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読了報告。「紗央里ちゃんの家」を読みました。

こんにちはこんばんは、小谷です。
かなりお久しぶりにnoteへ来ました。みなさん、いかがお過ごしでしょうか。
毎日暑いですね。すでに真夏で、殺人的な暑さから逃れてエアコンがんがん入れた部屋で仕事してます。節電、しなきゃですね(汗)

さて、今回は表題にもある通り、読了報告をします。以前読んだ矢部嵩先生の百合SF「〔少女庭国〕」から二年経ちましたね。早いものです。
今回はその矢部先生のデビュー作である「紗央里ちゃんの家」を読みました。
Twitterのフォロワーさんが読んでたのをきっかけに「読もう!」と思い立ったわけですが、それでも腰をあげるのに数ヶ月かかりました。仕事とか文フリとか大変だったので…言い訳はここまでにして、さっそく感想を綴っていきたいと思います。

まずはいつもの通り、あらすじ紹介から。

祖母が風邪で死んだと知らされた小学五年生の「僕」。叔母夫婦の家からは従姉の紗央里ちゃんの姿も消え、叔母たちの様子がどこかおかしい。僕はこっそり家中を探し始める。第13回日本ホラー小説大賞長編賞受賞作。

裏表紙あらすじより

以下、ネタバレたっぷりありますのでご容赦を。
ネタバレされたくない方は戻ってください。今すぐに!危険です!興味があるならともかく読んでください。それからこっちを読んでください。

***

内容を話せば、上記のあらすじそのまんまなわけです。
おばあちゃんがいない初めての夏休み、少年は祖母の死が本当なのか探りたくなる。そもそも祖母よりも叔母夫婦が怪しさ満点で、そのインパクトは大なのですが、ともかく少年はおばあちゃんの死=死体を探していきます。

では、ここで登場人物を紹介。
主人公の「僕」の家族は父、母、姉(中3)がいます。タイトルにある紗央里ちゃんというのは「僕」の従姉に当たりますね。紗央里ちゃんは「僕」の父方の妹(叔母)の娘で中学2年生です。祖父母、母、父と住んでいます。
要するに、紗央里ちゃん家の家族は「僕」から見て祖父母、叔母、叔父、従姉(紗央里ちゃん)です。

毎年夏休みになると、7時間かけて紗央里ちゃん家に2泊3日するのが「僕」家族の習慣でありましたが、この年の夏休みに限って姉の受験が控えていることもあって姉と母は不参加。父と「僕」だけが紗央里ちゃんの家に行く。また、その年に限っておばあちゃんが急死している。最初から異例だらけの旅行だったわけですが、紗央里ちゃん家に着いたら叔母が血まみれで出迎えてくるし、紗央里ちゃんはどこにもいない……「僕」はこの様子を奇妙に思え、本当におばあちゃんが死んだのか、紗央里ちゃんはどこに行ったのか探し始めます。そうしたら、洗濯機の下に指が落ちてました。こうして「僕」の死体探しが始まっていくのです。

うん、グロいですね。ジャンルとしてはサスペンスホラーでしょうか。サイコホラー? またグロ描写が詳細なので読者の不快感を煽ってくるし、気持ち悪い。とにかく気持ち悪い。なんというか……ストレートに気味が悪いですよね。
人間の欠片があちこちに隠されてるのもそうだけど、それを見てたら胃の中がひっくり返りそうになりますよね。そういう描写もはっきり書かれてあるから、こちらまでリバースしちゃいそうになるというか。気持ち悪いですね(褒め言葉です)

そんな中、私は本作を読んでて懐かしい気分になりました。
調べてみたら2006年刊行。作者は10代で本作を書き上げたとか。え、すご。10代でこの筆力と構成力やばくない??
ついつい言葉が砕けるほどびっくりしました。

はい、2006年……というより00年代って確か、こういうグロさやサイコホラー作品が流行っていたような気がします。
私は熱心な読書家ではないのですが、00年代後半は私も10代だったのでグロいし怖い、奇妙な作品が好きでした。今でこそ描写に「うっ」とうめいてしまうような作品でも平気で楽しんでいた時代だったのです。
若年層にウケる不条理ホラー、当時一躍大ヒットしていたのは「リアル鬼ごっこ(著・山田悠介)」ではないでしょうか。
私は乙一先生の「夏と花火と私の死体」や「ZOO」が好きで読んでましたが、やはりどこか通じるものを感じました。
また、デビュー年代は違えど乙一先生も山田先生も10代デビューだとか。勝手にこの共通点を見つけて満足してます。

あとは、やっぱりフリーホラーゲームなどが流行ったんじゃないでしょうか。
主人公が奇妙な世界、心霊スポットに迷い込んでエリア内のイベントを一つ一つクリアしていくようなそんな雰囲気も感じます。
私はゲームをプレイすることは正直苦手なのですが、ゲーム実況は好きなのでたまに見ますので、そんなイメージをしました。
つまり、本作は主人公と同じように恐怖のイベントをクリアしていくような感覚を味わえるわけですね。
脱出ゲームのような。アイテムを拾って進んでいくような。

矢部先生の作品は〔少女庭国〕を読んだ時から思ってたんですが、気持ち悪い描写に容赦がないんですよね。躊躇なく書いてあるから想像する読者はさらに恐怖を感じてしまいます。それなのに何故かクセになっている。もっとこの気持ち悪い描写が出てくるのを待っている自分がいて、自身のサイコパスみを感じてしまいます。どうなんでしょうね、自分をサイコパスだと思ったことはないし言われたこともないですが(笑)そう錯覚させられるというんでしょうか。
とにもかくにもただただ懐かしくなってしまい、この作品が好きだなと思いました。いや、正直に「好き」と言って大丈夫だろうか……不安になってきます。

さて、本作は「ホラー」ですから、あまり内容の意味とか深いものを考えるのは野暮だと私は思います。
だって不条理な世界や描写を楽しむのがホラーですし、本作で言えば叔母と叔父の動機などが説明されてたらそれはもうホラーではなく「ミステリー」になってしまうのです。
だからどうしておばあちゃんが死んだのかとか、おじいちゃんは生きてたのかとか、どうして死体をバラして家中に隠したのかとか、その理由はどこにも書いてません。わからない。本当に意味がわからないまま終わるので、読者の想像にお任せしますというメッセージなのか、ドロっと余韻が残るラストを迎えさせられました。(紗央里ちゃんがどうなったかは本編を読んでください)

ただ、あえて本作のテーマを読み解くというのなら「自分が見ていたものや信じていたものは必ずしも正しいわけじゃない」でしょうか。
たまにしか会わない親戚って、自分からは結構近いようでいて遠い存在なんだなと再認識しました。だって一応血縁者だけど、彼らの生活をずっと見ているわけじゃないし、普段の彼らがどんなことを考え、どんなことを思っているのかってよくわかりませんよね。
主人公の「僕」はそもそも紗央里ちゃんやおばあちゃんとしかあまり話さなかったといいます。それゆえにいなくなった二人と話す機会がなく、叔父叔母と交流を図るわけですがどうにも違和感が拭えなくて困っている描写が多々ありました。それでも彼は叔父叔母とも仲良くできていたはずだとそれまで信じていたわけです。
これはおそらく「僕」が小学五年生だからというのもありそうですね。子供だから大人は優しくしてくれて当たり前だと信じているものです。
私もそうでした。周囲はみんな親切で、うちの家族だけがおかしいとかそういう風に考えていた時期がありましたし、おばあちゃん家に住みたいと思ったこともありました。でも、一緒に過ごす時間が長いとどんなに親切だったおばあちゃんも豹変するんだろうなーと、そんな想像が膨らみました。

また本作にほとんど描写されない「僕」の父もなんだかんだ叔母の血縁者だなと思わせる描写が出てきますし、やはり「僕」がそれまで信じていたものが一気に崩れていくのが印象的でした。
でも、考えてみればそうなんですよ。表面上ではニコニコしていても、腹の中では何考えてるかわからないじゃないですか、人間って。それが優しい親戚でも、彼らの生活ってわからないじゃないですか。
かくいう私も、いとこの家族が本当はどんな家庭環境なのか知りませんし。私の中では優しい伯父伯母という認識がありますけど、その家の子供であるいとこちゃんはどう思って父と母と接しているのか、想像することなんてありませんでした。
人間の狂気や不条理を感じるとともに、ひょっとして自分の周りもそうなんじゃないかと思わずにはいられず、さらに恐怖を抱きます。
深読みしすぎているのかもしれないなーとは思いますが、考えれば考えるほど奥行きのある作品であることは間違いないです。
本作は極端に描いてありますが、この裏テーマ的な私の深読みは割と誰にでも当てはまるような身近さがあるのではないでしょうか?
とにかく楽しかった!いい読書体験でした!

季節は夏です。ひんやり涼しくなれるホラー小説を読みながら、この短くも過酷な夏を乗り切っていきたいものですね。
それでは、今回はこのへんで。


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