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【お通夜旅】札沼線 北海道医療大学ー新十津川編

訪問データ

行った日:2020年2月19日
当該区間廃止日:2020年5月7日

新十津川、その語感も好きだった

 新十津川の存在は、いつしか頭に入っていた。明治の開拓期、奈良・十津川の住民が移住したからその名がついた、なんていう歴史エピソードもだが、新十津川駅は日本一早い終電が発車する駅としても知られていた。驚くことなかれ、それは10時ちょうど発の石狩当別行きであり、新十津川を発車する唯一の列車である。唯一とあるのは、浦臼から新十津川間は一日一往復しかないためである(こうなった経緯は各々ウィキペディアなどで参照して頂くとして)。
 廃止に際して、新型コロナウイルス感染拡大のさなか、人生三度目の北海道へと旅立った(三度目にして初めて神戸空港を利用。エアドゥよかった)。
 前述の通り、新十津川駅は日本一早い終電である。これは、石狩当別駅からやってきた列車の折り返し列車だ。だったら折り返し前の列車にも乗って往復しようとなる訳で。それに間に合うために札幌6:58発の北海道医療大学行きに乗るプランを取らざるを得ない。朝早いがゆえ、宿を取るほどでもないと判断し、新千歳空港へ19時台につく飛行機に乗り、セイコーマートで夕食と翌朝食を本州では信じられない値段で買い、札幌駅近くのネットカフェで一夜を明かした。
(余談:セイコーマートにおいて、ICOCAで支払しようとしたが、ICOCAと言って知らない顔をされたり、首都圏のようにわざわざSuicaと言い直されたりするのもどうかと思い「Suicaで」と言ったところ「Kitacaですか?」という返事だった。Kitacaが馴染んでいることに安堵した。誰目線や。ちなみにこの一夜で初めて、空前のブームとなりつつあった鬼滅を読んで、案の定はまった。)

日本一早い終電に乗るべく

 翌朝。10番線から6:58札幌発北海道医療大学行きに乗車。普通列車だったが、快速エアポートなどで使用される車両(形式失念)が充当されていた。エアポートでは指定席となるuシートについては自由席となっていた。椅子から違うので、こんなにいい席に乗らせてしまって申し訳ないと思いながらもそちらに座る。

 札幌から北海道医療大学間、つまり札沼線の今回廃止にならない区間は、学園都市線というだけあって、早朝の下り列車にもかかわらず多くの学生の乗り降りがあった。この光景だけでは、この先に一日一往復のローカル区間が待つとは思えない。

 新十津川へ向かう唯一の列車は、終点北海道医療大学の一つ手前の駅・石狩当別から発車する。私を含めて確実に席を確保したい人が石狩当別で降りていく。ある種、鉄道マニアの選別だ。北海道医療大学より先は単線であるため、毎度おなじみキハ40系に乗り換える。座席には余裕があった。発車すると、田んぼか畑であろう平原をひたすら突っ切っていく。後で小耳にはさんだが、農業の効率化に線路が邪魔だったという話も聞いた。色んな事情があるものだ。

 途中、石狩月形で上下の行き違いを行った。ホームには多くのカメラマンがおり、反対の列車からは、地元の方らしき人が何人か下車していた。駅舎に立ち寄ると、札沼線記念入場券の文字があった。従来発売されていた「わがまちご当地入場券」の形式でここ石狩月形以外にも、新十津川、浦臼、桑園、石狩当別の5駅で発売されていて、各駅の入場券と、石狩当別から新十津川の駅のカードがそれぞれに付属している……というものである。前の巻の夕張支線のわがまちご当地入場券のようなものであった。集めることは大好きな人間だったが、乗ることばかりに気を取られていて、この存在は全くノーマークだった。とりあえず、札比内・豊ヶ岡・知来乙の3駅のカードがついた石狩月形発売分を購入した。

石狩月形での乗り換え

 再度列車に乗り込むと、目新しい景観の変化もなく、ただワンマン運転の自動放送の声が終点に着くことを告げる。

 折り返しとなる日本一早い終電までは30分くらいあった。先ほどの記念入場券をはじめとした、各種記念グッズの発売コーナーが駅舎に、外には特産品販売のプレハブがあった。特産品販売のプレハブも、主なお客さんはこの列車の到着と発車までが目当てゆえに、この時間帯のみ開けているようであった。ここで、キハ40系をかたどった箱に入った酒粕ラーメンをお土産用に、小腹を満たすためにかぼちゃのパイを購入した。パイは非常にずっしりしていて、食べ応えがあった。

駅舎の中には、往年のパンフレットや写真がたくさん飾り付けられ、また駅舎内で配布されている「終着駅到達証明書」を持って、デザイン入り消印を押そうというキャンペーンの貼り紙もあった。顔出しパネルもあり、ある種観光資源となっている模様だった。

新十津川駅。見た目の割に中は思ったより広かった。

 10時が近づくと、折り返しの終電に乗り込む人が増え始める。一方で見送る人も少なくない。仮にこれに乗らずしても、バスで行ける場所に滝川駅があり、札幌まで特急一本で行くことができるのである(逆もしかり)。もう一日滞在することができていれば、ここで終電に乗らず、観光などして行っただろう。浦臼近くに温泉があることも知った。記念入場券もちゃんと集めたい。5月7日の廃止までに、雪が融けた景色も見てみたい。そう思いながら、新十津川を後にした。北海道医療大学からの乗り換えは、またもやエアポートの車両であった。

それから

 4月、もう雪は融けただろう。願わくば大型連休よりも前に、再度訪問すべく予定を調整していた。しかし、衝撃のニュースが入る。4月15日、大型連休に全国から多くの鉄道ファンが集まることを懸念して、石狩当別から新十津川の最終運行日を4月24日に前倒しするとのJR北海道の発表があった。そして翌16日、緊急事態宣言が全国に拡大することに伴い、最終運行日を17日に前倒し、ラストラン運行も中止すると、改めて発表された。「この発表時間だと、道外から現地に行くことは不可能、本気だ」というSNSの投稿も見かけた。こんな幕切れがあっただろうか。かの疫病にはただただ憎しみが募るばかりであるが、昨今の路線廃止等に集う鉄道ファンのあり方を思えば、地元の方々で静かに最期を見届けてもらったのは、それはそれで良かったのかなと、複雑な気持ちである。

 なお、この措置に伴って、札沼線記念入場券5駅セットの通信販売が行われた。少しでもJR北海道の売り上げに貢献できればと、自分の分の購入はもちろん、行くことができなかった方々にも微力ながら声をかけさせていただいた。

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