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走馬灯

卒業式の2日後、公立高校の合格発表日だった。
予想通りというといやらしいが、合格していた。すぐに私立高校2校を辞退する手続きを母がしていた。

中学校の先生からは、合格者全員に『素行が良くないと合格取り消しになる事もあるので、くれぐれもはしゃぎすぎないように』という通達があった。入学式は4月に入ってからだ。
それまでは卒業しても身分は中学生というわけだ。

塾で隣の席だった仲村くんは、私が1番最初に進学希望を出していた高校が不合格であった。彼は隣の市の別の高校の二次試験を受け、晴れて進学先が決まった。

卒業後も毎日仲村くんと電話をした。長くて1時間から2時間、仲村くんは落ち込んでる様子もなく、ひょうひょうとしていた。ごく自然な流れでデートをする事になった。

ミッちゃんとは卒業式で全て終わり。
仲村くんも1番好きだった裕木奈江似の子には彼氏が居てどうにもならず、お互い〝2番目同志″でデートでもしよっか、みたいな感じだ。

私はそれまで異性と2人きりで、デートというものをした事がなかった。誰とも付き合ってないんだから。
でも一度、デートとはどんなものかしてみたい気持ちもあった。
仲村くんは中学の途中から転校してきて、綺麗な標準語を話す、サックスが上手い男であった。そしてあまり土地勘がない。なので、デートでどこに行こうか色々決めるのは私の役になった。

とりあえず〝本命の彼″ではないがドキドキする。おばあちゃんに買ってもらった少し大人っぽいセットアップを着て、同級生の誰にもバレないように隣の市まで電車で出かけた。
仲村くんの横に立つと、背の高い私よりも少しだけ彼の方が高いことに気づいた。
私が170cm、おそらく仲村くんは174cmくらいだっただろう、初めて自分より背の高い、少しお兄さんっぽい雰囲気の同級生と歩くのは予想していたより新鮮だった。
仲村くんは色白で綺麗めな顔立ちをしている、ミッちゃんは色黒で掘りの深い目のパッチリした顔だったので正反対だ。ブルーのシャツとGパンがよく似合っていた。
どこに行くというわけでもなく、雑貨屋さんや洋服屋さんを見て回って、途中で喫茶店に入って2人でジュースを飲んだ。仲村くんがご馳走してくれた。
皆から聞いていた〝デート″とは、公園とかで話しながら自販機でジュースを買って飲むと言っていたぞ。
中学生なのに喫茶店でご馳走してくれるんだ…都会から来た転校生はさすが粋だな、と思った。

途中から手を繋いだ。ただお互い〝2番目同士″なのはわかっていたので、それ以上盛り上がる事もなければ、ドキドキする事もなかった。

〝ふぅ〜ん、付き合ってる同級生たちはこんな風に町を歩いたり、手を繋いだりするんだ…″どこか冷めている自分がいる。これが1番好きな相手だったら楽しくて仕方ないんだろうな…。

仲村くんは、塾や電話ではものすごく喋るのに、デートの時はあまり喋らないのも意外だった。彼の横顔は、どこか心ここにあらず、という風な遠い目をしていた。
ひょうひょうとした彼が何を考えているのか全くわからない。ただ慣れない町を歩いてみたかったのか、卒業したから2番目くらいの女とデートでもしてやろうかと思っていたのか後になってもわからなかった。そこはお互い様だ、私も人の事は言えまい。

初デートは、アッサリと終わり、手を繋ぐ時以外はこれといってドキドキする事もなく早めに帰宅した。
それから仲村くんとは別の高校になったが、5月の初めくらいまで長電話する関係が続き、そのまま自然消滅した。

卒業記念に、トリプルゆうちゃん友だちwith小雪と私の5人でスケートにも行った。皆高校がバラバラになるのでこれが最後だった。
私は皆が知っている〝娯楽″というものをほとんど知らなかった。皆スケート場にはよく来ていたらしく、特にテニス部の裕子は最初からサーっと見事に滑っていて驚いた。私は1mを5分くらいかけて歩き…すぐコケて尻もちをついて皆に笑われた。金輪際スケートは勘弁だったが、とても楽しかった。中学校の皆がしている同じ遊びができた事がとても嬉しかった。

スケート場では、篠原涼子の〝愛しさと切なさと心強さと″や〝もっと…″が繰り返し流れていた。今でもそれを聴くと、5人で行ったスケート場と、裕子が優雅にスケートリンクの上を滑っていた姿を思い出す。

どうやら私は昔から、何かの音楽と出来事がリンクして記憶にタグ付け保存されているようだ。
曲を聴くと、その頃の年齢から関わった人、一言一句、その場のシーンまで事細かに、まるで走馬灯のように頭の中をかけめぐる。変なところだけ異常に記憶力がいいのだ。いい事も悪いことも全てが何かの音楽とセットになっている。

みんなもやっぱりそうなんだろうか。

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