TBSラジオ「アフター6ジャンクション」〜『ピアノ』よ、お前は一体何者で、どこから来たのだ?特集……の補遺
0)前置き
皆さん、こんにちは。音楽ライターの小室敬幸です。
2021年9月14日の20時からTBSラジオ「アフター6ジャンクション」で宇多丸さん、宇垣美里さんとお送りした『ピアノ』よ、お前は一体何者で、どこから来たのだ?特集でご紹介した音源や情報、語りきれなかったことを補うための記事となっております。
放送を聴かれていない方は、9/22(水)の午前4時までRadikoのタイムフリーで聴取可能なので、是非お聴きいただければ幸いです(「アフター6ジャンクション」がネットされていない地域で聴く場合は、Radikoの有料サービスであるエリアフリー機能が必要となります)。
9/22(水)の午前4時以降は「TBSラジオクラウド」か「SpotifyのPodcast配信」でお聴きいただけますが、こちらだと音楽部分はカットされているので、この記事で紹介する音源のリンクなどを合わせてご参照ください。
1)特集の趣旨
そもそも、今回は2021年7月24日にアルテスパブリッシングから出版された『ピアノへの旅(コモンズ: スコラ)』(総合監修:坂本龍一)にちなんだ特集として企画されました。この書籍のなかで小室は、曲目解説の半分ほどを執筆させていただいています。
2008年に始まった坂本さんのスコラ・シリーズはかつて、派生番組がNHKで放送されていたこともあるので、そちらをご覧になったという方もいらっしゃるかと思います。堅苦しくない形で、普段触れる機会の少ない様々な音楽と出会うきっかけを作ってくれたり、設定されたテーマを自由自在に掘り下げたることで知的好奇心が刺激されたりと、音楽の楽しみを広げてくれるシリーズとして愛されてきました。
3年振りのスコラ・シリーズかつ、出版社をかえてリニューアルという形でこの度、出版されたのがシリーズ第18弾『ピアノへの旅(コモンズ: スコラ)』になります。本書の構成は……、
*前半が「ピアノへの旅」と題して、ピアノはどこからやってきて、どんな発想・観点で発展してきたのかを、坂本さんが当時の楽器を博物館で見学・演奏した上で語ります。
*後半は「静かで弱い音楽へ――近現代のピアノ曲を語る」と題して、坂本さんがどんなピアノ曲と触れ合ってきたのかを伊東信宏さんが聞き出しています。
後半の話題に関しては、坂本さん自身が選んだ録音によるプレイリストが準備されていて、書籍に印刷されたQRコードを読み込むとSpotifyとApple Musicのプレイリストが聴ける仕組みになっています(基本的にどちらのストリーミングサービスも優良ですが、Spotifyには無料プランもあるので、そちらに登録すれば――ただし無料プランだとトラックの順番は変わってしまいますが――、各トラックをフルで聴くことが出来ます)。
それに対して、前半の「ピアノへの旅」については、公式のプレイリストが準備されていないので(取り扱っている内容的に、仕方ないことなのですが……)、「アフター6ジャンクション」では、その部分を補うような特集内容にさせていただきました。
もっと言ってしまえば、今回のラジオでの特集を聴けば、前半「ピアノへの旅」で話題になっている内容がイメージしやすくなるので、ひいては本書全体を120%楽しんでいただくために必要な予備知識となる特集にしたいなと考えたのです。
ただし、特集の放送時間は50分弱。限られた時間に全て詰め込むことは不可能ですから、「ピアノへの旅」で触れている話題でも取り上げられないものも多数ありました。下記のテキストと音源は、そのあたりをフォローする内容にもなっています。
2)ピアノの源流
⭐ アコースティックな鍵盤楽器を発音機構で大別すると?
タイプ1)
リード(エアリード含む)の振動 = オルガン類(鍵盤ハーモニカなんかも含む)
⇒ちなみに、オルガンも昔は植物の葦を使用してリードを作っていた。15世紀ぐらいから真鍮でパイプを作るようになったそう。
タイプ2)
弦の振動 = こちらがチェンバロやピアノの系譜
※以下の①〜⑤は、成立の時系列ではなく、楽器の関連性をイメージしやすくするための説明です。
①:ハープ(竪琴)類(楽器や流派によって爪弾きと指弾き、どちらも存在)。
②:ハープを横にすると琴の親族に(こちらも楽器や流派によって爪弾きと指弾き、どちらも存在)。
③:金属の弦にしてプレクトラム(ピック)で引っ掻くとツィター(の半分。残り半分はギターに近い。)
④-1:鍵盤を通して金属の弦をプレクトラムで引っ掻くと「チェンバロ」になり、
④-2:金属の弦を撥で叩くと「ダルシマー」や「ツィンバロン」等になる。
⑤:更に④-2を、鍵盤を通して金属の弦をハンマーで叩くと「クラヴィコード」や「ピアノ(ピアノフォルテ)」になる。
⭐ 「クラヴィコード」と「チェンバロ」
「リードを振動」させるオルガンに、現在のような鍵盤が付いたのは14〜15世紀のことで、そこから「弦を振動」させる鍵盤楽器である「クラヴィコード」や「チェンバロ」へと派生していく。
*14世紀頃に生まれたのが「クラヴィコード」
・モノコードに鍵盤がつくような形で生まれたと考えられ、ピアノと同じで「弦を叩く」仕組みなので、鍵盤のタッチで音に強弱がつけられる。
・構造上、楽器のサイズが小さいため、音量も小さい。演奏会場ではなく家庭で演奏するのにむいている楽器。
・18〜19世紀、ピアノが普及していくのに反比例するかのように、クラヴィコードは注目される機会が減っていく。19世紀末にイギリス人のドルメッチ(1858〜1940)によって復興され、20世紀初頭のアメリカの楽器メーカーでクラヴィコードが生産されるまでに。
⇒こういう文脈があった上で、1960年代のバロック・ポップが出てきたのでは?
例)ビートルズ「フォー・ノー・ワン」(1966)の冒頭からクラヴィコードが使われている。
*14世紀末に生まれたのが「チェンバロ」
・ピアノやクラヴィコードと異なり、弦をピックのようなもの(プレクトラム)で「ひっかく」「はじく」仕組み。明晰で大きな音が出やすいが、鍵盤のタッチで強弱が(ほとんど)付けられない。
・チェンバロ(クラヴィチェンバロ)というのはイタリア語。英語ではハープシコード、フランス語ではクラヴサンと呼ばれる。
・最初期のチェンバロは、透明感のある音色だったが、徐々に改良が加えられ、音がより大きく、より派手になっていった(楽器外観の装飾も!)。
・チェンバロには、フランス革命以前の貴族文化を象徴する楽器という側面もある。他の楽器よりも鍵盤音楽は装飾が施しやすく、インテリアにも最適(下の画像は©Jean-Pierre Dalbéra)。
⇒19世紀に市民の楽器として広まっていくピアノには、そこまで過度な装飾はされない(のが一般的に)。
・様々なポップカルチャーにもチェンバロの音色は引用されている。
例)『キャンディ♡キャンディ』OP/『アナと雪の女王』の「生まれてはじめて」/MALICE MIZER「月下の夜想曲」/ALI PROJECT「朗読する女中と小さな令嬢」「discipline」など
3)ピアノの誕生と発展
⭐ 最初期のピアノ
・メディチ家に務めていたバルトロメオ・クリストフォリ(1655〜1731)によって17世紀末(遅くとも1700年頃)に作られたのが、最初のピアノとされる「グラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ(強弱が付けられる大型のチェンバロ)」。
⇒つまり、ピアノという楽器は、指のタッチで強弱が付けられるクラヴィコード的な機能が搭載されたチェンバロとして誕生したものだった。
・この新機能をもった鍵盤楽器のことを、イタリア語で「ピアノフォルテ(弱い強い)」と呼ぶようになり、それがいつしか略されて「ピアノ」と呼ばれるようになった。
・クリストフォリが製作したピアノのなかで、現存する最古の楽器は1720年のもの。
⇒その楽器のレプリカで、最古のピアノ曲集(ジュスティーニ作曲「チェンバロ・ディ・ピアノ・エ・フォルテ、すなわち、いわゆる小さなハンマーつきチェンバロのためのソナタ集」)のなかから演奏したのが下の音源。
・クリストフォリが1731年に亡くなった後、ジルバーマンというドイツ人がクリストフォリのピアノに改良を加えていったんですが、そのジルバーマンの楽器を試奏したのが、かのヨハン・セバスティアン・バッハ(1685〜1750)。優れたオルガン奏者、チェンバロ奏者だったバッハの所感は「良いところもあるけど、まだ楽器としては未熟」。つまりはピアノが劇的に発展していくのは、バッハが亡くなった1750年より後のこと。
1747年製のジルバーマンのピアノでの演奏
♬J.S.バッハ(1685-1750):パルティータ第2番より第1曲
⭐ 楽器の発展にあわせて作品が書かれていく
♪モーツァルト:トルコ行進曲[ソナタ第11番 イ長調 第3楽章](アントン・ヴァルター ウィーン 1790年頃)
・モーツァルトが弾いていたのと同じメーカーによる当時のピアノをモーツァルトが住んでいた家に持ち込んで演奏した録音。
・明るくなって盛り上がる部分では、このピアノに搭載されていた打楽器風の音色がでるペダルを使うことで、トルコの軍楽隊が打楽器をドンシャン鳴らすサウンドを模している。
⇒現代のピアノだと、このニュアンスが出ない!
https://open.spotify.com/intl-ja/track/6AaMdhVqWPlsWVanzZspah?si=c693fe01432c4050
♪ベートーヴェン:ソナタ第23番 ヘ短調《熱情》第1楽章(ブロードウッド ロンドン 1802年頃)
・本来は、1803年に贈られたエラール社のピアノのために作曲されたのが《熱情》。
・当時の楽器で弾くと楽器が壊れそうなぐらい激しい音楽であることが伝わってくる。
・ちなみに晩年に作曲した《ハンマークラヴィーア》という愛称で知られるピアノソナタ(第29番)では、曲が書かれた時点で存在していたピアノだと、楽章ごとに楽器を弾き分けないと演奏できなかった。
⇒つまり、楽器の限界をこした作品を手掛けるまでになっていた。
19世紀半ばになると、いわゆるロマン派と呼ばれる時代に。有名なピアノ曲が、当時どんな音色で演奏されていたかを聴いてみよう!
♪ショパン:別れの曲(プレイエル パリ 1830年)
・ショパンの楽器の好みは「気力・体力があるときはプレイエル、そうでなければエラールを弾く」
♪リスト:ラ・カンパネラ(エラール パリ 1874年)
・ショパンが体調の悪い時に選んだエラール社のピアノを好んだのが、ライバルのフランツ・リスト。
・プレイエルと異なり、音色が大きく変わらない(=コントロールしやすい)。
・ダブルエスケープメントという新たな鍵盤機構によって何がもたらされたか?
♪ドビュッシー:月の光(エラール パリ 1874年)
・上のリストと全く同じ楽器で演奏。
・下記のスタインウェイの録音との比較してみてください!
❗放送を聴き直したところ、このタイミングでエレーヌ・グリモーの演奏音源が流れてしまっていたようです。正しくは、下記の録音が流れるはずでした❗
⭐ 現代のピアノ
・1853年にニューヨークで設立されたスタインウェイ社が、19世紀末から20世紀初頭にかけて行った改良が、現代ピアノの雛形になった。
⇒現在のピアノメーカーのなかで王者の地位を築く。
♪ドビュッシー:月の光(スタインウェイ ニューヨーク 1922年)
⇒およそ100年前、1922年のニューヨークのスタインウェイで製造されたピアノによる演奏。ガラス細工ような、扱いづらい繊細さが魅力。
♪ドビュッシー:月の光(演奏:エレーヌ・グリモー)
※現代のスタインウェイ(ハンブルク製)による演奏だと思われる。
⇒透明感、輝かしい音色を、全音域にわたって追求してきた到達点。
⭐ 現代でもピアノという楽器の改良は続けられている
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