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トライエースブーメラン

 地球防衛隊の隊員──
 正義の味方──
 特攻勇者トライエースの正体──
 藍染女子短期大学に通う女子学生──
 東郷かずみを示す肩書きは数多くある。
 だが、今のかずみを最も上手に表現している肩書きは「新婚さん」であると言ってしまって過言ではない。
 今、正義の味方トライエースこと東郷かずみは、夫・東郷丞清博士とともに新婚旅行の真っ最中であった。
 もちろん、いついかなるときでも悪の手先の行動に対応できるように、国内の旅行にとどめている。しかも、正義のための超最新鋭設備のために組んだローンがまだ半分以上残っている状態である。そんなに遠出ができる身分でもなかった。
 それでも、少ない資金からなんとか丞清が捻出してくれた旅費で、二人っきりの旅行ができるのだ。
 かずみは幸せだった。

「ねえ、丞清さん……」
 目的地の温泉へ向かう列車で、かずみは窓の外の流れる景色を眺めながら、最愛の人に語りかけた。
「んー?」
 丞清はといえば、聞いているのか聞いていないのか判断しかねるような生返事で答えただけだ。どうせ、どこだかの国のなんとかっていう教授の書いた英語の論文を読んでいるのだろう。
 乗り物にそんなに強くない丞清のことである。電車に乗りながらそんなものを読んだら、目的地に着く頃には、きっと電車に酔ってしまうに違いない。しかし、かずみは、そんなことすら忘れて論文に没頭する丞清が好きだった。
 子供の頃から研究者としての丞清にあこがれていた。
 その彼が、今は自分の傍らで、他ならぬ自分自身を守るために、頭脳を働かせ研究に研究を重ねてくれているのだ。これ以上の幸せはないだろう。
「私ね……」
「んー?」
「……今、とっても幸せなんです」
「んー」
「ホントはね、旅行になんて来なくても……、私、丞清さんといられるだけで、嬉しいんです」
「んー」
「でもね……」
「んー?」
「……旅行、とっても楽しいです」
「んー」
 はたから見れば、会話が成立しているかどうか極めて怪しい会話である。しかし、この会話がちゃんと成立しているということを、かずみは確信していた。
 この若い研究者──もちろん、若いと言ってもかずみよりは年上である──は、この上ないくらいシャイなのだ。だから、いつも聞いていないふりをする。
 通じてないようで、通じている。
 それが夫婦なのだ。かずみは、そう信じていた。
 列車の外を流れる風景は、バカバカしいほどに牧歌的だった。

「やっぱり、温泉ってのはいいものだな」
「ええ」
 丞清の笑顔は、この上ないくらいサッパリしていた。
 先程まで、乗り物酔いでふせっていたとは思えないくらいの笑顔である。かずみは可笑しくて、つい、くすりと笑ってしまった。
 もちろん、丞清の言うとおり、湯加減は最高だった。
 自覚していなかった疲れさえ、身体の芯から抜けていったかのような気がする。
 かずみたちが宿泊しているのは、特に豪華というわけでもない、ごく普通の旅館のごく普通の和室である。
 以前、この旅館の支配人が悪の秘密結社の配下の怪人に襲われているところを、助けたことがあり、以前から「是非、泊まりに来てください」と言われていたのだ。先方は「無料で」と言ってきたのだが、それも悪い気がしたので、宿泊代は払うことにしていた。代償を求めていては正義を貫くことはできない、というのが正義の味方としての自覚につながるんじゃないだろうかと、かずみはぼんやり考えた。
「少し暑いな……」
「そうですね。今、窓を開けます」
 かずみは、温泉で火照った身体を冷やそうと部屋の窓をあけた。
 夜風が涼しくて気持ちいい。
 リリリリリ……。
 どこかで、虫の鳴く声が聞こえた。
 もう秋だな。
 そう思った。

「なあ、かずみ……」
 丞清は、唐突に切り出した。
「はい?」
「せっかくの新婚旅行中に悪いんだが……」
「はい」
 丞清が、なんだか言いづらそうにしていたので、かずみは笑顔で促した。
「どうしたんです? 急に……」
「この滞在期間を使って、ええと……その、何だ……」
「遠慮しないで、言ってください」
「来るときも電車の中で、ずっと考えていたんだが……」
「はい」
「特訓をしないか?」
「え?」
 丞清の意外な提案に、かずみは少し驚いた。
「特訓、ですか……」
 もちろん、かずみはトライエースのバトルスーツの運動性能に耐えられるように常日頃からトレーニングを欠かしていない。
 だが、丞清の言う「特訓」という言葉の響きには、もっと特別な意図があるように思えた。
 そんなかずみの疑問を察したのだろう。丞清は、話を進めた。
「最近、敵の技術力があがってきたのか、トライエースが苦戦を強いられることも多くなってきた。こちらの装備もある程度は、研究されてしまっているのかも知れない。今のままでは、君の身に危険が……」
 かずみは、丞清の顔を見上げた。その真摯な瞳の中に、自分の顔が映っているのがわかった。
 丞清が、自分の身を何より案じてくれているのだ、ということが、痛いくらいに伝わってくる。
「そうですね。でも……」
「?」
「心配しなくても、大丈夫ですよ。私にはまだ、とっておきがあります」
 嘘ではなかった。
 トライエースのスーツには、今は亡き彼女の父親が遺してくれた最終兵器が搭載されている。その装置を使用すれば、どんなピンチでも切り抜けられるという自信があった。
 だが、丞清の表情は、逆に険しくなってしまった。
「それは、トライエースレインボーのことか……」
「!」
 トライエースレインボー。それは、トライエースのバトルスーツを着ている者の生命力を直接エネルギーに変換して、敵にぶつけるというトライエースの最終兵器だ。威力は絶大だが、使用する者の消耗は尋常ではない。死なないまでも、身体に回復不能なまでの後遺症を残す可能性もある。まさに、諸刃の剣と言えた。
 そのことは、自分と亡き父しか知らない極秘事項だとかずみは思っていたのだが、どうやらそれは勘違いだったようだ。
「知っていたのですか……」
「ああ」
 丞清は頷いた。
 当然といえば、当然の話である。父が開発したとはいえ、現在、トライエースのスーツを修理したり改良したりしているのは、他ならぬ丞清なのである。
 それに、丞清はかずみの父親の教え子だった男だ。トライエーススーツに組み込まれた究極兵器の仕様を知っていたとしても、何ら不思議はないだろう。
 かずみは、丞清に余計な心配をさせていると感じた。
 いや、余計な心配をしあうからこそ、夫婦なのかも知れない。
「すみません」
 かずみが謝ると、丞清は優しく首を横に振った。
 そして、軽くかずみの肩を抱く。
「だから……。だから、トライエースレインボーとまでは行かなくても、それに匹敵するほどの新しい必殺技を早急に身に付けるべきだと、常々、思っていたんだ」
「丞清さん……」
「もう、トライエースのスーツの改良点は、だいたい頭の中で完成している。あとは……。あとは、君がそれを実戦で使いこなせるようになるかどうかにかかっているんだ」
 窓の外で虫の鳴き声が、また、リリリリリ……と響いた。
 かずみは幸せだった。
 愛する人の思いやりに包まれて、彼女はただ単純に、幸せだった。

 数日後、滞在先の温泉地で、東郷かずみこと特攻勇者トライエースは新たな必殺技を体得する。
 その必殺技は、トライエースレインボーの回路を利用して、かずみの生命力を強力なエネルギーへと変換する。ここまでは、トライエースレインボーと変わらない。
 しかし、そのエネルギーを大量に放出するのではなく、ごく少量を圧縮し、まるでブーメランのようにトライエースの両腕から射出することで、かずみの消耗を回避することに成功したのだ。
 さらに、敵を切り刻んだブーメラン状の生命エネルギーは、再びトライエースの元へ戻ってくる。
 トライエースレインボーほどではないが、まずまずの破壊力を持った技になった。
 かずみたちは、この技を「トライエースブーメラン」と名づけた。

「完成しましたね」
「ああ……」
 巨大な岩の塊が、新必殺技によって粉砕されたのを見た瞬間には、さすがのかずみも興奮が隠せなかった。
 身体が少しだけ、震えた。恐怖ではない。それは、努力が報われたことに対する、喜びだった。
「やったな!」
 丞清が駆け寄ってきて、かずみを抱きしめる。
 そのぬくもりを、かずみは大切に思った。
「約束してくれ」
「はい?」
「よっぽどのことがない限り、トライエースレインボーは使用しないでほしい。俺のために。そして、これから生まれてくるだろう新しい生命のためにも……」
「はい!」
 かずみは、力強く頷きながら、「この先、どんな強大な敵が現れてもこの人と一緒なら、私はやっていける」そう強く確信した。



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