見出し画像

2年ぶりの「メゾン・エ・オブジェ」出張で感じたこと

東京とパリのコラボで生まれた作品を引っさげ、パリへ

3月末にフランスの国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」に出張してきました。コロナ禍以前は毎年フランスに行っていたのが、実に2年ぶりです。ただし今回の出張目的は、日吉屋としての出展ではありません。東京を拠点とする伝統工芸の担い手6事業者と、フランスのデザイナーがタッグを組んだ「江戸東京きらりプロジェクト」の作品完成お披露目のためです。弊社・日吉屋クラフトラボ(2021年にそれまでのTCI研究所から名称変更しました)は、この事業のプロデュースを担っており、今回の出張もその一環でした。

東京都とパリ市は、実は1982 年の友好協定以来、姉妹都市関係にあります。そんな二都市が、スポーツ、環境、文化、観光と並んで「伝統工芸」の分野でも交流・協力を進めていくことを明記した共同宣言がまとまったのは、昨年8月のこと。一般の方にはあまり知られていないかもしれませんが、東京五輪開催中に来日したパリのアンヌ・イダルゴ市長と、小池百合子都知事の間で会談が行われ、成立しました。

「江戸東京きらりプロジェクト」は、この共同宣言を受けた2021年度事業のひとつ。日本の伝統工芸の職人技に、ヨーロッパの感性を掛け合わせて、現代の暮らしにマッチしたデザイン工芸品を作り、国内外に発信していくことを狙いとしています。

今回、東京で選抜された6事業者は
・江戸木目込人形の「松崎人形」さん
・のれんの「中むら」さん
・「木本硝子」さん
・組紐の「龍工房」さん
・江戸切子の「華硝」さん
・注染の「丸久商店」さん
といった顔ぶれでした。

東京の6事業者とフランス人デザイナーのマッチング

フランス側からものづくりに参加したのは、パリ市が運営するデザイン産業インキュベーション施設「アトリエ・ド・パリ」から選抜された、3組の若手デザイナーたち。弊社はすでに「Kyoto Contemporary」という京都市・京都商工会議所主催の事業において、「アトリエ・ド・パリ」と組んで同様のコラボを統括してきた実績があり、館長のロリアン・デュリエズさんとも旧知の仲です。そのネットワークと実績が買われて、東京でも数年前から伝統工芸分野の商品開発やパリでのプロモーションを支援させていただいていました。コロナ禍での中断は挟みましたが、今回「江戸東京きらりプロジェクト」として再起動することになり、事業プロデュースを任されたというわけです。

東京の6事業者とフランス人デザイナー3組のマッチングが行われたのは昨年7月初旬のこと。9月までの約2ヶ月でデザイン案を練り上げて、その後、年末までの約3ヶ月で試作品を制作するというスケジュールでした。コロナ禍でリアルのコミュニケーションができない中ではありましたが、どの事業者もオンライン会議ツールやメール、チャットツールなどを駆使しながら、着々と制作を進めてきました。

想像していたよりも悪くなかった、商談の手応え

こうして迎えたお披露目の場が、3月末に行われた「メゾン・エ・オブジェ」でした。オミクロン株の影響がまだ懸念されていた時期でもあり、残念ながら事業者の渡航は全て断念せざるを得ず、弊社が代表してブースに立つことに。私と、弊社フランスオフィスに駐在しているスタッフ1名、そして現地在住の通訳スタッフ3名という顔ぶれでした。

コロナ禍以前は毎年10万人の来場者を集めていた「メゾン・エ・オブジェ」ですが、今年は半減して約5万人。出展者もギリギリになってキャンセルする例が少なくなかったようです。オンラインで商談ができる仕組みを取り入れているせいもありますが、広々としたホールの半分ほどしかブースが埋まっていない状況で、見た目には閑散とした印象を拭いきれません。しかしそれはすべてあらかじめ予想していたことでもありました。コロナ禍に加え、なんといっても2月末にロシアによるウクライナ侵攻が始まり、ヨーロッパ中に不安が高まっていた時期です。

ただ、実際に会期が始まり、来場するバイヤーと話してみると、「日本を発つ時に想像していたよりも悪くない」と感じるようになりました。これは、「江戸東京きらり」のブースが、希少で創作性の高いアイテムが世界各国から集まる「Unique & Eclectic(ユニーク&エクレクティック)」というゾーンにあったせいもあるかもしれません。職人技を生かしたアーティスティックなもの、レアなものに対しては、旺盛な購買欲は健在だというのが我々の印象でした。

また「江戸東京きらり」が持ち込んだものは、どれも自然素材をメインに用いた手作りの工芸品が中心です。たとえ少々高価でも、歴史やストーリーが豊かで、何十年も長く愛せる点は、昨今避けては通れない「サスティナビリティ」とも親和性が高いのでしょう。

ヨーロッパの感性を加えて、より輝いた日本のクラフトマンシップ

「江戸東京きらりプロジェクト」の中でも特に注目度が高かったのは、江戸木目込人形の老舗「松崎人形」さんのジュエリーボックス。繊細な生地を張ったケースに、漆塗りの蓋を合わせた、小さな家屋のようなフォルムが特長です。同社のパートナーであるデザイナー・ジャンさんの、日本文化に対するリスペクトが伺えます。

ジャンさんのアイデアスケッチ
完成したジュエリーボックス

また、「木本硝子」さんや注染の「丸久商店」さんなども、バイヤーからの注目度が高かったように感じました。

会期中には、「THE TALK」と銘打ったカンファレンスイベントも行われました。東京からは、「中むら」さん、「丸久商店」さん、「木本硝子」さんという3組の事業者がオンライン登壇し、私のモデレーションで、会場にいるフランス人デザイナーとトークセッションを繰り広げましたが、延べ80名のオーディエンスに耳を傾けていただけたのは、うれしいことでした。

カンファレンスイベント「THE TALK」の様子

今回の渡仏では、思いがけない嬉しい再会もありました。「メゾン・エ・オブジェ」では毎年「ライジング・タレント・アワード」と銘打って、ひとつの国から35歳未満の若い注目クリエーターを選出していますが、今年フォーカスされたのは日本。そして同賞のクラフト部門を受賞した陶芸家・黒川徹さんは、かつて弊社プロデュースのもと、京都市とパリ市の共同事業として実施された「Savoir-faire des Takumi(サヴォアフェール・デ・タクミ)」プロジェクトに参加され、フランス人の金属彫刻家と共同制作を行ったことがある作家さんでした。この経験から、黒川さんは陶芸の枠を飛び越えて金属工芸の手法も学び、新しい作風を築き上げました。今回、黒川さんの才能とチャレンジ精神が評価され受賞につながったことで、私たちも喜びひとしおでした。受賞セレモニーでのスピーチで、主催者のプレゼンターが弊社の功績にも触れてくださったことも、忘れがたい思い出となりました。

どうなる?今後の展示会ビジネスとデジタルマーケティング

さて、そんな思い出話とは別に、今回「メゾン・エ・オブジェ」に出張して思ったことは、「以前のような展示会ビジネスの活況が戻ってくることは、今後もおそらくないのではないか」ということでした。展示会側も手をこまねいているわけではなく、数年前からオンライン・オフラインの両方を見据えた商談システムを用意して、時流の変化に対応してはいるのです。ただ、そこを飛ばして、作家のインスタグラムにバイヤーから直接連絡が来て、商談につながったという話を聞くことが最近は増えました。

もちろん、まだVRやAR映像の精度がそこまで高くない今は、展示会で実際に商品に接する価値は十分にあります。そしてアルゴリズムによるレコメンドが力を持つネットの世界と異なり、予想していなかったモノや人に出会えるという偶発性は、リアル展示会の持つ強みでしょう。

そう考えると、これから我々伝統工芸の作り手は、基本的には自社が発信源となって、オンライン・オフラインを統合しながらマーケティングを行ない、展示会ビジネスの力はうまく補助的に使うという発想が必要になります。

今年から弊社が越境ECに取り組み始めたのも、そんな思いの現れです。折しも、2019年2月に発効された、EU・日本間のEPA(日EU経済連携協定)によって、我々が扱うようなクラフト品は関税撤廃の対象となりました。またグローバル決済システムも、クレジットカード以外にPaypalやApplePay、GooglePayといった選択肢が増えて、より手軽になっています。これによって、EU各国の小売店やエンドユーザーが、日吉屋のような日本のメーカーに直接注文を出すハードルがぐんと下がったわけです。これまでのようにディストリビューター(販売代理店)などの中間業者を通す必要がなくなるということは、利益率が大幅に上がることを意味します。

また、もうひとつ重要なこととして、顧客と直接つながり合う「ファンコミュニティ」の重要性がますます高まることが予測されます。

そんなことを視野に入れ、日吉屋では、今後さらにデジタルマーケティングの可能性を開拓するため、実験を重ねていこうと思っています。その皮切りとして今年初チャレンジしたのが、「ryoten」という晴雨兼用のデザイン和傘を巡るクラウドファンディングです。次回は、そのクラウドファンディングについてお伝えしたいと思っていますので、どうぞお楽しみに。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?