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母と読書とタバコ〜高校ver.

ここまで色々と読んで下さった方の中には、私の母について興味がある人もいるかもしれない。
一度きちんと書いておこう。



母の教育は、小さな頃から勉強はそこそこ、ピアノだけは必ず弾け、本を読め(純文学のみ)テレビはNHKか教育テレビ、BSのみ。漫画は池田理代子氏のものだけ。音楽はクラシック音楽とプレスリーとデイビットボウイのみ、皇室万歳、の徹底した〝偏向教育″の極みであった。
それ以外はほぼ全てNGだ。
許可を得るためには母を納得させるための壮大なプレゼンテーションをしなければならない。


小さい頃から本を読めと言い続けられ、中学の頃は江戸川乱歩しか読まないと抵抗していた私だが、高校生になったある日、母の膨大な書籍の山の中にあるフランソワーズサガンを見つけた。
これなら〝国語力のないバカな私″でも読めそうだ(失敬)、本の厚さも薄い、そんな単純な動機で手に取った。意外と読みやすく、サガンを次から次へと読んでいった。


次に日本文学も読んでみようと思い、まずは教科書通り、川端康成から手をつけた。第一印象は綺麗で美しい文。母に聞くと大喜びで色々と注釈が入り、とりあえずひと通り読んでみろと言われた。それも純文学のみ。今流行ってるベストセラーは読むな。


母が言うひと通りとは〝どの作家のものも教養としてひと通り目を通しておけ″という意味であった。

その当時家にあったもの、様々なジャンルの本で雪崩がおきそうな部屋の中から、井上靖、太宰治、谷崎潤一郎、石川啄木、島崎藤村、森鴎外、大江健三郎、安部公房、芥川龍之介、与謝野晶子、樋口一葉、宇野千代、遠藤周作…順不同に読みやすそうな作品から片っ端に読んでいった。意味がわからないものも多くあったが、〝とりあえず読んだというコンプリートする″ことにハマった。夏目漱石と宮崎賢治は、私には〝きれい″すぎてあまり刺さらなかった。


ある日三島由紀夫の〝潮騒″を読んで不思議な感覚に陥った。綺麗なのだが何か毒を感じる。次に〝金閣寺″、ここら辺でやめておけと母に言われた。


やめておけと言われたら余計気になるものだ。

母に隠れてコッソリ〝午後の曳航″を読んで興奮した。そのまま〝宴のあと″…どんどん読み続け〝憂国″に辿り着いた。祖父が話していた戦時中の旧日本軍の姿が頭に浮かんだ。なんて残酷なのに美しいんだ。
〝午後の曳航″もしかり、これは純文学という大人のための高尚なエロ本だ!(これまた失敬)
もう後には引き返せない。高1の秋、〝春の雪″を読んで1人気が狂って号泣した。

母に見つかりコテンパンに怒鳴られた。
『高校生なんだから潮騒や金閣寺くらいでいいんだ、やめとけと言っただろう!〝憂国や午後の曳航″まで読んだのか!バカタレ!三島由紀夫とボードレールはハタチになるまで禁書!』

『本を読めと言い続けたのはアンタじゃないか、それを読むなとはどういう事だ、読んでほしくないならそんな本、家に置くな!』と言い返せなかった。やっぱり殴られるのが1番怖かった。

三島由紀夫はその後のハマり続け、大学生になった頃には気がトチ狂った。私にとって三島文学は中毒性があり、危険だと分かっていても読んでしまう。何よりも美しい。
同時に太宰治を読んでいると何だか無性にイライラした。

日本文学の次は世界文学へ飛んだ。
母は『全ての書物は聖書とシェイクスピアがベースになっている』と言っていた。


聖書は例の宗教のおかげで、何となくだが創世記から啓示の書まで頭に入っていた。
なら次はシェイクスピアからだ!
まずハムレット、ロミオとジュリエット…ジュリアスシーザー…無駄がない!無駄な文が一文もない!なんてことだ!

母に曰く『日本文学も素晴らしいけれど、海外の文学はスケールが違うのよ、文化や歴史が全然違うからね、そっち読んだら日本のもの、つまんなくなるわよ、だから区別して読みなさい』

なるほど、そういうことか!


シェイクスピアの次は何を読めばいいか分からず、本棚にあった読めそうな物から片っ端に読んだ。
中でもヘルマンヘッセの〝車輪の下″、トルストイの〝光あるうち光の中を歩め″が特に気に入った。
とりあえずドストエフスキーの〝罪と罰″なんかも読んだ。モリエールの戯曲はビデオを母と一緒に観た後原作を読んだ。

母の言うとおり、聖書とシェイクスピアが先に頭に入っていると海外文学は読みやすい。そうか、宗教観がまるで違うからだ。

その頃母は福永武彦さんの本を読んでいた。
仏文科だった母は、大学時代、福永武彦さんの講義を受け、卒論を福永武彦さんともう1人の教授にみてもらったと話していた。チラッと読んでみたが、私には難しすぎてサッパリわけわかめであった。同じく篠沢教授の話もよく聞いた。

あれだけ嫌だった本を読め!がそっくりそのまんま自分も本の虫になっていた。

ベストセラーも読んでみたいな…でも書店で手にしてみると、あまり面白くなかった。


家にあった村上春樹の〝ノルウェイの森″、村上龍の〝限りなく透明に近いブルー″を読んでみた。村上シリーズか…自分は龍の方が好みだな。
ノルウェイの森を読んだら死にたくなったからだ。


母は生粋の〝文学少女″であり、恋愛はリアルではなく、全て本の中の〝妄想″で済ませていたようだ。だから突拍子のない人しか好きにならなかったんだ…。
エルビスプレスリーの〝エルビスonステージ″を72回観に映画館に行き、プレスリーのハッピを着て8cmヒールを履いて新宿や渋谷を歩いていたと言う。母は166cmだったので、174cmだ。昭和40年代半ば、いくら東京でもそれは浮いただろう。デイビットボウイにものめりこんだ。何を思ったのか、DJになりたいと糸居五郎さんのスクールに祖母に内緒で通い始め、大学を5回生までやった。(これは祖母から聞いた)

『仏文科の学生はね、18歳の私と同い年なのにものすごく垢抜けていたのよ、横浜からきたお嬢さんなんて、その歳にはバーのマスターと同棲していた』
『先生一流、学校二流、学生三流と言われていた、〝下から上がってきた人たち″は別世界、挨拶は、皆さまご機嫌よう、なのよ』
『音楽部の部長と糸居五郎さんしか好きにならなかった、お坊ちゃんは退屈でつまらなくて』
『仕送り前、明日のパンが買えなくなると本を売っていたのよ、昔は今と違って本の価値がわかる古本屋がたくさんあって、それ相応の値段で買い取ってくれたのよ』
『私が銀巴里に通っていた頃は美輪明宏も普通に歌っていたのよ、お母さんはマールボロを吸っていたんだから』

なぜ母は東京で好き放題していたのに、私にはこんなに厳しいのだろう。なんであんな高等教育を受けて何不自由ない生活をしていたのに私を殴るのだろう…どれだけ考えても当時の私にはわからない。


母は大学を5回生までやり、友人のお父様のコネというだけで、赤坂見附の東北新社の上にあった自民党議員の大臣の私設秘書をずっとしていた。ロッキードが出かけていたので田中角栄とその大臣と迷い、田中角栄の秘書はやめておいた。
そんな就職先、どこで見つけるのか?


秘書仲間は東大、早慶のボンボンだらけ、皆〝下から組″の人ばかり、自分でお財布を出したことは一度もない、周りが全てご馳走してくれるし、先生(大臣)へのお土産は秘書仲間で分けるので食べることには困らない、葉山の別荘に皆で行った話、東京には一流の人たちが集まり、学生時代はいかに楽しく素晴らしい友人に恵まれたか、これでもかというほど毎晩聞かされる。いいなぁ…東京…。


母は昔から祖父母に期待されて育ち、〝自分が主役の表舞台を生きる人″だった。妹の叔母も東京の大学に進学したが、重度の佳子ちゃんの面倒をみろと言われ泣く泣く実家に帰った。幼い頃から母と育てられ方が違い、完全なヤングケアラーであり、あの家の犠牲者の1人である。



本の事で大喧嘩になり、久しぶりに中学時代のアケミが近所のショッピングモールに居ると分かったので、家を泣きながら飛び出し久しぶりにアケミに会いに行った。


アケミの横には新しい彼氏が居た。髪型はオシャレだが目つきが鋭い。
隣の中学で超がつくほど有名だった同い年の男子で、ヤンキーに疎い私でも知っていた。2人で制服のままタバコを吸っている。
アケミは久々の再会で大喜びしてくれたが、ヤンキーの彼氏は〝何、このおかっぱ頭の女は″と言いたそうな目で、私を〝品定め″していた。

母と大喧嘩してムシャクシャしていたので『私にもタバコ1本ちょうだい!』とアケミに言うと笑われた。
ドヤンキー彼氏くんは面白がって『自分、タバコ吸えんの?』とニヤけながらセブンスターを1本くれた。
アケミの指示通り、深く吸って肺まで入れる。
オェッ、まず!何じゃこりゃ…むせてしまいアケミとドヤンキー彼氏くんにまた笑われた。
初めてのタバコは激マズだったが、2時間くらいアケミとドヤンキー彼氏くんと過ごした。

それからも何故か3人で会う事があり、私も自然にタバコを覚えた。

高1の1学期でタバコを覚えた私は、母に隠れて吸うようになった。夜中になり母が寝静まると、当時ハマっていたお香を焚きながら窓を開けて外に向かって思いっきり煙を吐く。マンションの自室で夜中、窓の外に見えるあかりや景色を眺めながら吸うタバコは格別にうまかった。
マイルドセブンと吸い比べたが、後味があまり好みではない、とりあえずセブンスターでいいや。当時セッターはヤンキーが吸うと言われていたのを後から知った。私はヤンキーではない。ヤンキーの友人がいるだけだ。



母も若い頃マルボロの赤を吸っていたと言ってたな。でもそれは大学生か。

本とタバコが、現実逃避の新たな道具になった。




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