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雑記#5 鳥は翼があるから飛ぶのか?

こんにちは。
皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
面白いことを考えたりして豊かな時間を過ごしていらっしゃいますでしょうか。

さて突然ですが、皆さんはこの問いについてどう思いますか?

鳥は翼があるから飛ぶのか?

それとも

鳥は飛ぶために翼を手に入れたのか?

今回の雑記では、この問いについて深掘りしてみたいと思います。

あらかじめ言っておきますが、この問いに正しい答えはありません。
この問いについて考えを巡らせて辿り着くことができるのは、あなたがどちらの側に立つかという新たな問いであって、ボトルに入ったナンセンスがグラスに注がれたナンセンスに変わるようなものです。

したがって、この記事はグラスに注がれたナンセンスを口に含み芳醇な香りを楽しむための文章ということを理解いただきたいのです。
そうすれば、私も心置きなくこのとっておきのナンセンスを皆さんにサーブすることができます。

鳥は恐竜から進化したと言われています。
最初は空を滑空できるほどの翼はなく、ちょっと大きめのジャンプをしたり、樹から樹へと飛び移ったりする程度の飛翔能力しか持ち合わせていなかったようです。

しかし、やがてこの鳥の祖先にあたる一部の恐竜さんたちが想像を絶するような苦難に耐え、数千万年に及ぶ進化の末に、空を自由に飛び回るあの鳥さんへと変わっていったのです。

さて、この進化の過程は何によってもたらされたのでしょうか?

この問いにはいろんな説明のバリエーションがありますが、進化論を持ち出せば、あっさりとみんなに納得してもらえるような説明をこしらえることができます。

もちろん、この説明が私たちの住む世界でコンセンサスを得ているのは、莫大な調査と検証と討議が重ねられた結果であり、科学の進歩には毎度頭が上がりません。
科学の解き明かしてきた事実によって、今や私のような素人でさえ、鳥がなんとなくこういう流れで進化していったんだろうなというイメージを持つことができます。

今私たちの目にする鳥のような形の生き物たちは、祖先がその時々の環境に適応して生き残ったことで生まれた。
つまり、鳥に翼を持ち飛んでいるのは、生き残った遺伝子がたまたま翼のコードを持っていたから、ということになります。

他に特に必要な説明は見当たりません。
そして、この見地に立って冒頭の問いに答えると、こういうことになります。

鳥は進化の過程で翼を持つことで生存し種を存続させることができ、結果として今を生きる鳥たちも翼を持っている。
ゆえに、鳥たちは翼があるから飛んでいる。

そうです。
鳥は翼があるから飛んでいるんです。
当たり前の結論に辿り着きました。

そして、鳥が翼を手に入れたのは長い年月を経て種に自然淘汰の力が働いたからです。

この世界に浸透する自然法則がそうさせた。
その過程にある細かいひとつひとつの現象にわざわざ言及するまでもありません。
なんてシンプルでエレガントなんでしょう。
ダーウィンに拍手を送りましょう。
ぱちぱちぱちぱち!

さて、これが自然科学的世界観に張られたバリアの境界線です。
私たちはたった今、美しいバリアを前にして立ち尽くし、それに拍手を送っています。

この微笑ましい光景は昨今、至る所で目にすることができます。
ただこのままでは聖杯に注がれたナンセンスを口にすることはできません。

あの芳醇な香りを楽しむために、私たちは抜け穴を見つけなくてはならないのです。

そのためにすべきことはただひとつ、ナンセンスな仮定をATフィールドのように展開して、自分で穴をこじ開けるのです。
例えばこんなふうに。

鳥の祖先にあたる一部の恐竜さんたちは空を飛ぼうと思ってちょっとずつ翼を進化させてきたんじゃないのかい?

ナンセンスの香りがぷんぷんしますねえ。

もちろん鳥の祖先にあたる一部の恐竜さんたちが何を考えていたかなんて誰にもわかりません。
したがって検証しようの無い文字通り意味のない問いです。

ただ、これによってバリアの向こう側の世界に足を踏み入れることができました。

ここから先の世界では、自らの生み出すナンセンスな物語こそが唯一の道標です。

仮に鳥の祖先にあたる一部の恐竜さんたちが、

樹から樹に飛び移りたい!
もっと高くジャンプしたい!

と意識の片隅にぼんやりと感じていたとして、実際にその可愛らしい両手を目一杯に広げてそれにチャレンジしていたとします。 

やがて、その心意気が周囲にも伝播して、

「あ、たしかに!ナイスアイディアだな、あいつみたいにジャンプすれば美味しい獲物を食べられるかも!」

と、ジャンプ好きな恐竜が周りにたくさん出てきます。
彼らが交配することで、ジャンプの得意な子どもたちが生まれ、彼らはその得意のジャンプ力を活かして美味しい食べ物を獲れる森に住み着くようになります。
その森では上手に飛べるやつが一番栄養たっぷりに長生きして、たくさんの子孫が残すことができるのです。

この「飛びたい!」という意志の萌芽から始まった一連のプロセスが、何世代に渡って続いていて、今の鳥さんたちには、その「飛びたい!」という意志が深層の深層の意識に刷り込まれている。

ゆえに、鳥は飛ぶために翼を手に入れた。

さて、ここまでバリアの向こう側を愚者の如く自信満々に闊歩してきたわけですが、それによって得られるものは何かあるのでしょうか?

どうでしょう。
それを見極めるために他の事象にもこの物語を応用してみましょう。

私たち人間はこのまま何世代も続いていくと、やがて筋肉が衰え、頭が大きくて顎が小さく、指が長くて、ひょろ長いエイリアンのような姿に進化すると言われています。

これはどこまで本当なのかはわかりませんが、あまり顎を使わずとも栄養を摂取でき、手指を駆使してあらゆるデバイスを操作し、脳をフル稼働させることが求められる生活を続ければ、そのような姿になるという説明もなんとなく成り立つ気がします。

自然科学的世界観バリアの内側では、人類を取り巻く環境変化と進化論を持ち出せば、ほぼ説明すべきことは片付いてしまいます。

こういうプロセスで、人はこんな姿になっていきますよ、と優しく微笑んで教えてくれます。

しかし、ナンセンスの盃を口にした私たちは、「鳥は飛ぶために翼を手に入れた物語」を手にしたまま、これに対して、にこやかなNOを突きつけることができます。

いま私たちは何をしたいのか!
私たちはどういう生活を送りたいのか!
どういう世界を生きていきたいのか!

これこそが、常にこれから起こるプロセスのスタート地点になるからです。

主観的な意志あるいは意識の居場所をこの世界に取り戻すべく、ナンセンスな文章を元気いっぱいにしたためることができたので、今日はここまでにしたいと思います。

きっと、熱苦しいと思う方も多くいらっしゃるかと思いますが、そんなあなたも、寒々とした風の吹く日などにはグラスに注いだホットなナンセンスを口にしてみてはいかがでしょうか?

ではでは!

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