書店『探求 言語文化』の「活動」を追っ掛けています。二つめと三つ目の「活動」は「話し合ってみよう」でした。僕はソロプレイヤーですので話し合いは諦めます。
 四つ目の「出家した『俗』の立場から、雌鳥に手紙を書いてみよう。」に寄せて「手紙を書いてみよう」を採用します。ただし手紙をメールに変更してみます。

 では活動です。

第三者、業平の友人(紀有常あたりでしょうか)の立場から、降られた業平にメールを出してみよう。

 キャラ設定です。
 業平にお世話になることも多い男。
 気の良い友人紀有常。

 というくらいで良いでしょうか。


(手紙)

 業平様
 前略。
 最近君が手ひどく振られたと聞いた。大丈夫かね。我が娘の婿とは言え、同じ男として失恋の痛みには同情を禁じ得ない。
 ところでその、何だ・・・。振られた内容なのだが、君。
 海松扱いされたって?いや海松どころか貝扱いまでされたとか。稀代の色男・業平ともあろうものが、貝・・・。
 ぜひ詳しく聞きたい。数日中に遊びに行かせてもらおうと思う。よろしく頼む。 草々
                           紀有常

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