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1ダースの恋 Vol.5

 岬かれんは回顧する。亜美と同級生だった高校時代のことを。

 亜美は活発で注目を集める生徒だった。男子生徒からの人気も高く、亜美に近づきたいがためにかれんと仲良くなりたがる男子生徒が多かった。

 はじめはそんな一人ひとりが、もしかすると自分のことを……と淡い期待を抱いていたが、そのうちそんなことはないのだと諦観を持つことになる。


 だから、彼、葛西遊介のこともそんな中の一人だと思っていた。遊介は背の高い、甘い顔の分かりやすいモテる男だった。またか、また亜美との仲介役か、そう思ったが悪い顔をするのは亜美にとってもマイナスなので何事もないかのような顔を見せることくらいは、そのころには出来るようになっていた。


 遊介はかれんのことを呼び捨てで呼んだ。そういうところが大嫌いで、大好きだった。

「かれんさ、もうオレと付き合えばいいじゃん」

 跳ねた毛先を指先で遊ばせて言った遊介の姿は、今でも鮮明に思い出せる。外階段の踊り場、手すりに体を預けた彼の肩幅が大きく見えたのが気のせいでないとあとから知ることになるとは、その時は思わなかった。

「また、そんなふざけたこと言って。あなたも亜美のこと狙ってるんでしょ? そんなことくらい私には分かるんだから」

「強がっちゃって、かれんちゃん。本当は私を見てくれる人、をずっと探してるんじゃないの? 顔にそう書いてあるよ」

「やめてよ、冗談がすぎる。不快よ!」

 そう言ったかれんの体を、遊介は包んだ。いい噂は聞かなかった。一年留年して自分たちと同学年になったただの、いや、筋金入りのチャラ男。でも、噂になるということはそれだけ魅力も影響力も備えているのだということを遊介と接する内にかれんは感じていた。

 そして抱きとめられて、すでに自分が遊介に真剣に恋をしているのだということも知ってしまった。おちゃらけて、バカみたいな男、そう思っていた。でも、そこがどんなところよりも愛しかった。


「本当、私どうかしてた、あんな男」

「ふふ、かれんあの頃楽しそうでツラそうだったもんね」

 亜美の言葉に首肯する。

「そうね、振り回されるのが楽しくてツラくて。悲劇のヒロインみたいな自分のことも気に入ってたのかな」

「遠い目してるね。今でも思い出す?」

「その質問は事務所NGです」

 そう言ってニヤリと笑って見せると亜美も笑った。

「こういうの久しぶり。楽しいね」

 徐々に暮れていく街並みを眺め、かれんは思い出を心の奥に沈めた。


亜美とカレンは 時々 こんな風に 自らの『過去』を 振り返る『お茶会』を よく開催している。

 

カレンは 腕時計を 見た。

 

「うわっ! もう こんな時間?」

 

「外 真っ暗だもんね…今日も 浸っちゃったね。」

 

「いつも こうなるのよね。」

 

「私達にしか出来ない話だから 楽しいよ 私。」

 

「亜美のそういうところ 可愛いって 本当に 思う。 今すぐ 抱いて差し上げたいもの。」

 

「なにそれ? また そんなこと言って…そんな カレンに 救われてるんだけどさ…」

 

亜美の声が『デクレッシェンド』して カレンは 耳を澄ませた。

 

「なんで そこで 弱気になるのよ?」

 

「素直じゃないよね。」

 

「明日 朝 早いんでしょ? トイレ行ってくるから 先に 払っといてもらっていい?」

 

「オッケー。」

 

カレンは 話に夢中になって 忘れていた『トイレ』を 済ませるべく 急いで 駆け込んだ。

 

亜美は『お会計』の紙を持って レジに向かおうとした。

 

このお店の構造上 出入口にあるレジに 辿り着くには 1度『角』を 曲がらなければならない。

 

亜美は 完全に気を抜いて 曲がり角に 突入してしまった。

 

「あ…」

 

尻餅をついてしまう。

 

「いたっ…すいません! 大丈夫ですか?」

 

「不注意で…こっちこそ ごめん。」

 

亜美は 頭を全力で下げようとしたが 出来なかった。

 

知らない『彼』は 大学時代の元カレ『樹』に あまりにも 似ていたから。

 

鼓動と呼吸が 同時に止まる。

 

そんな感覚を 覚えてしまった。

おはようございます、こんにちは、こんばんは。 あなたの逢坂です。 あなたのお気持ち、ありがたく頂戴いたします(#^.^#)