実話怪談 #54 「駐車場」
これは三十代半ばの男性、田島さんの談である。
田島さんは徳島県のとある町で生まれ育ったのだが、今から約十年前に転勤で大阪市内に引っ越した。以降は会社が契約している単身用のマンションに住んでいる。
大阪での暮らしは思いのほか肌に合い、そこそこ楽しくすごしているそうだ。しかし、ひとつだけ不便に思っていることがあるという。
マンションから徒歩五分ほどのところに、普通車を八台駐車できる月極駐車場がある。その駐車場の前の道を通れば駅までの最短距離なのだが、田島さんはそこを通ることができなかった。
平日は出勤するために毎日駅を利用しなければならない。駐車場に近づけない田島さんは、駐車場を避けて、遠まわりしつつ駅に向かっている。余分にかかる時間は数分程度とはいえ、毎日となればまま不便である。
田島さんが駐車場に近づけない理由は、身体に異変があらわれるからだった。
最初にあらわれた異変は耳鳴りだった。駐車場の前の道を通ったときに、ザアァァァと雨が降るような音が聞こえた。通り過ぎてしまうと音が聞こえなくなったため、気のせいかとも思ったが、翌日も駐車場の前に差しかかると同じ音が聞こえた。
それからというもの、ザアァァァと雨が降るような音が、毎日聞こえるようになった。
どこかで実際にそういった音がしているのかもしれない。工場の機械音や家庭で水を使う音――。
そんな考えも頭によぎったのだが、実際に鳴っている音ではないようだ。田島さんにだけ聞こえている耳鳴りで、必ずザアァァァと雨音のように聞こえた。
また、駐車場の前を通り過ぎるさいに、なぜかやたらとつまずいた。いくら気をつけていても、ふいにつま先が引っかり、転びそうになってしまう。ひどい日だと二度三度とつまずいた。凹凸や段差があるわけでもないというのに、なにかにつまずいて転びそうになるのだ。
そして、だんだん頭痛が起きるようにもなっていった。
ザアァァァという耳鳴りがして、注意していてもなぜかつまずく。すると、つまずいた弾みで頭に負担でもかかるのか、こめかみあたりがズキンと痛むのだ。その痛みがかなり強烈なもので、吐き気をもよおすことまであった。
頭痛は恐ろしい病気のサインということもある。念の為に病院で診てもらうと、肩こりが原因の頭痛だと診断された。しかし、処方された頭痛薬はまったく効果がなく、やがて田島さんは薬を飲むのをやめてしまった。
どうして駐車場に近づくと、耳鳴りやつまずく現象起きて、さらには頭痛までするのか。
不思議を通り越して不気味ですらあったが、その理由も対処法もまったくわからない。だから、とりあえず田島さんは駐車場を避けて生活していた。身体に異変が起きないようにするには、そうするしか方法がなかったのである。
その駐車場を借りて車を停めている人もいれば、駐車場の前の道を通る人もたくさんいる。多くの人の身体には異変など起きていないようだが、なかには田島さんと同様の人もいるのかもしれなかった。
というのも、田島さんが大阪に引っ越してからの約十年、そのあいだにふたりの人が駐車場の前で亡くなっているからだ。
うちひとりは五十代後半の男性で、駐車場の前を通っていたさいに、不注意で転んで頭を強打したそうだ。その強打によって脳に深刻なダメージを受け、転倒してから二日後に帰らぬ人となった。
もうひとりは小学二年生の女の子で、その子も駐車場の前で転倒し、頭を強打したことが原因で亡くなっている。
田島さんも駐車場の前を通っているとよく転倒しそうになる。幸い転倒するまでには至っていないが、もし転倒していたら、頭を強打することもあったかもしれない。
頭を強打していれば、あるいは―― 。
男性と女の子はたまたま駐車場の前で亡くなっただけで、田島さんの身体に起きる異変とは無関係かもしれない。むしろ、たまたまと考えたほうが現実的だ。
しかし、どうにも駐車場が気になってしまう田島さんは、なるべく近づかないように生活しているそうだ。
(了)
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