本当の先生
先生が給食の準備中に転んだ。
あっ、と気がついた時には先生は床に転がっていた。
私は給食当番だったので、パンが入っている箱を両手にもっていて助けることができずにぼんやりと立ったままで先生を見つめた。
先生はお腹に赤ちゃんがいたのに。
そのまま担任の先生は病院へ運ばれた。
その数日後に
新しい先生がクラスにやってきた。
また女の先生。
若くてよく笑う新しい先生をクラスのみんなは興味津々で観察してそわそわしている。
興味とか関係なく私は学級委員をしていたのですぐに先生と仲良くなれた。
話しやすくて大人の嫌な雰囲気がない。
私は髪の毛の長さや雰囲気が新しい先生と似ていて姉妹みたいだね!とクラスメイトに言われたけれど、そうかなぁ?と首をかしげた。
無駄に怒らず
ひいきもしない
爽やかな先生のことを私はいいな、と思った。
先生はあっという間に教室に馴染んで休み時間にはいつも数人の生徒が先生を囲んでいて賑やかな明るいクラス。そんな風に見えた。私はその輪には入っていなかったのだけれど、仲良しのカヨちゃんやミーちゃんが先生に夢中でもう少しで始まる夏休みに皆で一緒に先生の家に遊びに行くことになっていた。
私と友達は夏休み先生の家に遊びに行き、
一緒にご飯を食べたりゲームをしたり
めいっぱい子どもの時間を過ごし将来の夢や好きな子の話を時間を忘れて楽しんだ。
先生と言うよりお姉さんのようだな。
こんなに笑って楽しい時間ははじめてで、ずっと続けばいいのに、帰りたくないなぁ。そんな顔をしていたのがバレたのか、帰るときに
「また遊びに来てね」
先生は笑顔で言いながら頭をなでてくれた。
「うぇーきたねぇ!青山菌だ」
うるさい山猿のような男子達が青山さんをいじめている。
雑巾を投げつけたり椅子を蹴ったりその行為はいつもそこにあって、
火山のように突然だけど毎日暴れて吹き出だす 。
「ちょっとやめなよ!」
私が怒るとお開きになるのもいつもと同じ。
青山さんの椅子を直し背中をさする。
「大丈夫?」と聞くけれど大丈夫なわけないことはわかる。
私は何度も前の担任の先生に言った
「青山さんいじめられてます」と。
でも先生は「そうなの?」と言い
学級会で「人が嫌がることはしないように」と言うだけだった。
それでいいのか?面倒くさいのか?
先生の対応に何度も心が打ちのめされた。
だから新しい先生に伝えてどんな風になるのか、また同じようになってガッカリするのかな。先生に期待はしていなかった。
青山さんへのいじめはクラスみんなが知っているのに
男子も女子もニヤニヤしていて
何も言わなくて
気持ちが悪い。
同じ学級委員の男子も役立たず。
なんなら私をいじめろよ!ひどい仕返ししてやるから。
そんな気持ちで
「やめなよ!バカじゃないの」
と、いじめっ子に言うのだが
私には何もしてこない。
この子達は私が狂暴なことを子供ながらに感じている。
だから絶対逆らわない子をターゲットにしている。
弱い集団。バカみたい。
青山さんはただ下を向いて
机から飛び出したノートや
ちらかった筆箱の中身を片付けていた。
小さな鉛筆を拾い渡すと
「ありがとう」と微かに聞こえる音量で私に伝えてきた。
青山さんは出会った時にはもうあまりしゃべらない子だったし
何を話していいかもわからなかった。
「こっちにくる?」と聞いても絶対に頭を縦には振らなくて、いつも一人小さくなって椅子に座っていたから、距離は遠いまま。
その姿を見ると悔しくて悲しくて
よくわからない気持ちで苦しくなる。
放課後にでも先生に伝えよう。
静かに思った。
その日の学級会で先生はいつもと違う表情をして黒板の前に立っていた。
「クラスの、友達の良いところを言ってください」
そう言っていろんな子を指差し意見を聞いていく。
「青山さんは?」
先生が聞くと
「……優しいところがあります」
首を傾げながら小さな声で、いつも見る悲しいような笑顔で言った。
先生は黙って下を向き
「このクラスでいじめてる人がいるよね?
クラスの仲間なのに。それなのに今、みんなは友達の良いところを言った。
人をいじめて楽しいですか?いじめでつらい思いをしている友達がいるのに……」
泣き出しながら顔をあげて
「何があってもいじめることはいけないことです」
強くみんなの目を見て言った。
笑顔しかしらない先生の涙に驚きながら
たった数ヶ月で、いじめのことをわかって、どうにかしたいと思った先生を
私は、本当の先生だな。と思った。
放課後先生に今までのことを、自分の思ったことを伝えると
「話してくれてありがとう」
優しく言ってくれ肩の力が少し抜けた。
その日を境に先生はクラスの中を注意深く見るようになり、その効果があったのか今までのように、面白がって馬鹿騒ぎしながら青山さんをいじめる風景を見なくなった。
先生は青山さんともよく話をしていたけれど、いじめをしていた男子にも、笑っていた女子にも積極的に話をしていた。クラスの空気が変わった、ように感じたけれど、私はいつもと変わらない自分で皆を見続けた。
しばらくして
進級し青山さんとは別のクラスになり先生も学校からいなくなった。
私は手紙を出したいから、と先生から住所を教えてもらっていたが手紙を書くことはなかった。
中学生になっても
青山さんは嫌がらせを受けていたと思う。
たまに「あいつキモイ」とか言っている声を聞いたから。
青山さんは学校を休むことなく
いつも小さい身体をさらに小さくして学校にいた。
私はその後一度も
青山さんと同じクラスにはならなかった。
社会人になり
車の運転も慣れてきた頃、自宅から離れたコンビニで飲み物を買いに寄った。
「お願いします」
紅茶を店員に差し出すと
「あたためますか?」
聞いたことある声が聞こえ、顔を見ると青山さんがいた。目の前に。
ナチュラルメイクに可愛らしい服を着て私を見ている。
「元気?」
なぜだかその一言しか口からでてこない。
「うん。元気だよ」
悲しそうな笑顔じゃない優しい笑顔で青山さんが言った。
「そっか、よかった。じゃあね」
「じゃあね」
青山さん、
今幸せなのかな。
車の中でさっき買った紅茶を飲みながら外を見ると、目の前には濃い緑が広がっていて夏の始まりを感じさせていた。
青山さんがあの頃しんどい毎日だったように
私も家でしんどかった。
学校が唯一休まる場所だった。
はやく大人になりたい。小さな狭い場所から逃げたかった。
青山さんを見ていると家の中での自分を見ているようで苦しかった。だから先生が、ちゃんとした大人が「いじめはダメ」「暴力はいけない」しっかりと言ってくれた言葉が嬉しくて私を勇気づけた。
ダメなものはダメ。
自分の立場や損得ではなく、生徒のことを考え寄り添ってくれた先生のおかげで
私も、どんなに相手が偉い人だろうと、親だろうと、ダメなものはダメなんだ。と、強い心を持てるようになった。
「先生、お元気ですか?私は元気です。先日偶然青山さんと会いました。元気そうでした」
年賀状を送った。
先生から
「そうですか。嬉しいですね!私も3人の子どもの親になりました」
返事が届いた。
あれから一度も先生の家には遊びに行っていない。
でもずっと年賀状のやりとりだけは続いている。
就職したとき
結婚したとき
娘の写真を年賀状で送ったとき
「あなたにそっくりで可愛いですね」と言ってくれた。
30年以上たった今も
年賀状のやりとりをしている。
今年も年賀状が届いた。
「今は可愛い孫のような生徒達を受け持っています」
先生の周りに子供達が楽しそうにいるのを想像し自然と笑顔になる。
先生に会いたいな。
いつかまた先生に会える日を楽しみに、私も毎日を一生懸命に生きようと思った。
あの時新しい担任が先生でよかった。
先生と出逢えたことで今の私がいる。辛いことや困難なことがあっても立ち向かう勇気を持つことが出来ている。ほんの少ししか先生と過ごした時間はなかったけれど、
先生と出逢えてよかった。
今も変わらずにそう思っている。
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