Sの奢り

今日はSがおごるというので
わざわざ電車に乗ってやってきたのだが
肝心のSは約束の時間を大分過ぎても現れない
家に電話を引いておらず携帯を持たないSにこちらから連絡をとるすべはない
明日は暇かい? などとSからの連絡はいつも公衆電話から一方的にかかってくるだけである
このまま怒って帰っても大人げないと思い、二人で行くはずだった飲み屋に落ち着くことにした
ビールをちびちび飲んでいると、大慌てのSが店に飛び込んでくる
店の中の全員がSに注目した
すまんすまん遅れた遅れた
おねいさん僕にもビールをください
参ったな、どうも時間が無いようだ
兎に角、なんか食べようぜ
呆気にとられる廻りを尻目に
Sは次々と料理を注文する
鰈の唐揚げ、鱈の白子、焼き蛤と栄螺
豚の柳川、茄子の田楽、鳥つくね、鰻の白焼き、出汁巻き玉子、鰹の刺身、踝の煮付け
など旨そうなものが並んでいく
さあ食ってくれ、飲んでくれ
今日はおれのおごりだ
「あのなS……おまえ……」
わけを聞くのは後にしてくれ時間が無いんだ

二人で料理をあらかた平らげ、もう食えないよなと呟いたSは、おねいさんお勘定ねと言いながらポケットから剥き出しの紙幣を出す
Sは紙幣を手で慣らしながら大きく息を吐き出すと、それっきり動かなくなった

Sよ、ずいぶん無理をしたな
どこでそうなったかは知らないが、服は汚れ大きな裂け目も幾つかあり、耳の上あたりに致命傷と思われる深い亀裂ができている

受け取った釣り銭をSのズボンのポケットに押し込むと、こと切れたSを抱えて店を後にした

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