日本におけるリテールメディア
「リテールメディア」という言葉が流通業界、デジタル業界、広告業界を跨いでバズワードになっている。日本におけるリテールメディアは、デジタル技術の進化と消費者行動の変化を背景に、急速な成長を遂げつつある。2022年の市場規模は135億円に達し、2026年には約805億円に拡大すると予測されている。この著しい成長の背景には、小売業者がリテールメディアの可能性を認識し、積極的な取り組みを進めていることが挙げられる。AIやビッグデータ解析を活用したパーソナライズされた広告配信により、消費者のエンゲージメント向上とオムニチャネル戦略の実現が期待される。
日本小売業のEC化率動向
日本の小売市場は、近年EC化が急速に進展している。経済産業省の調査によると、2022年の日本のBtoC-EC市場規模は13兆2,865億円に達し、EC化率は8.78%となった。2019年から2022年にかけて、EC化率は6.76%から9.13%へと着実に成長しており、特にコロナ禍の影響で非接触・非対面の購買行動が求められた2020年以降、伸び率が加速している。業界別に見ると、書籍・映像・音楽ソフトや生活家電・AV機器・PC・周辺機器等のEC化率が30%を超える一方で、食品・飲料・酒類は2.89%、化粧品・医薬品は6.00%と、EC化率の低い業界も存在する。ただし、これらの業界も前年比で軒並み10%以上のEC化率の伸びを示しており、オンラインシフトが急速に進んでいることがわかる。
日本のEC化率は、世界平均の19.6%と比べるとまだ低い水準にあるが、これは中国のEC化率45.3%という突出した数字に引き上げられているためであり、日本のEC市場の成長ポテンシャルは依然として高いと言える。実際、アメリカのEC化率は13%であり、日本よりも高いものの世界平均を大きく下回っている。今後、デジタル化のさらなる進展により、日本のEC市場規模とEC化率は拡大を続けると予想される。OMO(Online Merges with Offline)の潮流の中で、オンラインとオフラインの垣根がますます低くなり、リアル店舗とECの融合が加速するだろう。AIやビッグデータを活用したパーソナライゼーションにより、消費者一人ひとりに最適化された購買体験の提供が可能となる。小売企業がデジタル変革(DX)を推進し、こうした技術を効果的に活用しながら、オンラインとオフラインの強みを掛け合わせた独自の顧客価値を創出することが、EC市場の成長を牽引すると考えられる。
リテールメディアとオムニチャネル戦略
リテールメディアは、オムニチャネル戦略の実現に重要な役割を果たす。オムニチャネル戦略では、オンラインとオフラインの様々な顧客接点を統合し、シームレスな顧客体験を提供することが目的である。リテールメディアは、ECサイトやアプリ、店舗サイネージなど、小売業者が保有する多様な媒体を活用して、一貫性のあるブランドメッセージを発信できる。例えば、店舗アプリでパーソナライズされたクーポンを配信し、来店を促進した上で、店内サイネージで関連商品の情報を表示するといった、オンラインとオフラインを連動させた施策が可能になる。また、リテールメディアで収集した顧客データを分析することで、チャネル横断的な顧客理解が深まり、より最適化された顧客体験の設計につながる。このように、リテールメディアとオムニチャネル戦略は密接に関連しており、両者を効果的に組み合わせることが、小売業の競争優位性を高める鍵となるだろう。
リテールメディア活用事例
リテールメディアの実例としては、国内外の小売大手による先進的な取り組みが注目されている。ここでは、代表的な事例をいくつか紹介する。
Walmart(ウォルマート)
米国の小売最大手であるウォルマートは、リテールメディア市場の約7割を占めるリーディングカンパニーである。同社は、自社ECサイトやアプリ上で、購買履歴や検索履歴に基づいたパーソナライズド広告を配信している。例えば、ユーザーが「水」を検索すると、関連商品一覧の中に複数のメーカーによる広告が表示される。広告は一般商品のような見え方になっているものもあれば、バナーや動画が表示され商品購入ページへの導線とディスプレイ広告を兼ねた内容のものもある。ウォルマートのリテールメディアは、ECサイトのみならず、店舗内のデジタルサイネージとも連携しており、オンラインとオフラインを横断した広告展開を可能にしている。Amazon(アマゾン)
Eコマース大手のアマゾンは、「Amazon Advertising」と呼ばれるリテールメディアプラットフォームを運営している。同社のECサイトやアプリ上で、スポンサープロダクト広告やディスプレイ広告などを展開し、商品検索結果への表示や関連商品としてのレコメンドを行っている。アマゾンのリテールメディアの特徴は、膨大な顧客データに基づく高度なターゲティング広告配信である。また、アマゾンは、店舗内のデジタルサイネージやスマートカートとも連携し、オンラインとオフラインを融合させた広告ソリューションを提供している。楽天
国内EC大手の楽天は、「楽天広告」というリテールメディアサービスを展開している。楽天市場やアプリ内で、スポンサードサーチやターゲティングディスプレイ広告などを配信し、出店者の商品露出拡大と売上向上を支援している。楽天の強みは、8,000万人以上のユーザーデータを活用した精緻なオーディエンスターゲティングである。楽天ポイントを軸としたオンラインとオフラインの購買データ統合により、オムニチャネルでのリーチを実現している。セブン&アイ・ホールディングス
国内小売最大手のセブン&アイ・ホールディングスは、グループ横断でリテールメディア事業を推進している。セブン-イレブンの店頭デジタルサイネージやECサイト「オムニ7」、アプリ「7iD」などの顧客接点を活用し、高度にパーソナライズされた広告配信を実現している。同社は、ID-POS分析により、購買履歴や来店頻度などの顧客データを広告配信に活用。オンラインとオフラインの行動データを統合し、One to Oneマーケティングを可能にしている。ヤフー
インターネットサービス大手のヤフーは、「Yahoo!ショッピング」におけるリテールメディア事業を強化している。出店者向けに、スポンサードサーチやディスプレイ広告などの広告商品を提供し、商品の露出拡大と売上向上を支援している。ヤフーは、同社が保有する膨大なユーザーデータとAI技術を活用し、パーソナライズされた広告配信を実現。また、リアル店舗の購買データとオンラインの行動データを連携し、オムニチャネルマーケティングを推進している。
以上のように、国内外の小売・流通大手は、自社の顧客接点とデータ基盤を最大限に活用し、リテールメディア事業を積極的に展開している。今後は、オンラインとオフラインのシームレスな連携をさらに深化させ、消費者の購買体験の最適化と広告効果の向上を目指した取り組みが加速すると考えられる。
リテールメディアプラットフォーマ比較
Supership
Supershipは、リテールメディアの立ち上げから運用、収益化までをワンストップで支援するプラットフォームを提供している。同社のソリューションにより、小売事業者は顧客体験の向上と新たな収益獲得を実現できる。Supershipのプラットフォームでは、店舗内サイネージやECサイト、アプリなど、様々な顧客接点に最適化された広告配信が可能となっている。CARTA HOLDINGS
デジタルマーケティング企業のCARTA HOLDINGSは、リテールメディアの市場調査や、広告配信プラットフォームの提供を行っている。同社は国内の有力小売企業と連携し、パーソナライズされた広告配信による顧客体験の向上と、小売事業者の収益拡大を支援している。Criteo
グローバルなアドテクノロジー企業であるCriteoは、リテールメディア向けのソリューションとして「Criteo Retail Media」を提供している。同社のプラットフォームでは、小売事業者のファーストパーティデータを活用し、ECサイトやアプリ上で高度にパーソナライズされた広告配信を実現する。また、オフラインの購買データとオンラインの行動データを統合し、オムニチャネルでのリーチを可能にしている。サイバーエージェント
インターネット広告大手のサイバーエージェントは、リテールメディアソリューション「Retailio」を展開している。Retailioは、小売事業者の店舗内サイネージやECサイト、アプリに、AIを活用した最適な広告を配信するプラットフォームである。サイバーエージェントの広告配信ノウハウとデータ分析技術を活かし、高度なターゲティング広告を実現している。TIS
ITソリューション企業のTISは、リテールメディアプラットフォーム「RAMP」を提供している。RAMPは、小売事業者のID-POS データを活用し、店舗内サイネージやECサイト、アプリなどのチャネルに、パーソナライズされた広告を配信する。TISのデータ分析技術により、購買履歴や属性情報に基づく精緻なセグメンテーションが可能となっている。
これらのプラットフォーマは、小売事業者のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援し、リテールメディアの推進を通じて、小売業界のデジタルシフトを加速させている。今後は、オンラインとオフラインのシームレスな連携により、消費者の購買体験をさらに最適化していくことが求められるだろう。
日本リテールメディア事例リンク集
以下は日本におけるリテールメディアの事例集である。
ヤマダデンキ: 店舗内デジタルサイネージや自社ECサイト「ヤマダウェブコム」を活用したリテールメディア事業を展開。店舗とオンラインの顧客接点を活かし、家電メーカーなどの広告主にターゲティング広告配信を行っている。
ファミリーマート: 店頭デジタルサイネージ「ファミポート」や公式アプリ「ファミペイ」を通じたリテールメディア事業を推進。店舗来店客の属性や購買履歴に基づいたターゲティング広告を配信し、CPG(消費財)メーカーなどの広告出稿を獲得している。
セブン&アイ・ホールディングス: グループ企業横断でID-POS分析を活用したリテールメディア事業を展開。セブン-イレブンの店頭デジタルサイネージやECサイト「オムニ7」、アプリ「7iD」などの顧客接点を活用し、高度にパーソナライズされた広告配信を実現している。
ローソン: 店頭デジタルサイネージ「ローソンビジョン」や公式アプリ「ローソンアプリ」を活用したリテールメディア事業を推進。AIを活用した顧客セグメンテーションにより、来店客一人ひとりに最適化された広告を配信している。
イオン: 店舗内デジタルサイネージや自社ECサイト「イオンスクエア」を通じたリテールメディア事業を展開。イオンカードの購買データ分析により、精緻なターゲティング広告配信を実現している。
これらの事例から、日本の小売大手各社がリテールメディアの可能性に注目し、自社の顧客接点とデータ基盤を活かした広告ビジネスを積極的に推進していることがわかる。今後は、オンラインとオフラインの連携をさらに深化させ、消費者の購買体験の最適化と広告効果の向上を目指した取り組みが加速すると考えられる。
日米のリテールメディア成熟度格差
アメリカと比較すると、日本のリテールメディア市場には以下のような課題がある。
小売企業の市場占有率の違い
アメリカでは上位10社の小売企業が市場の約60%を占めているのに対し、日本では約30%にとどまっている。そのため、日本の小売企業1社あたりのリテールメディアのトラフィックが少なく、広告収益を上げにくい状況にある。小売企業のデジタル展開の遅れ
アメリカの小売企業はECやアプリを中心としたデジタル展開が進んでおり、デジタル上で顧客にリーチできる基盤がある。一方、日本の小売企業はデジタル展開が遅れており、デジタルでリーチできる顧客数が限られている。リテールメディアの広告効果はデジタルでリーチできる顧客数に影響されるため、この点が課題となっている。メーカーの組織構造の違い
アメリカのメーカーではマーケティング部門がリテールメディアを含む広告出稿を一元管理しているのに対し、日本のメーカーでは営業部門と宣伝部門に分断されている[1]。そのため、リテールメディアへの予算配分や人的リソースの確保が難しい状況にある。リテールメディアの位置づけの違い
アメリカではリテールメディアを顧客体験向上のための重要な手段と位置づけているのに対し、日本ではまだ広告の一形態という認識が強い[2]。顧客体験を軽視し、広告を過剰に配信すると、顧客離れを招き本末転倒となるリスクがある[1]。
日本のリテールメディア市場が拡大するには、これらの構造的な課題を克服し、小売企業がデジタル基盤を強化しながら、メーカーと連携して顧客体験を最優先に考えた運用を行うことが求められる。そのためには、アメリカの先進事例に学びつつ、日本の市場特性に合わせた独自の発展モデルを模索していく必要があるだろう。
日本型リテールメディアの課題と展望
日本のリテールメディア市場は、米国と比較すると成熟度に差があるものの、近年急速な成長を遂げている。2027年には市場規模が9,332億円に達すると予測されており[2]、小売企業にとって新たな収益源として大きな注目を集めている。
一方で、日本市場には以下のような構造的な課題が存在する。
小売企業の市場寡占度の低さ
米国では上位10社の小売企業が市場の約60%を占めているのに対し、日本では約30%にとどまっている。そのため、個々の小売企業のリテールメディアのリーチ力が限定的であり、広告収益を上げにくい状況にある。デジタル顧客基盤の脆弱さ
日本の小売企業のオンライン展開は米国と比べて遅れており、デジタル上で顧客にリーチできる基盤が十分に整備されていない。リテールメディアの広告効果を最大化するには、オンラインの顧客接点とデータ基盤の強化が不可欠である。メーカーの組織的な課題
日本のメーカーでは、リテールメディアを管轄する部門が営業部門と宣伝部門に分断されている。そのため、リテールメディアへの予算配分や人的リソースの確保が難しい状況にある。顧客体験軽視のリスク
日本ではリテールメディアをまだ広告の一形態と捉える向きが強く、顧客体験を軽視して過剰な広告を配信するリスクがある。顧客の購買体験を阻害すれば、顧客離れを招き本末転倒となる恐れがある。
これらの課題を克服し、日本のリテールメディア市場の健全な発展を実現するには、以下のような取り組みが求められる。
小売企業のデジタルシフトの加速
オンラインとオフラインの顧客接点を拡充し、デジタル上のリーチ力を高めることが急務である。ECサイトやアプリの強化に加え、店舗内のデジタルサイネージなどを活用し、オムニチャネルでの顧客体験の最適化を図るべきである。データ活用基盤の整備
リテールメディアの広告効果を最大化するには、ID-POS データなどの購買履歴と、オンラインの行動データを統合し、パーソナライズされた広告配信を実現する必要がある。そのためには、データ活用のための基盤整備と、AIなどの先進テクノロジーの導入が不可欠である。メーカーとの連携強化
メーカーがリテールメディアに積極的に取り組めるよう、小売企業との連携を強化すべきである。リテールメディアの予算確保や、専門人材の育成などで、両者が協力して課題解決にあたることが求められる。顧客体験を起点とした運用
何よりも重要なのは、顧客の購買体験を最優先に考えた運用である。過度な広告表示は顧客の購買意欲を削ぐため、データに基づいて適切なタイミングと頻度でパーソナライズされた広告を配信することが肝要である。
日本のリテールメディア市場は、これらの課題を克服しながら、独自の発展モデルを模索していくことになるだろう。米国の先進事例に学びつつ、日本の市場特性に合わせたアプローチを追求することで、小売企業の収益拡大と顧客体験の向上を両立するリテールメディアの形を作り上げていくことが期待される。
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