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小さな奇跡の宅配便


仕事終わり
今年も、雪は降らない。冷たい夜の風が、頬に当たったまま離れない。何度この日を一人で過ごしただろうか。
イルミネーションに飾られたビルの間を抜ける。
お決まりの恋人たちの歌は、風と共に流れカップルの景色に溶け込んだ。「お前らの宗教なんだよ」毎年思う言葉も、段々軽くなって薄明かるい月に向かって飛んでいった。
意味もなく、甘い香りに誘われてケーキ屋さんに入る。誰と競っているわけでもないのに、何か負けたくなくて、ケーキを二つ買った。
誰と食べるわけでもないのに…。
マンションの前まで来て、マンションを見上げた。いつもと何ら変わりないのに、電気の点いていない僕の部屋を見て、少し悲しくなった。腕時計は、九時五十五分を指していた。
こんなときに限って、エレベーターは最上階に停まっていた。
ついてねーな。
やっと降りてきたエレベーターに乗り込むと、女の人が走り込んできた。
「すいません」
そう言って、乗り込んできた彼女は少し疲れている様子だった。まだ若く同い年位の彼女は、確か同じ階の人だったと思う。
この人も、誰かとご飯でも行ってきたのかな。
不意にそんなことを考えた。
「今日寒いですね」
突然彼女は話しかけてきた。
「そうですね。昼間はちょうどいい気温だったんですけどね」
「そうなんですよね。お昼食べに外に出たときは寒くなかったんですけどね」
彼女は、そう言ってなんだか少し嬉しそうに笑った。
「ケーキ誰かと食べるんですか?」
別に普段なら何でもない質問に少し虚しさを感じた。
「いや、一人で食べますよ」
「あっ、そうなんですか」
少し気まずい空気になって、二人とも黙ってしまった。十階についてドアが開く。黙ったまま廊下を歩いて、部屋の前に着いた。
「じゃあ、また…。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
彼女は、そのまままっすぐ歩いて角の部屋に入って行った。何となく二人とも会釈を交わした。スーツをハンガーにかけて、シャツもズボンもそのままでソファーに座り、テレビを点けた。どの番組もクリスマス特番ばかりだ。何も食べる気にならず、冷凍パスタをチンして食べた。
ピンポーン、インターホンが鳴り、現実に引き戻される。
こんな時間に誰だ?
エレベーターの彼女がドアの前に立っていた。不思議に思いながらドアを開ける。
「どうしたんですか?」
当然の疑問だった。彼女はたまに朝会うだけの人だったから。
「あの、お一人だって聞いたので、私も一人なので一緒にお酒呑みませんか?」
彼女はワインを持ってそう言ってきた。一瞬戸惑ったが、
不思議なクリスマスだな。
と思いながら言った。
「どうぞ、上がってください」
「おじゃまします」
リビングに入ると、カーテンには、ソリの影が映っていた。

高校生

バイトが終わった夜の七時。家に帰る住宅街を歩く。学校では、クリスマスにどこに行こうかと、カップルが話し合っていた。男子も何人かで、遊びに行く計画を立てているようだった。俺は、シフトを頼まれて断りきれずに、バイトすることになってしまった。
今日の、コンビニには、幸せそうな人が多いように感じた。多分いつもと、変わりないんだろうけど。
少し寂しい、クリスマスソングを聞きながら、暗い住宅街を家に向かって歩く。少し大きなため息がこぼれた。
(今年は、一人か…。)
毎年クリスマスは、隣の家の歩美(あゆみ)の家族と過ごしていた。だけど、今年は違う。一週間ほど前にたまたま、廊下で歩美が学校で友達に、クリスマスに遊びに行こうと、誘われているのを聞いてしまった。何やらクラスの格好いい男子も来るらしい。
別に、何も思っていないが、無意識にその場から逃げてしまった。小さい頃からずっと二人で一緒に過ごしてきたクリスマス…。
放課後の部活には全然集中できず。練習にも遅刻してしまい、キャプテンに怒られてしまった。今日は1日中何に対しても身が入らなかった。そんな、なか悲劇が起こった。
試合形式の練習中、審判をしていると、突然ボールが飛んできて顔面に当たり、気がつくと保健室で寝ていた。
目を覚ますと。隣には本を読みながら歩美が座っていた。
「あっ、起きた。大丈夫?」
「別に何ともない」
「ボールに当たるとかダメダメだなー」
普段なら何でもないことなのに、何故かイラついた。
「うるさいな」
「なにその言い方、心配してんのに」
「ハイハイ」
仕切りのカーテンを開けて、外に出た。すぐにでも保健室から立ち去りたくて、少し早足になった。
去り際に、嫌味っぽく言った。
「今年のクリスマスは、クラスの子と楽しく遊ぶんだろ。楽しみだね」
保健室から出るとそのまま走り去った。
「そんなの誰から聞いたのー」
去っていく背中に、歩美の声が聞こえた。

そんなこんなで、なるべく歩美と会わないようにして、クリスマスの日を迎えた。バイトを変わったのは後から考えると、良かったかもしれないと思った。
澄んだ冷気が、顔の周りを撫でる。ため息をつくと、ついた分だけ白く夜空に浮かんだ。
家への帰り道、いつもよりため息が多いような気がした。
歩美がいないクリスマスは、初めで不安があった。今後は、ずっと一人で過ごすのだろうか。
家に着くと、歩美の家の電気は消えていた。
(歩美のお父さんも、お母さんも二人でどこかに行ってるのかな)
ドアの鍵を開けて、手をかける。大きなため息が自然と出た。
「ただいま」
脱力したようにドアにもたれかけながらそう言った。
「お帰り」
歩美の声が聞こえる。(幻聴か…。)そう思って、無視すると、
「お帰り!」
さっきよりも、強く声が聞こえる。顔を上げると、歩美がそこにいた。
「何で、いるの。クラスの子と遊びに行ったんじゃないの?」
「誰もそんなこと言ってないけど」
安心でため息が出た。歩美はすぐにリビングに戻って行ってしまった。
玄関から入った月の光の中に、少し大きなソリの影が通った。
子ども

小さな体をピョコピョコ動かして、無駄に動き回りながら一人で家に帰る。今日は友達が皆インフルエンザで、一緒に帰る人がいない。
石を蹴っ飛ばして、転がしても蹴り返す友達はいない。学級閉鎖は全然楽しくない。石を蹴りながら歩いて行くと、石はコロコロと転がって、曲がり角に消えていった。
別にルールはないけど、なんとなく家まであの石を蹴りたい気分だった。
のそのそとゆっくり歩いて曲がり角に差し掛かると、さっきの石が角から飛び出して来た。
驚いて、後退りする。
(えっ、何で戻って来たの…。)
奇妙な石に少しずつ近いて行く。しゃがんで石を眺める。特に変わった所は無さそうだった。
恐る恐る石を触ろうとしたとき、突然声をかけられた。
「なにしてるの?」
声に驚いて思わず尻餅をついてしまった。見上げると声の方向には、雪のような白い肌の女の子が立っていた。
「お前こそなにしてんだよ。てか誰だよ。」
驚いたカッコ悪い所を見られて、言葉が少しきつくなっていた。彼女は僕を見下ろしながら言った。
「そんな、ビビりに言う事なんてないわ。」
(ムカつくやつだな。)
すぐに立ち上がって。指を指して言った。
「勝負しろ」
彼女は、ポカンと口を開けて呆れていた。
「男子って、そういうの好きだよね。馬鹿じゃないの」
冷たく彼女はそう言い放った。
「馬鹿ってなんだよ。あっ、さては負けるのが怖いんだろ」
「そんなわけ無いじゃない。何で勝負するの?」
「よし、交渉成立だな」
自信満々で挑んだ勝負。
じゃんけんから始まり、手押し相撲、指相撲、しりとり、お絵描き…。合計十種目で戦った。戦績は十敗で一回も勝てなかった。
(まっ、負けた。)
どや顔で僕を見下ろす彼女に向かって、
「バーカ、 バーカ。ちょっと凄いからって調子のんな!」
そう言って、家に向かって走った。女の子は少し寂しそうな面持ちで、とぼとぼと歩いて言行った。
夜ご飯を食べ終え、一人でゲームをしながらケーキを食べていると。突然インターホンが鳴った。
「拓海、出てー」
キッチンから、お母さんの声が聞こえた。ゲームを中断して、玄関に向かう。扉を開けて目の前を見ると、昼間の女の子が立っていた。
「あ」
二人とも同時に言った。女の子の背中には、小さなソリの影が映っていた。

サンタ
一年に一度のこの日、俺は大忙しだ。前日の夜中から準備をして、日付変更線を駆使して全世界に幸せを届ける。キリスト教とか関係なしに、全世界を回る。キリストの奴が幸せを配りたいから手伝えなんて言ってきたから、こんなことになってしまっている。
トナカイを従えて、夜空を飛んでいく。
今年は、約七十億人に幸せを配らなければいけない。全く、何が少子化だよ。
多くの人が勘違いしているのだが、俺は別にプレゼントを配ってる訳ではない。
小さな幸せ、小さな奇跡を起こしているだけだ。プレゼントは、親とか恋人から貰ってくれ。
七十億人もいたら奇跡は小さくなってしまうから。最近はあまり気付かれない。
せっかく配り回ってるんだから気付いて欲しいと思ってる。
面倒くさいけどまあ、当分この仕事を続けて行くつもりだ。
今日は一段と月が綺麗な気がする。
ヤバい、月明かりに照らせれるとバレちまう。

サンタは勢いよく雲の影に向かって飛んでいった。


十二月二十五日には、あなたに小さな奇跡が届きます。是非奇跡を見逃さないように、穏やかな気持ちで待っていて下さい。
ちなみに、当日の時間指定は承っていませんので、ご了承下さい。

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