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実話怪談 #50 「意図がわからない」

 十代後半の女性、野口さんのだんである。

 高校三年生の野口さんは、二階の自室で受験勉強をしていた。
 すると、誰かの足音が部屋の外に聞こえた。深夜の自宅はしんと静まり返っており、足音はやけに大きく聞こえた。
 
 ミシ……、ミシ……、

 フローリングの床が軋んで音がしている。足音は部屋の前の廊下を通り過ぎると、しばらくしてからまた戻ってきた。

 ミシ……、ミシ……、

 野口さんは勉強をしながらぼんやり思った。
(お姉ちゃんかな……)

 野口さんの部屋の隣に姉の部屋がある。トイレにでもいったのだろうと、特には足音を気にしなかった。
 そうして勉強に集中していたのだが、ややあって再び足音が廊下から聞こえてきた。

 ミシ……、ミシ……、

 さっきと同じだった。足音は部屋の前の廊下を通り過ぎ、しばらくしてまた戻ってきた。

 ミシ……、ミシ……、

 ふと野口さんは違和感を覚えた。
(これ、本当にお姉ちゃんの足音……?)
 姉が廊下に出たのであれば、ドアの開く音が聞こえる。トイレから戻ってきたさいも、部屋に入るときにドアの音が聞こえる。
 しかし、ドアの開閉音を聞いていない。

 ならば両親のどちらかとも頭によぎったが、両親の寝室があるのは一階だ。どちらかが二階にあがってくれば、それこそ階段に足音が響くだろう。だが、そういった音も聞いていない。

(じゃあ、この足音って……?)

 少し気味悪く思ったとき、また足音が聞こえてきた。

 ミシ……、ミシ……、

 しかし、今度は部屋の前を通り過ぎていかず、足音は部屋の前でぴたりと止まった。
 その直後、部屋のドアがノックされた。

 コン、コン。

 それからドアの向こうで声がした。
 
「お姉ちゃんだけど」

 足音を薄気味悪く思っていた野口さんはほっとした。
(なんだ、やっぱりお姉ちゃんだったのか……)

「勉強中に悪いんだけど、ちょっと入っていい?」
「うん、いいよ」
 野口さんが応じるとすぐにドアが開いた。明るい茶色のショートヘアー、小麦色に焼けた小顔が除く。サーフィンをしているような快活そうな見た目だ。
 そして――
「さっき犬が死んだから」
 そう言うと顔を引っ込めて、ドアをパタンと閉めた。

 野口さんは悲鳴をあげそうになった。
 姉は黒髪のロングヘヤーで、肌は日に焼けておらず、目が悪くて眼鏡をかけている。まさに文化系といった見た目であり、さっき入ってきた女性とはまったくの別人だ。
 しかも、さっきの女性は半分透けていた。
 姉でないのは確かであるし、生きた人間でもないはずだ。

 野口さんはもう勉強どころではなく、ベッドに入って布団を頭までかぶった。しばらく身体の震えが止まらなかった。

 それからというもの夜になると恐怖を覚えたが、さいわいなことに以後は特になにも起こらなかった。そうして、恐怖がだいぶと薄まった頃に、あの言葉をよく思い出すようになった。

 ――さっき犬が死んだから。

 あの女性はそう言い残して消えた。
 だが、野口さんの家では犬を飼っておらず、友人が飼っている犬もみんな元気だ。犬が死んだという話は誰からも聞いていない。

 なぜ、犬が死んだなどと口にしたのだろうか。意図がわからないぶん気味が悪い。野口さんは女性の言い残した言葉が、今でも気になっているという。

     (了)


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