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しろくまくんには苦労をかけるよ
ニトリに来るのなんていつぶりだろうか。NクールとNウォームの寝具を揃えたのは社会人になった一年目の夏の始まりと秋の終わりだったからもう四年近く前だ。
一階部分の駐車場に車をとめ、ひとり分の幅しかないエスカレーターでぎこちなく一段飛ばしてついてくる彼女は雛鳥かなにかのような従順さだった。
自分の意志表示はしてくれるが噛み付くようなことはない。今朝の会話で見せた激情と現在の柔らかさ、どちらが彼女の本質なのだろうか。
店内でカートに買い物カゴを置くと彼女がそれを引き取った。普段からそうしているのか、気を使っているのか。
「何買うんですか?」
「ダメにするクッションを買い足そうと思ってね。好きなカバーを選びなよ」
え、わたしの分ですか、と嬉しそうな彼女を見ずにすたすたと歩く。こういうときに上手い物言いができないのだ。 もう全部済ませて家に帰りたい。
このクッションはまぁまぁ高い。質のいいものは値が張る、当然のことだ。だがリビングにふたりでいる時間の長さを考えるとその居心地を買えるならば買っておきたかった。苦手な分野を経済力で補うのは正当な選択肢だ。
自分のは少し高めの無印で買ったのだが、彼女の滞在期間は一ヶ月。少し価格の安いニトリのものでもへたれを感じることはないだろう。
クッションをカゴにいれ、彼女にはカバーを選ばせる。共用にはしたくない。
少し悩んだ末に彼女はデニムっぽい色合いのものを選んで持ってきた。冴えない同居人にどちらがいいか聞くのはもう諦めたらしい。
「ほかに何か買うんですか?」
「あとみっつ。夜は寝苦しいだろうから寝具と、君の洗濯物を干すやつ」
「もうひとつは?」
「お楽しみ」
わざとらしく、むぅ、と膨れる彼女は楽しみな気持ちに加えて疲労の色が濃く見えた。
クッションもだが、寝具も共用にしたくなかった。昨晩は仕方なかったが今夜からは新品を使わせよう。Nクールのタオルケット、ベッドシーツ、枕カバーを選んでもらう。
部屋にぎりぎり置けそうなサイズのX型物干しスタンドと、小物を干すための折りたたみ角ハンガー。スタンドの入ったダンボールは自分で持ち運ぼうかと思ったが彼女に言われてカートの下段に置く。
そして最後のひとつ。
歩いた先は抱き枕コーナーだ。壁面から様々な抱き枕が顔を覗かせている。
「ほら、好きな子を選んで連れて帰るといい」
「え、ええ、抱き枕ですか」
少し照れたような顔で困惑している。やめてくれ、気恥ずかしいのはこちらだ。
「ほら、しろくまとかペンギンとかいろいろいるよ、好きな動物とかいないの」
「犬、可愛いなぁ」
おずおずと犬の抱き枕を引っ張り出してサイズを確認し始めたので、すこし離れたカーペットコーナーで意味もなく様々な素材の肌触りを試す。
遠目から見ると、落ち着いた色のワンピースを着て長い髪を下ろした色白の彼女は大人っぽく見えた。言動もしっかりしている。そんな子が抱き枕を選んでいる様子は微笑ましかった。
疲れ果てて、環境が大きく変わって。
そんな彼女に必要なものがふたつある。
ひとつは、いつもの生活を守るもの。
もうひとつは、彼女の心を守るもの。
これから彼女に暗く深く終わらない夜が幾度訪れるだろう。
そのとき隣にいてやることはできない。
せめて一方的にでも抱きしめる相手がいれば少しは孤独が薄まるのではないか。
重たい役割を担う抱き枕はしろくまに決まったようで、大きいのでもいい?と聞いてくる彼女のはにかみはとても幼かった。
どのレジも数人並んでいた。
彼女に五百円渡し、入り口にあった自販機で飲み物を買っておいてくれと頼む。
「何がいいですか?」
「そうだな、今後お互いの好みを知っておくといいだろうから伝えておくと、おれは気分で飲みたいものが変わる」
「え、参考にならないじゃないですか」
ふふ、と笑う彼女。
「そうだな、君が美味しそうだなぁって思ったものがいいかな」
「わかりました、任せてください」
おどけた言葉を残して彼女はひとり歩いていく。背中を見ながら、彼女の家での光景を想像してみる。丁寧な態度の父親、暴れたという母親、彼女が絶大な信頼を寄せる兄。
およそ七歳ほどしか離れていないおれは、彼女を子ども扱いすることはできない。
とはいえ保護している立場で、幼い笑顔を見せる彼女といったいどのように関わっていけばいいのか。
彼女を適切に守ることができるのか。
カゴに入りきらずはみ出ているしろくまくんの頭をそっと撫でる。
「お前を頼りにしてるよ」
自分にすら聞こえない程度の声を漏らす。しろくまくんの頭は少しひんやりとしいた感触だった。
***
シリーズ1話はこちら。
第2・第4土曜日10時更新中。
次の話はこちら。
話数が増えてきたので今晩にでも目次noteを作ります、今晩にでも、きっと。
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ニトリさんには僕自身も大変お世話になっております。Nウォームなしでは冬を越せません。
洗濯ばさみがいっぱいついてるやつ、角ハンガーっていうんですね。小物ゾーンって呼んでてごめんなさい。
大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。