【閉鎖病棟入院④〜新たな出会い&深夜の叫び声編】
精神病院の閉鎖病棟にあるオシャレなテラス…学食の横にテラスがある…と言う表現がふさわしいかもしれない。
凛というハタチ過ぎの女のコの隣に浅く腰掛けた私は、内心動揺していた。
昨日入院したばかりで、入院患者とはオカモトさんくらいしかマトモに口をきいていない。
入院患者は多くいるが、自身の事で精一杯だった。
誰と何を話してよいか、話しかけて良いのかすら分からなかった。口を聞くのは看護師と主治医のみ。
ココは精神病院だ。話しかけられるのを嫌がる人もいるだろう。
『ようこそ〜はじめまして〜、待ってました〜。お気楽に!僕らいつもこうやってしょーもない事ばっか喋ってるだけだから、遠慮せずどうぞどうぞ!』
テラス席に出た瞬間、手を振ってきたメガネ男子がノリ良く私に話しかけた。
『あ…はい、初めまして…よろしくお願いします…』
いつもは誰とでも軽口をたたく私が、大人しく答える。
『じゃあさ〜、みんなで自己紹介しようよー!』凛がメガネ男子に話す。
他の4人の男女も落ち着いた様子で穏やかだ。
自己紹介…?何の自己紹介だ…
何か合コンみたいだな…
『じゃあ姉さんから…いつものアレで、“Youは何しにココへ?″する??』
メガネの男がケラケラ笑いながら、私に話をふった。
『えっ??私からですか…?あ、橋本です…
ていうか、言い出しっぺからでしょ!』
と笑いながらメガネ男子に返してみた。
やってしまった…初対面なのに速攻タメ口で返しちまった…私のバカ!
『そうきたかぁ〜!んじゃ、俺から…というコトで、京極です。罪状はOD、初犯でーす!よろしく。ハイ、次!オマエな!』
京極か…いかついな…
彼は隣に座る、色素の薄い系男子に話しかけた。
そうか、、ココでの自己紹介って病名とか年齢や職歴じゃないんだ…
内心ホッとしながら、罪状?初犯?…刑務所かよ?と心の中で1人ツッコミをする。
『僕もODでーす、よろしく。』
ペコリと頭を下げ、伏し目がちにクスリと笑い、色素薄い系男子が答える。
『え?次アタシ?ヒナタでーす、同じくOD、初犯でーす。』
コクリと頭を下げたヒナタさんは、何とも言えない貫禄がある髪の長い美人で、クロムハーツのTシャツにモノトーンコーデだ。
オシャレな人。
『ヒナタ姉さん、たぶん橋本さんと年齢近いと思うよー、オレら“姉やん″って呼んでる!』
京極がすかさず合いの手を入れる。
『あの…たぶん皆さん私より随分お若いと思うんですけど…』
遠慮がちに言ってみた。
『アタシ40代だよ〜!アムロ、浜崎世代!』
ヒナタ姉さんが答えた。
『えっ…?マジ??なら同年代だと思います。見えないですね!』
ビックリして咄嗟に口からコトバが滑り出た。
これは驚いた、よく聞くと私より1つ年下だと言う。
ヒナタ姉さんの眉毛の綺麗さに目が釘付けになった。
『ハイ、次私だね、凛でーす!罪状はODです!なんか楽しいね、いつものやつ!』
凛ちゃんはニコニコ笑いながら明るく答える、とてもODをするようには見えない。
最後、吸い込まれそうな目をした女のコが、静かに笑っている。
『月夜です…飛び降り…未遂です。』
大人しく答えた。
京極が横から“付け足し″を加えた。
『月夜さんは、ココでは“センセイ″と僕ら呼んでます。前科何犯だっけ…?大先輩なので…ココの事、1番詳しい人!センセイに何でも聞いて!』
なるほど、“センセイ″か…刑務官を呼ぶ時みたいだな…
月夜さんは遠い目をしてる。
何度か入退院してるのか…飛び降りか…
ひと通り自己紹介が終わったと思いながら、ホッとしていた。
『姉さん、まだですよ!罪状は?初犯?』
『あ!すみません、私もODです、初めて入院しました…』
京極に言われ、自分の“罪状″を告白した。
『お、初犯ッスか〜!ならまだ慣れないよね?まっ、こんな感じで僕らココでグチったり、しょーもない事ばっか話してるんで、良かったらいつでも来てください!みんな優しいんで、ね?!』
と明るく京極が私に説明した。
京極はよく見るとオシャレなメガネをしている、陽キャだ。
人は見た目では分からない、陽キャに見える彼にも何かあったのだろう。
『ODが多いんだけど、たまに首つりでーす、リスカでーす!って人もいるから。それが自己紹介ね!』
皆ケラケラ笑いながら話してくれた。
そうか、ココのメンバーは“自傷行為から入院したメンバー″なんだ…
聞けば、入院するまでは普通にOLをしていた、学生をしていた…皆さまざまだった。
『姉さん何で個室なんですか?寂しくない?』
『それがよくわからないんです…最初は4人部屋と聞いていたので…あとなんで自分が閉鎖病棟なのかもわからないんです。ルールもよく分からないんで教えてください。』
ペコリと頭を下げた。
京極が先頭きって話し出す。
この病院は病棟がたくさんあり、閉鎖病棟が主で、男女別、共学、開放病棟、未成年病棟もあるが、そちらは大人気ということだ。
学校みたいだな…
私たちが今いる病棟は、“急性期病棟″らしい。
症状が出始めの人や、運ばれてきた人が多いと言う。
“出所率″もはやく、色素薄い系男子は来週退院というではないか。
色素薄い系男子はハタチの若者らしく、髪型も雰囲気も襟付きのシャツを着てシュッとしている。
パッと見、韓流系男子にも見える。
私は皆の様子を伺いながら、コップのお茶をひたすら飲んだ。
良かった…ココにいる私以外の6人の男女は普通に意思疎通ができる…
気軽に話せそうだ…
ていうか開放病棟やっぱりあるじゃん!
昼間、若い主治医から『ココは全て閉鎖病棟です』という文言を聞いていた。
皆和気藹々とし、お互いの薬の種類、カウンセリングがどうだ、食事がマズいのでふりかけが必須だ…それぞれが色んな話しをしている。
『あの、初めてこうして話せて緊張がとれました。なんか、自助会みたいですね…』
と言った私に
『自助会じゃなくて“互助会″ね!お互いさま!』
と京極が答えた。
なるほど、互助会か…ウマい事言うな…
“冠婚葬祭互助会″みたいだな…私も自然と笑っていた。
しばらくすると、ピンク色のズボンを履いた大柄な女性がテラスに出てきて、話しかけてきた。
『あのぅ…私、40代です、よろしくお願いします。』
カン高いアニメ声だ。
『あ、はい、どうも…』
何となく空気が滞った。
あ、私の隣の部屋の人だ!
チラッと部屋を出入りするところを見たぞ。
私より年下か…ピンク好きなんだな、私と一緒だ…話に入りたいんだろう…
ピンクな彼女は端っこの椅子に座り、皆の話しをうんうんと頷きながら深妙な面持ちで聞いている…ように見えた。
『さ!そろそろ晩飯だから解散としますか〜!』
京極のひと声で皆立ち上がり、テラスから広間に入り解散となった。
夏場のテラスは18時まで使用可能らしい。
生理2日目の痛みがぶり返してきた。
私は話ができる人ができた事を嬉しく思った。
あの5人の中の誰かに聞けば、大抵のことは教えてくれるだろう…
未知なる閉鎖病棟での集団生活に馴染まなければならない、1人ではあまりにも孤独すぎる。
発狂してしまいそうだった。
夕食は何だろうな…
昼間看護師と主治医、どちらにもおかゆから普通のご飯でお願いしますと告げていた。
“胃腸炎用″だと思っていた食事の味がほとんどしなかったのと、生理痛以外の胃腸のキリキリが本当におさまったからだ。
夕食はおかゆから白ご飯に変わっていた。
おかずは、やはり野菜をクタクタに煮たものと白身魚、汁物はお椀の底から2cmしか入っていない…おかしいな…コレ普通食?
味がほとんどないし、どう見ても野菜は冷凍のものを使用している。
あとで献立表を見てみよう…
食後にロキソニンを飲むためには、あるものを食べるしかないので完食した。
引き出しの中から売店で買っておいたクッキーを取り出し口に放り込んだ。
今や売店で普通に売っているクッキー1枚でもココでは高級品だ、大切に食べなければ…
明日売店に行こう…
何とも質素な夕食は10分以内に食べ終わり、歯磨きをしてもまだ18時20分にもならない。
詰所でロキソニンの追加をもらい、看護師の前でゴクリと飲み込んで見せる“パフォーマンス″にもそろそろ慣れてきた。
部屋でひとり物思いにふけった。
何で私はココにいるんだろう…?
何故?
いつからこうなった?
なんで私閉鎖病棟なの?
最初は閉鎖病棟って相方も言ってたけれど、アレは嘘なの?
昼間、主治医は開放病棟の話などしなかった…私嘘つかれてる??
いけない、1人になったらロクな事を考えない、ダメだ、でもお腹痛い…
ベッドの上で前屈みになるハライタの時の体勢になり、生理痛と我が身を呪った。
しばらくするとロキソニンが効いてきたので起き上がり、昨日本棚から借りたヤクザモノの本をめくりながら時間を潰した。
20時半のお薬タイムがやってきて、睡眠薬などを看護師の前で一気飲みする。
『あの…私今日も22時に寝れる自信がないんですけど…』
『昨日23時にお部屋の電気消したわよね?
今日もまだ慣れないだろうからそれでいいですよ。寝れなかったら頓服出すからナースコールか詰所まで取りにきてくださいね!』
ニコリと優しい微笑みを返すその女性看護師が、法務教官か保護士に見えた。
1番なりたかった職業…刑務官の後に知った法務教官…
あまりにも筆記試験の難易度が高すぎて途中で諦めたんだ。
いつから私の人生はこうなったんだろう…
いつ狂った?
そもそも最初から狂ってたのかもしれない。
涙が出てくる。ヤバい。
早く薬効かないかな…
22時前になっても眠気は来ず、暇を持て余した私は再度個室内のつくりを眺めた。
やっぱり天井高いな…
白い壁紙がところどころ、妙な位置でだ円形に剥がれている。
以前の“住人″が暴れて剥がしたのだろうか…
そうだ、きっとそうに違いない、
きっとココから出たくて、もがき苦しんで暴れたのか爪を立てたのか分からないが、壁紙が数カ所だが不自然な破れ方をしている。
22時、消灯時間になり夜勤の職員が病棟内の電気を全て消してまわる足音がする。
私の個室は免除された。
シンと静まりかえる病棟、個室内…
23時までヤクザモノの本でも読んで、頓服をもらいに行こう…本に目を落とした。
…ひ、ひぇん…ううっ…
シンと静まりかえった病棟の個室内…
壁のコンクリートをつたって、どこからともなく、何とも言えない女性の泣き声がしてきた。
え??
コレってまさかのアレ?
いや、私は幽霊など信じない。
幻聴?まさか…幻聴も幻覚も私の症状にはない。
誰か泣いてる?
耳を澄ませた。
…ううっ…うぐっ…ヒック…
だんだん泣き声が大きくなってきた。
誰か近所の部屋の人が泣いてるのだろう。
…ううっ…ひぃっ…かんごふさぁーん、かんごふさーん、きこえませんかぁ?
私は泣いています、助けてください、かんごふさぁーん!助けてください、うぐっ…かんごふさぁーん!!きこえませんかぁぁ〜?
泣き声は次第に大きくなってくる。
近い部屋だな…コレは。
ヤバい、ヤバいよ…
どうしよう…めちゃくちゃ声、大きいんですけど…
ナースコールは聞こえていないのだろうか…
カン高い泣き声と叫び声は、コンクリートをつたってだんだんとダイレクトに聞こえてくる。
『かんごふさぁ〜ん!聞こえてますか?
なぜナースコールに出てくれないんですかぁ?私はさっきから何十回もナースコールをしています…
苦しんでいます…かんごふさーーん!!
助けてくれないんですか?聞こえてないのですか?
かんごふさあああぁぁぁ〜〜〜ん!!』
壁をガンガンする音とカン高い女性の声は、泣き声から次第に大絶叫になってきた。
ハッと我に返った。
隣だ!夕方テラスに出てきたピンク住人だ!
間違いない、隣の部屋だ!!
どうしよう…めちゃくちゃ声大きいし…
余計目が冴えるんですけど…
隣のピンクの住人は約30分ほど泣き叫び続け、ピタリと止まった。
看護師が来たのだろうか。
次の瞬間、耳を疑った。
『かんごふさあーん、さっきから聞こえてますかぁ?私は苦しんでいるのです。
ナースコールになぜ出てくれないのですかぁ?
かんごふさあーん、聞こえてますか?』
えっ…何なに?!
今度は男性のような野太い叫び声がする。
セリフは先ほどとほぼ同じだ。
ちょ、ちょい待て!落ち着け私!
隣の部屋、2人いるの?
そんなわけないよ、ココ“女性専用ゾーン″だもの…何この声…
も、もしかして一人二役してる?!
さっきはカン高い女性の声だったけど、今叫んでる声、めちゃくちゃ低いから余計聞こえるんだけど、何なの?!
オスカルとアンドレーだろうか…
余計な事を考えた。
『かんごふさーん、聞こえてますかー?
ナースコールになぜ答えてくれないのですかぁ〜?助けてください!
かんごふさああぁぁん!!』
低く野太い声は、私の部屋に筒抜けだ。
時計の針は23時前…かれこれ1時間弱、隣のピンク住人は叫んでいることになる。
だんだんイライラしてきた。
壁を殴りたくなってきた。
何らかの病気で叫んでるのだろう。
でもこちらもメンタルをやられて入院している、寝るどころの話じゃない!!
『うっせぇわ!!』と叫んで隣室への壁を殴りたくなる衝動を抑えた。
小1時間も叫び続けてよく体力あるな…
もうムリ!!詰所行って頓服もらおう!
私までおかしくなりそうだ。
カッカしながら個室から、コップを持って廊下へと出た。
不思議なことに廊下へ出ると、叫び声が全く聞こえない。
隣室を見ると個室の中が小窓から全く見えない…
あ!二重扉の鍵、外からかけられてるんだ!!
腹が立った私は詰所に向かう。
夜勤の看護師が数名居たので、頓服が欲しいと願い出た。
『確認してお部屋まで持って行くから、お部屋で待っててね。』
と言われ、自室に戻るとまだ叫び声が聞こえている。
今度はカン高い女性の声と、野太く低い声のmixバージョンだ。
夜中にひとりDJでもしてんのかよ…
ヤメテクレ…
私まで泣きたくなってきた…
夜のお薬タイムに部屋を訪れた、法務教官にも保護士にも見える、女性看護師が頓服を持ってやって来た。
私はこの1時間の間に起きた“隣室からの叫び声事件″と、ありったけの事をその看護師に話した。
法務教官にも見えるその女性看護師は、うんうんと頷き、私はいつの間にか泣きじゃくっていた。
消灯時間を過ぎても一人二役で叫ぶ、隣室の住人について気が狂いそうなこと。
本当は開放病棟だと思っていたのに、閉鎖病棟に入れられたこと、若い主治医が『ココは閉鎖しかありません』と言ったこと。
初めて精神病院に入院し、まだ不安で仕方がないこと。
生理痛だけでも苦しく、普段から不眠もキツいのに、こんな調子ではマトモな睡眠がとれはい、睡眠妨害だ!!
何とかしてください…
法務教官にも保護士にも見える、寛大な女性看護師は、私の話を聞きながら『辛かったね、明日先生に全部話そうね…』と、泣きじゃくる私の背中をさすってくれた。
その時ふいに、どこかで見たことがある…この表情と器の大きさを持った女性を…
親友のみっきーのお母さんだ!!
頭が混乱し、女性看護師が法務教官→保護士→親友の母親に見えてきた。
頓服を飲み終わる頃、隣室のピンク住人の部屋からは何も聞こえなくなっていた。
彼女も叫び過ぎて疲れたのかもしれない…
あるいは同じように何らかの薬を飲んだのかもしれない。
もうそんな事どうだっていい!
ココは病院なんだから、寝かせてくれ!
法務教官似の女性看護師は、およそ30分ほど私の部屋に滞在し、私が落ち着いたところで部屋をあとにした。
そこから頓服が効いたのか、いつの間にか眠りに落ちた。
https://note.com/kota1124/n/n4f46b2c469e2