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実話怪談 #31 「電話ボックス:後編」

 高山さんは嫌な予感がした。
「放っといたらあかんのちゃうか……」
「俺もそんな気がする……」

 詳しく説明しろと言われると説明できないものの、電話ボックスの中で、なにか奇妙なことが起きている気がした。そして、Mさんがまずい状況に陥っていると、そんな直感めいたものもあった。
 高山さんはその直感に従って、電話ボックスの折れ戸に駆け寄った。取手に指をかけて引っ張る。

「おい、M。大丈夫か?」
 折れ戸を開けつつ声をかけた途端、Mさんが飛びだしてきた。Mさんは勢いあまって転んだが、すぐに立ちあがって叫んだ。
「逃げろ!」
 Mさんの形相は尋常ではなく、恐怖に駆られているようだった。
 やはり電話ボックスの中でなにかあったのだ。

 Mさんのようすに高山さんも恐怖を覚えて、問いかけた声が思わず大きくなった。
「どうしてん! なにがあったんやッ?」
 しかし、Mさんは高山さんの問いを無視して、公園の外に向かって走った。
「おい、待ってって!」
 わけがわからなかったが、高山さんはMさんを追った。
 Oさんもあとに続いた。

 みなで車に乗りこむや否や、Mさんが後部座でまた叫んだ。
「ここはあかん。早く車をだしてくれ!」
「なんやねん、さっきから!」
 OさんもMさんのようすに戸惑っているようだった。
「いいからだせって!」
「だから、なんやねん!」
 Oさんは怒鳴り返しながらも、Mさんの指示に従って車を急発進させた。そのまま来た道を逆に走った。

 車内でのMさんのようすは普通ではなかった。いつものお調子者は影を潜めて、怯え切った顔を見せている。助手席におさまっている高山さんも、それにつられて緊張していた。ハンドルを握るOさんの横顔も表情も硬い。
 電話ボックスでなにがあったのかを知りたかったが、今はとてもMさんにただせるような雰囲気ではなかった。

 車は沈黙した三十分ほど一般道を走り、高速道路の入口が行く手に見えてきた。そのときになってようやくMさんが口を開いた。
「なんでお前ら、助けてくれなかったんや……?」
 高山さんとOさんを責めるような口調だった。どうやらMさんは怒っているらしかった。
 ようすがおかしいということに気づかず、飛んだり跳ねたりしているMさんを、しばらく笑って見ていたからだろうか。
 しかし、そうではなかった――

 車が高速道路に入ったとき、Mさんはこんな話をはじめた。
「電話ボックスに入ってしばらくしたら、どこからか声が聞こえてきたんや」
 オカルト雑誌では女の啜り泣く声だと紹介されていたが、実際に聞こえてきたのは子供の笑い声だったらしい。ただ、それはごく小さな声であり、風の音にも聞こえたという。
 Mさんは声の正体を確かめてやろうと耳を澄ませた。すると、
「いきなり下からはっきりを笑い声が聞こえた」
 見れば、五、六歳と思われる男児が、Mさんの足にしがみついていた。

 その男児の顔は肌が鉛のように黒ずんていたという。足に伝わってくる体温は、氷のように冷たかった。

 恐怖に駆られたMさんは電話ボックスから逃げだそうとした。だが、なぜか出入口部分の折れ戸が開かない。押しても引いてもびくともしなかったそうだ。

「だから、外にいるお前らに助けを求めたんや。ガラスの壁をどんどん叩いてな。けど、お前らは、子供にしがみつかれている俺を見て笑っとった」
「ちょっと待て」
 ここまで黙って話を聞いていたOさんが、ハンドルを握ったまま口を開いた。
「俺らは子供なんか知らんぞ。それに、お前に助けを求められてもない」

 Oさんの言うとおりだった。高山さんとOさんは男児など見ていないし、助けを求めてくるMさんも見ていない。高山さんたちが見たものといえば、電話ボックスの中で、飛んだり跳ねたりしているMさんだけだ。

 Mさんはそれを知ると、「そうやったんか」と呟いた。
 お互いの見たものや体験したものが違う。にわかには信じられない話だが、それが真実だった。

 また、Mさんはさらにこんな話もした。
「子供はひとりだけとちゃうかった。何人もいた……」
 最初に現れた子供はひとりだった。ところが、しばらくすると複数の子供が、床からぼこぼこ出てきたそうだ。最終的には十人ほどの子供が電話ボックスに現れて、Mさんの足や身体にしがみついていたという。
 
 ここまで話をしたMさんは、なぜか急に顔をしかめた。どこかが痛そうな顔だ。それから後部座席に座ったまま膝を立てると、ズボンの裾を膝あたりまでめくった。 

 高山さんは改めて助手席から後部座席を振り返った。すると、Mさんのすねやふくらはぎに、小さな赤い痣がいくつもできていた。
「……それ、なんや? どうしたんや?」

 Mさんは短い間のあと、硬い声でこう言った。
「電話ボックスにいた子供な……俺の足に噛みついとったんや」

 小さな赤い痣は子供の歯形ということだろうか。高山さんはそのように思ったものの、恐ろしくてMさんに訊けなかった。

 そんなことがあってから以降、Mさんはオカルト雑誌を読むのをやめてしまった。肝試しにいこうと誘ってくることもなくなった。

     (了)


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