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陰りは、飾りだ。

毎週金曜日にLiveに向けての進捗を書き残す。

そう書いていたnoteを、3月末くらいにあっという間に放棄して今に至る。正直、書いても意味がないなと思ってしまったんだ。

2ヶ月経った今、久しぶりにnoteを書いているのは、ワンマンライブを迎えるにあたって自分の心が定まったからだ。

今日のnoteは、
ワンマンをやると決意して契約して書いた3月の自分へ、
そして歌を始めると決意して悶え苦しんだ自分への、
禊(みそぎ)とケジメだと思ってもらえたら嬉しい。

アルバムをリリースして、変わったこと

4月5日に、leift名義でのアルバム『Beige』をリリースした。

アルバムがリリースできて1番変わったのは、『Beige』というテーマで作曲をしなくて良くなったことだ。もう自分の中では、この頃の話はすっかり終わった話にできた。「他人にとって新しいより、自分にとっての新しい」そんなテーマで始めた歌にこだわり、歌えないことに悩んだ自分が。


終わったと思えた今

毎日歌い続けたスタジオで

正直とてもスッキリしている。

歌うという行為はもう自分にとって目的に見えることはない。手段として「音の一部」くらいに思えていて、それはつまり「結局どこまで行っても俺はプロデューサー」と、いい意味で思えている。思い詰めるほど、歌うこと自体に意味はない。今の率直な気持ちは、そんな感じだ。

逆に言うと、それくらいカジュアルに、
これからは数ある音の中から
歌やリリックを選んで使えるようになった。

そして、

歌うことは自分に鞭を打つ行為ではなく、
音楽を楽しみ、聴く人にその楽しみを
ダイレクトに伝えられる素敵な手段。

だと思えた。完全に乗り越えたんだ。これはボイストレーニングに行ったことも大きかったけれど、どちらかというと自分の歌声に対して、そこまで大きく期待しなくなったのかもしれない。


俺ってどんな音楽家だったっけ?って話

「歌に期待しなくなった」って言うと語弊があるかもしれないけど、元々プロデューサーやトラックメイカーを名乗って音楽をやってきた自分が、なぜ歌にここまでこだわろうとしていたのか。

自分が持ってる武器 = サウンドメイクの経験とセンスに自信があるのに、経験もなく自信がないことだけで勝負したいと思うこと自体、聴いてくれる人の気持ちを考えられていなかった。終わってみると、とてもそう思う。

今はだんだん、トラックメイクをするように声も自由に扱えるようになってきて、結果的に歌を始めたことで自分の表現方法は大いに拡張された。拡張された分、想いを聴き手の皆さんに伝えやすくなった。自分にとって、歌はそれ以上でも以下でもなく、「挑戦してよかった」に尽きる。

今となっては馬鹿みたいに自分の気持ちを追い込んでたなって思う、去年の今頃。あの頃は精神的にも窮地で仕事もどん底まで減って、全ては修行だと言い聞かせて生きていた。

『Beige』というアルバムが完成してみて、
leiftを始めた当初よりミキシング時にボーカルの音量を
下げ始めた自分に気がついた。

それが全ての答え。歌や歌詞で気持ちを伝えたいという願いは変わらないけど、1番大事なのは音楽、音が心地よく聴いていて気分がいいこと。それがない音楽を、俺が作っても仕方ないでしょ。そんなふうに最近は思えてる。


ちなみに、アルバムをリリースして変わったこととしてSpotifyやApple Musicを中心に、沢山のリスナーの方にleiftを知ってもらい、聴いてもらえたことは言うまでもありません。

楽曲きっかけでleiftに出会ってくれた皆さん、ありがとう。


アルバムをリリースして、変わらなかったこと

ライブのパフォーマンスは、
結局アルバムを出そうと出さまいと、何も変化はなかった。

嫌と言うほど実感した。
配信することと良いライブができることは、
まったく別の課題で別のゴールなんだと。

アルバムのリリース前後で挑戦したライブたち

自分で企画したり、対バンに誘っていただいて、毎回全力でぶつかりながらライブを経験した。ボイストレーニングにも通い始め、ライブは時にピアノ一本の弾き語り、時に楽器を持たずにピンボーカルでのステージ。色んなことを試しながらステージに立った。

今思えば、冒頭シェアしたワンマン決意のnoteさえも
未熟で恥ずかしい。
本当の意味で「Show」になっていない。

今はそう思う。

ライブは音楽を自分や自分の曲を認めてもらう場ではない。
音楽を使って、来てくれた人に楽しんでもらう場じゃないか。

この感覚を会得するのに、僕の場合は9ステージほどの経験が必要だった。


リモート時代にライブに来てもらう意味

令和の時代に、わざわざ足を運んでもらい、ワンマンなら最低でも1時間ほどは1アーティストの演奏を立って(場合によっては座って)聴いてもらう状況を作り出すんだ。「とりあえず来て下さい」とか「俺がんばってるから来てほしい!」というテンションでライブに来てもらうのは、ライブじゃなくて授業参観だろ。

そんな風に思えてから、すごく凹んだ直後に、
ライブが急に、めちゃくちゃ楽しくなった。
自分の中で、確実な「これ」を掴んだからだ。

自分がどうやったら楽しいかを考えず、来てくれる方が楽しんで帰ってくれること(たとえベストを尽くして楽しくなかった方がいたとしても)を考えている方が、どうやって自分のことをライブで伝えようか考えていた頃よりずっと楽しくなった。

まるでこの感覚は、普段から好きでやっている我が家でのホームパーティに、新しくゲストが来てくれる時と似ている。「俺の料理の腕で唸らせてやろう!」なんて、来てくれる人に対して思わないでしょって話。

自分が料理を作っている時って、実際の味覚だけじゃなく視覚や嗅覚を中心に沢山の感覚に訴えられる時間を作ろうとしてる。

音楽だってそうあるべきでしょ。ライブで1番最初に飛び込んでくる感覚は、聴覚と同時に視覚体験。だったらそれを、自分の考える「これなら楽しんでもらえる」って思えるものにしたい。この「楽しんでもらうための努力や妥協のなさ」って、実は経験の問題じゃない。考えを巡らせる深さだったりする。それを忘れず、今回のワンマンを迎えたい。


自分のことを深く考え抜いた日々の意味

ここからは、ライブにも音源の配信にも言えることだけど、
今となっては自分にとって

自分を深く考え、知ること自体には、意味はなかった。

と心から思う。
自分を知ること自体が、方法でしかないのだ。

じゃあ、どんな方法か。
齊藤耕太郎という人間、leiftというアーティストにとっては、

自分以外の人に、今以上に楽しんでもらうための方法
それになっていないと、自己満足にすらなれない。

と、今は強く思っている。自分を深く知ることで、自分以外の人に何かポジティブな感情が作用するものを作りたくて、歌を始めた。たったそれだけでいいし、気持ちをわざわざ「苦しい」と吐露していたことも、今となっては誰かの気持ちの癒しや救いになっていれば良かっただけ。

自分が苦しいと思っていること自体がプロセスであり手段である以上、「苦しんだ果てにある目的」なんてありはしないんだ。もしかしたら作用として「苦しんだことがある経験が説得力を生む」みたいな考えもあり得るのだろうけど、冷静に考えると別に、自分はさほど苦労もしてない。


「苦しい」と感じようとする感情自体が、
自分にとってはビックリするくらい無意味だった。
それに気がついてからというものの、仕事も創作活動も
プライベートでの人間関係も、とても調子が良い。

早くライブがしたくて仕方がない

今、1番leiftらしいライブができるライブセッティング。

あんなに悩んで「ライブなんて挑戦しなきゃ良かった」とすら思いかけたというのに、その陰りを抜けた今、早くライブがしたくて仕方がない。ベストを尽くして至らないことはあるかもしれないけど、今は絶対にベストを尽くせると思えるし、そう思えないと自分自身が楽しくない。

すぐ上の写真にある、マリオット系列のホテル「アロフト東京銀座」にて、つい先日leiftのライブを行った。ピアノ一本の弾き語りからピンボーカルでのステージまで色々試して、今のleiftらしさが1番出せて、かつどこへでもすぐに駆けつけられるセットがこれだ!と思えた。

これだけ広げて、テーブル以外スーツケースに入っちゃうセット、
すごくない?壊れやすいヴィンテージシンセを必死に運搬したり、
88鍵盤の重いステージピアノの運搬で出番前にへばる心配もない。
このスタイルがとても落ち着くし、歌に演奏に集中できる。

影は光を前提にするから意味がある

これはあくまで自分にとっての考えだけど、影そのものには意味なんてなく、あくまで光を際立たせるために存在しているものだ。ネガティブな感情は物凄く強い原動力になったりするけれど、それは「自らをポジティブにするための力」であるべきで、負で負に向かうのは誰も救わない。

leiftというアーティストも俺自身も、別にそもそもが「負」を背負ってる人間の類ではない。負に憧れてすらいない人間が、負をわざわざ被ったり背負ったりしていることに、目的や意味なんてなかった。

ただ、これから自分が迎える光ある未来を、ここ数年が陰影として立体的にしてくれるのであれば、それで十分な役割だ。正直ここまで深く影に堕ちたことは人生で経験がなかった。堕ちたなりに、ちゃんと影にも働いてもらわないと全く得しない。そういう意味でも、ここからは自分が目指す光に向かって、多少傷ついても無視して突き進むことにする。


アルバム『Beige』は人生を賭けた「逆張り」

アルバムが完成して気がついたけど、「新しいこと」を求めて歌い始めた数年自体が、本流の自分からあえて少し逸れたものだった。今まで着た事がなかったベージュやスキントーンの服ばかりを買っていた自分もそう。新しいことに挑戦しないと音楽に飽きてしまっていた自分には、とてつもなく刺激的で苦しい時間だった。

アルバム『Beige』が終わった今、
ワンマンライブはアルバムとネクストステップの
中間地点と言って良い。

ベージュと言いつつアートワークの色をピンクにしたのは、自分自身がベージュという色には飽きてしまっていたからだ。ベージュはあくまで概念の象徴であり、もう自分の気持ちはここにはない。そんな意味で、歌い始めてから完成するまでの日々をコラージュして、華々しく染め上げた。

今の自分は、このピンクよりもっともっと色濃い、強いピンクの気持ちでいる。心が、何か自分を奮い立たせてくれる強いものを求めている。leiftも、塞ぎ込んでいた心に光を灯すような、強い存在であれたら嬉しい。ネクストステージで待つleiftの作品群たちは、そんな「身体も心も躍る」音楽を作っていく。(既に来年に向けて計画は進んでいるので、お楽しみに。)


「苦しい」と訣別したワンマンライブ

そんな感情には1ミリも浸ってもらわない、今の自分のバイブスをお裾分けできるライブをします。ようやく、自信を持って届けられる。それが本当に楽しみで仕方がないんです。6月21日(水)19時半スタート、60分強、駆け抜けます。是非来てください。


leift 1st. One-man Live Beige 

日時:6月21日(水)開場18:30 開演19:30
会場:表参道WALL&WALL
(東京メトロ表参道駅より徒歩1分)

出演:
leift
サポートメンバー:
宮内告典(ドラム)
Hajime Uchiyama(ギター)

チケット料金:
前売 5,000円
当日 5,500円(前売り券が売り切れ次第販売終了)
※ワンドリンク別

チケット販売はこちら(どちらでも買っていただけます)


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