見出し画像

#29 集合!(1)

「だからさ、しゃぶしゃぶの店来て白玉食い尽くすのどうなん」

20を超えた三人組に食べ放題の肉は少々堪えるのだが、それでも鍋を挟んで向かいに座る背の高い男は、肉が重たいと言いながらカレーをこんもりよそい、苦しそうな顔で食べて白玉を取りに行く。

「せめて白玉にあんこくらいかけなよw」

隣には、白玉だけほおばる彼を見て笑う女性がいる。

できればこれからも集まる時はしゃぶしゃぶに行ってこのカオスな光景を眺めていたかったが、食べながら

「もう食べ放題無理やけ、次からサイゼにしよ」

と口を揃えて言ったので、これまで集まる時のルーティーンだったしゃぶしゃぶは今回で最後になりそうだ。ちょっと寂しい。

このお店も、向かいの席で白玉な男性も、隣で笑う女性も、自分にとって特別な繋がりだ。

それは自分が高3の時から続くもので、詳しくは「好きが感謝に昇華した話」をご覧いただきたい。この話が地続きとなって今の自分に繋がっている。

今回は番外編として、このなんともいえない3人の話を綴っていく。




いつも通りの、彼


「なあ、学生証どっかいったんやけど」

電話口からは食堂の中みたいな音がする。どうせ食堂のトレーに置いてってそのまま回収されてしまったのだろう。

「ああ、とりま食堂いくわ」

そう言って電話を切る

今日はけっこう前から3人で集まると決めてた日。大学から彼に送ってもらい、途中で別の大学に通う彼女を乗せるといった行程だ。

で、大学の授業が終わってどうせ全休で暇してる彼にどこに行けばいいか電話したらこの返答だから相変わらずだ。

そしてその学生証はキャンパスを歩いてたら偶然地面に落ちていた。

「おまえ、八百長したか?」

「いや、まじで偶然」

「じゃあもう一生分の運使い果たしたぞ、今ので」

そんな訳の分からない奇跡を起こし、駐車場に向かう。

丁度いい時間だった。彼は慣れた手つきで車を走らせる。

「そういえば免停は?」

「いや、ギリ免停は免れた。今3点引かれとる」

「そっか、初心者じゃないもんな、、、て何やらかしとんねん!」

まあ何とかなるっしょって言いながら片手でハンドルを握る彼がちょっと怖い。まあ片手の方が運転しやすいことには同意だが。

しばらく大学の話とか世間話とかした後、どうしても聞きたかったことを口にする。

「なあ、LINEマンガのあの友達に共有したらちょっと読めるようになるやつでラブコメ送ってくるのなんなん!!!」

いつもそれだけポンと送ってくるLINEに「余計なお世話や」と返すのが癖になっている。

「○○、俺は最近ラブコメにはまりすぎてる。で毎回読み終わった後劣等感にやられる」
※○○は私の名前

「じゃあ読むなよ!!!」

「馬鹿野郎!面白いから読んじまうんだよ!それで『彼女欲しい~』みたいなムーブになって、あ、俺あきらめてるんだったって後悔するんだよ」

「俺もそうなりたくないからできるだけ読まないようにしてる」

「いやお前それはもったいない。人生損してる。だから彼女できないんだよ」

「やかましいわ」

それからも、だいぶレベルの低い、何も考えず欲望のままに淡々と息を吐くようにボケとツッコミの応酬が、夕陽差す車内で繰り広げられた。

でもなんだかその時間がたまらなく心地よかった。

「○○、アジア系のメ×××××はやめとけ!あそこはえっ!てなってる間に終わるぞ。」

「なんじゃそりゃwスピーディーすぎ」

「お前もいつか行く日が来るだろうが、その時はちゃんとした場所を選べ。」

「余計なお世話や、てかお前はよ捕まれw」

彼女が合流した後ではとても話せないような20を超えた大人なんだけど大人になりきれていない男の悲しい、でも心底楽しい会話が続く。

彼はひとつも変わらない。

背が高くて、猫背で、ズボラで、未来に絶望してて、、、

でも変わらないことにほっとする自分もいる。

彼女が合流するまでの間、ずっと生産性の欠片もないトークを続けた。




いつも通りの、彼女


彼女と待ち合わせている駅のロータリーに車が止まると、すぐに彼女はニヤニヤしながら車に向かって走ってくる。

「おつかれ~!」

いつもの声色で車に乗り込む。

変わらず元気そうだった。ただなんだか前より痩せた?ような気がする。まあそういうことにはあまり触れないたちなので口には出さないでおく。

「で、花火ってどこなん?」

彼女は不思議そうに聞いてきた。そう、今日私が2人を集合させた理由(といっても建前みたいなものだが)はたった10分の花火だった。

コロナも落ち着いてきたっていうのに、いまだに今年も中止になった花火大会がある。今回はそれの代わりには程遠いサプライズ花火的なものを見に行くのだ。暑くない時に花火が見られるってだけでもけっこう嬉しいし、夏の締めくくりには丁度良かった。

けっこう前から話はしていて、忙しい彼女の日程と合わせるのには苦労したが、誘えば来るフッ軽男には助けられた。

道中では、さっきほどの濃度の話はできないにしろ、それを何倍かに希釈したくらいの、穏やかなトークになる。といっても隣で運転している彼はずっとどうやったら彼女ができるか唸っていたが。

「そんなに彼女が欲しいの?」

素で疑問に思っている彼女に

「いや、欲しいわ」

と彼は言い返す。

彼女のこの反応は決して煽っているとかではなく、本当にそう思っていることを私は知っている。

彼女は高校時代から本当に努力家で、受験ですごく悔しい思いをしたはずなのに、その悔しさをバネにして大学でも優秀な成績を修めて、早期卒業なんかしようとしてる。

彼女は恋愛に全く興味がないわけではない。誰かの相談に乗ることは多々あったらしいし。現に今も。それに彼女はその容姿と誰にでも分け隔てなく接し誰の悪口も言わない性格の良さからか、めちゃくちゃモテた。彼女は自分達より多くの経験をしていることから、冷静に物事を俯瞰できるのかもしれない。

まだ高1の部活で初々しくてまだお互いに打ち解けていない頃の彼女はその純粋さから天使だと思った。もちろん、打ち解けて仲良くなって本音が話せるようになってからも、彼女は汚い言葉は絶対に使わないし、誰よりも周りを気にかけることのできる優しい人だった。

ただ、1つ心配なのが彼女は優しすぎて悪い男に言い寄られがちということだ。前も急にラインの個チャでボイスメッセージ送ってくるようなヤバ男に告白されたとか言ってたし、、、。

高校時代は演劇部の同級の女子が「アルソック」となって彼女が変な男に言い寄られていないか守ってくれていたのでよかったのだが。

「前ね、同じゼミの男子に告白されたの」

最近告白されたことあるん?って運転手に聞かれた彼女は淡々と近況を語り始めた。

また怪しい奴じゃないよな?って思ったけど今回は割とピュアでほっとした。

ただその男がラインで告白してきたことに対しては俺たちは突っ込んだ。いやいや、それはアカンやろと。

彼女いないくせに人の話には口出しする。ああ、これもう嫌なフラグ立てちゃってるよ。

結局彼女は丁重にお断りしたらしい。彼女は今は恋人を作る気はないらしいので。

ああ、そんな余裕が欲しい。でも、彼女なりに理由はあるのだからあんまり言うのもよくない。

続いて彼女は最近通い始めたジムの店長に言い寄られて困っている話をし始めた。

「んn、すっごい怪しい奴!!!」

今回は心の声に収まりきらなかった。というかジム???

そこも気になるが彼女の体験談が衝撃の連続で聞き入ってしまう。

「そのジムの店長ね、30代かなあ、飴くれるんよ。でずーっと隣にいて話しかけてくるんよ。可愛いねとか言いながら。店長なのになにしてるんだろって。」

「それ絶対食うなよ!!!」

流石に警戒して食べなかったそうだが、昔の彼女ならやってしまいかねないと親目線で心配してしまう。

隣の運転手は大爆笑しながらその店長はタイプだった?とか聞いてる。

「うーん、あんまり(笑)ムキムキは苦手で、、、」

「ムキムキだめなんかい」

「いやそこじゃなくない???」

ツッコミに突っ込むとかいう訳の分からない会話になるほどカオスだった。

結局そのジムに行くときは父親と一緒に行くことにしたらしい。

ほんとにもう、なんで彼女は危ない男にばっかりモテるのか。

心底、幸せになって欲しい。

結局、今日も隣でわめく運転手は彼女ができる方法を知ることはなかった。




年寄り三人組の未来


花火が見えそうな海岸沿いに向かうと、そこには既に多くの家族連れやカップルで賑わいをみせていた。

風が強く、彼女の髪ははためいている。

改めて、細いなあって思う。これも努力の賜物なんだと思うと彼女はどれほどの頑張り屋なのかと感じる。

適当な場所に立ち、花火があがるまで待つことにした。

彼は空き時間を惜しみなく使ってラブコメを読み進めている。なんて滑稽なんだ。あ、人のこと言えないか。

待ち続けてしばらくすると小さい子どもが暇だったのか柵を登って遊び始めた。

それを心配そうに見つめる2人はなんだか保護者の立ち位置みたいでくすっと笑ってしまう。

「保護者みたいね」

そう言うと、

「俺たちも年とったからなー」

柵にもたれてラブコメを読みながら彼は言う。

「人生の体感時間で言うと、20歳が人生の中間地点らしいね」

そんな恐ろしいことをどこか一点を見つめながら彼女は言う。

「焼肉のカルビはきついし」

「何しようとしたか分からんくなるし」

「ちょっとずついろいろと焦りも見え始めてくるし」

やはりみんな悩むことは一緒だった。そこに少し安堵する。

老いぼれトークを重ねていると、やっと花火があがり始めた。

わあーって歓声と共にスマホカメラのパシャパシャ音が鳴り響く。

そんな人の群れを見ながら私たちは静かに後ろの方で花火を鑑賞した。

「うわあ、まぶし」

「確かに」

2人が言ったそれはもしかしたら花火のことではなかったのかもしれない。





日常へ


「次からサイゼにしよ」

脂身多めの肉を食べて気分が悪くなってきたのか、先ほどから彼はダウン気味である。

というか、とっても眠そう。

「昨日何時寝て何時起き?」

「5時寝の12時起き」

「なんちゅう生活してんねん」

無茶苦茶な生活にまだ甘えられるのは若い証拠かもしれない。

まあ、こうやってどんどんボロは出てくるが。

そんな彼を尻目に隣の彼女はデザートに心を躍らせている。


花火が終わってからまた車を走らせ、私たちはもはやおなじみのしゃぶしゃぶに来ていた。

毎度のごとく肉をじゃぶじゃぶにする姿は老人なんだか若いんだか子どもなんだか分からない。

きっと体は老いても心は子どもなのだろう。

こうやってたまに会ってごはんを一緒に食べてたくさん話するだけでなんだかいろいろと心が洗われる。

いつも絶妙なタイミングで招集をかけているのは私だ。

そろそろ会いたいな。その気持ちのスパンは3人共似ているらしい。

またみんなが日常に帰ってから、いつか、集合しよう。


【番外編】集合!(1) おしまい




実は、#29をもって、文字数が10万字を超えました🎉

10万字は文庫本一冊相当らしいです!

本一冊出せちゃうくらいの文字を紡いでこれたことに自分でもびっくりです。

改めまして、これまで応援してくださった方、ありがとうございます。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?