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父に会う

以前書いたものを修正して再掲します。

母の死と、もうひとつの事を伝えるために一年ぶりに父に会うことにした。
今更、あの父に母のことを伝えることに意味などあるのだろうかと、何度も自問した末の結論である。

幾つかの路線を乗り継いで、父のいるGセンターの最寄り駅に降り立つ。

今の父とはこのセンターでしか会うことはできない。技術的な問題では無く、利用者保護の観点から面会時間や面会の頻度などが、制限されている。
わたしは受付で簡単なテストを受けた後、面会ブースに通される。
事前に詳細なテストを受けており、面会時間として与えられたのは34分だった。受付でのテストによる短縮はなかった。

ブースは若干の仕切りはあるもののオープンな作りになっている。これには理由があって、利用者同士に他者の眼を意識させることで、感情の、過剰な発露を抑える効果があるためである。
それでも、抑えられないときがあるのは仕方がないのだが。

少しキナ臭いにおいがした直後、唐突に父の姿が現れる。
「R、久しぶりだね」
「そうね。お父さん。一年ぶり」
「いつからお父さんなんて言うようになったんだい。昔のようにパパでいいよ。本当はお父ちゃんと呼んで欲しかったけどな」

わたしは苦笑した。前回も同じ話をしている。会話は記憶され、新しい因子としてストックされて、深層思考の入力層にあがっている筈だ。案の定、父の目は笑っている。この繰り返される会話を楽しんでいるのだ。つまり分かってやっているのだ。まったく父らしい。
「まったく。わたしはもう三十だよ」
「パパにとってRは幾つになってもかわい子ちゃんだよ」

他愛のない話をいつまでも続けていたかったが、母のことを伝えることが今日の目的のひとつである。
「お母さん、一ヶ月前に亡くなったの」
「そうなのか……」

わたしは母がなくなるまでの状況をかいつまんで父に話した。

父がここに入る何年か前から、父と母は折り合いが悪くなっていた。大事なことはのみならず、取るに足らない日々の小事についても、対立して口論ばかりしていたが、そのうちに必要最低限以外の会話をやめてしまっていた。
わたしが二人の仲介者だった。

「……」

言葉を発しない父の姿が薄れ始め、代わりに解像度の低い動画が映り始めた。

音声の無い、若い女性の映像だった。屈託の無い笑顔。撮影者に向かって手を振ったり、自分の鼻をつまんでみたり、安心して満ち足りた表情をしている。
わたしの知らない母の姿がそこにあった。

次々に短い動画が映し出されて行く。レストラン、カフェ、どこかの公園、水上バスの中。唯一、わたしも見たことがあるのは、手を引かれて歩く、わたしが幼い頃のもの。
そのすべてに母が登場していて、そこには、いとも簡単に、幸福が形を持って存在していた。

34分がたち父との面会は終わった。母の動画が終わっても父は姿を現さなかった。父の意図はわからないままだった。
そもそも意図が有ったのかさえわからない。

結局、お腹の子のことを伝えられなかった。また来年来よう。この子を連れて。
わたしは、駅に続く道をゆっくりと歩き始めた。

#AI #未来 #短編小説 #ショートショート

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