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金融システミックリスクの再来は近いのか?

最近欧米で散見される、システミックリスクの高まりを示す事象を本noteにまとめました。既にツイートしている内容も含まれますが、足元の状況整理にご活用ください。

システミックリスクとは・・・或る金融機関が決済不能に陥った場合、その金融機関からの支払いを見込んでいた別の金融機関も決済不能になるといった具合に、一箇所で発生した支払不能など等の事象が連鎖的に波及し、決済システム全体を機能不全に陥れてしまうリスクのことを指す。

1.米国債の流動性低下とスプレッド拡大

当局要人も相次いで懸念を示す「米国債市場の流動性低下」問題ですが、その背景として、1)大手米銀に対するの自己資本比率規制の強化(トレーディング勘定で米国債を保有した際のリスクウェイト引上げ)、2)コロナ感染拡大の一服で"経済リオープン(再開)"した昨年後半より顕著な、「銀行の預金残高の減少とその一方で融資残高の増加」の2点が、米国債の最大投資家である米銀のプレゼンス低下の主因として挙げられます。また本年春先から始まったCLOsのAaa格など上位トランシェでのスプレッド急拡大に関しても、同様の事情が指摘されています。

また、レポデスクのトレーダーでもない限り殆ど気にも留めないFrictionalな値幅ですが、米国債のBid-Askスプレッドが着実に拡大しています。インフレ高進と利上げ開始が織り込まれ始めた昨年末を皮切りにまずは短期債から、そして直近は長期債ゾーンに至るまで、グローバルの投資家に売買されて世界中で最も取引の厚みある米国債市場の執行コストが増加傾向にあります。

これは単にFEDの金融引締め(QT)→バランスシート圧縮開始を受けた需給の偏向を反映したものか。それとも債券裁定取引戦略など一部ヘッジファンドを含むレバレッジ投機家によるリスクオフ取引→レポ市場での流動性下落→2020年3月のような中央銀行による緊急的な資金供給が迫られるようなシステミックリスクの予兆なのか。現時点は不明ですが、世界中で地政学イベントがファットテイル化しつつある現状では、斯かる事態を慎重に見極めて十分に備えることが肝要です。

2.英国年金のLDI問題

LDI・・・Liability Driven Investmentの略称。債務連動型運用。将来の年金支払い(債務)額に合わせて運用のキャッシュフローを調整する手法。英国の年金は手厚い一方、低金利下で十分なキャッシュフローが得られなかったたことからLDIの運用規模はこの10年で約4倍に増加。金利スワップでレバレッジをかける年金も多く、直近の金利上昇で問題が表面化。

物価連動債を含む自国債(GILTs)の英中央銀行(BOE)による買入れが10月14日で打ち切られました。深刻なインフレ問題に対して逆行するような緩和政策を続ける計画はないと、労働組合など利害が絡む関連団体の延長要請を実質的に却下した格好です。

市場の注目は、この英国年金とGILTs市場を襲う争乱が、大西洋を横断して米国債市場をOut of Controlにするアルマゲドンを引き起こすのか?との懸念です。現在セルサイドやヘッジファンドが喧々諤々の議論を展開しており未だコンセンサスには至っていませんが、Cleveland連銀のMester総裁を筆頭にFRB幹部は「Market is Functioning」と火消しに躍起です。

"LDI"の手法を悪用(誤用)して投資ではなく"投機"をしたに過ぎない英国年金の問題は、LTCM事件(98年)やサブプライム危機(08年)など過去の金融事件とその構図は全く同じです。
つまりデリバなどを用いた過剰なレバレッジで肥大化したポートフォリオが、市場価格下落によるマージンコール発生 or ALMミスマッチによる流動性リスクの露呈、の何れかを契機として保有資産の強制売却へと至る共通点があります。

自国の不動産投資信託(REITs)を軒並み「解約停止」へと追い込んだ渦中の英国年金は、大西洋の反対側では保有するCLOの上位トランシェを換金目的で叩き売りしている模様。これはLDIの「終わりの始まり」を意味するのでしょうか。

3.機関投資家の投資戦略に影

長期投資の堅実なポートフォリオ構築手法として定番の"株式60%/債券40%"は、主に年金などコストに敏感で保守的な機関投資家に幅広く認知された投資戦略です。

しかし本年の運用実績は今のところ壊滅的で、先月末時点の年初来リターンはマイナス▼21%と散々です。これは2008年のグローバル金融危機時や、2000年代初頭のネットバブル崩壊期、また1970年代のハイパーインフレ環境下に記録したマイナスリターンをも大幅に下回る重症ぶりで、今から90年以上も遡ること大恐慌時代の真っ只中1931年のマイナス▼27%に匹敵する水準です。

この要因としては、株式市場の不調下落時に中央銀行が金融緩和へと転じること(中銀プット)で債券が買われる分散補完効果が、折からのインフレ高進により今次機能しないどころか、急ピッチでの利上げにより株式と債券の両市場が共に急落して共倒れとなったこと。

また1970年代と比較すれば現下の物価水準は遥かに下回っていますが、当時より金利の絶対水準が圧倒的に低いので、債券価格の値下がり率が大きくなる市場要因が影響しています。

景気循環理論と市場の平均回帰性(Mean Reversion)を信じる限り、"株式60%/債券40%"ポートフォリオのリターンが目先悪化する程に、将来の期待収益率は逆に高まります。このセオリーを前提に、(ロスカットすることなく)多くの機関投資家が辛抱強く金融市場の推移を見守っています。ほんの一年前まで僅か0.3%にも満たなかった米国2年債の最終利回りが今や4.5%まで上昇しており、そのリスク/リターンは十分に魅力的に投資対象として映るものの、未だ債券価格の下落(債券利回りの上昇)が一向に止まらないのが気掛かりです。

4.プライベートエクイティの時価評価が遅れている

米国ハーバード大学の財産を運用するHarvard Management Company(HCM)が、本年6月末を期末とする2022年度の決算を発表しました。

その結果は2016年度以来となるマイナスリターンとなり前年度対比で▼1.8%でした。その前年度の2021年度に+33.6%の好成績を達成していることを踏まえれば、十分な健闘に値する運用成績であり、また一般市場や同基金のベンチマークを上回っています。

特筆すべきは、今般の決算発表に伴い同基金のCEOが開示した財務諸表に添えたレターで触れた内容です。

運用純資産の1/3以上を占める不動産やベンチャー企業などプライベートエクイティへの投資に関して、上場株などの流動資産との対比で時価評価が遅れており、現在の経済や市場の環境を考慮すればフェアバリューで評価されているとは言えず、来年度以降で評価損失が発生する可能性が高い」との要約になります。

500億ドル以上の運用純資産規模を誇り、ウォール街から採用した資産クラス毎の専任担当者が外注と内製の双方から最先端の運用業務に従事するHCMの場合、リスク管理手法も卓越していることから、来年以降プライベート資産からの損失が嵩んだところで屋台骨を揺るがす大事に至る可能性は少ないのでしょう。

問題なのは、HCMやYale大学など、米国アイビーリーグ基金の運用手法を上辺だけ模倣した二番煎じの投資家群です。昨年までのゼロ金利時代に、市場価格が存在せず、頻繁な時価評価が困難な会計上「レベル3」に分類される非流動性資産(プライベートアセット)への投資残高を積極的に積み上げた機関投資家が世界中に巨万と存在します。
そんな彼らのポートフォリオが来年度以降、組入れるプライベート資産からの評価下げリスクに十分耐え得るのか。今般の英国年金で発生した"LDI"問題のようなコラテラルダメージが露呈することはないのか。一抹の不安がよぎります。

5.VCの企業評価手法の危うさ

PitchBookのVenture Monitor最新号では、VCによるスタートアップ企業の評価手法に関して、従前は当該企業の業績などファンダメンタルズを反映した「客観的」な手法が一般的であったが、近頃は直近の資金調達時のプライシングや類似企業の評価からデリバティブス・モデルを用いて類推するなど「主観的」な手法へと移行しており、バブル&バーストを助長するなど、その投機性や脆弱性を指摘しています。

おわりに

最近になって表出し始めた低金利時代の弊害についての情報は、今後もツイートしていく予定です。

最後までご覧いただきありがとうございました。


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