NCAAではなく大学が凄い

【NCAAではなく大学が凄い】アメリカの大学スポーツは超高度なスポーツデザインの集合体だった

1.はじめに

2020年1月に筑波大学アスレティックデパートメント企画のNCAAコンベンションに参加してきました。

これまでアメリカの大学スポーツの規模の凄さは色々な情報から知っていたものの、断片的な知識にとどまっており、今回、全てが繋がって理解することができたと感じました。

・大学が観客席付きのアリーナを持っている。
・医療体制が充実している。
・同じ大学でチームの愛称やロゴを統一している。
・学業基準が設けられている。

など、事前知識はあったものの、実際アメリカに行ったことで、上記が全て関連しているのだと理解できました。

今回の学びをまとめると、以下の2点になるかと思います。

①アメリカのNCAAが凄いのではなく、スポーツを活かした大学経営力が凄い。
②アメリカの大学スポーツNCAAは超高度なスポーツデザインの集合体である。

2.スポーツデザインとは

スポーツが誰かに使われるようにデザインすることを「スポーツデザイン」と私が勝手に名付けております。
詳しくはこちらの記事を参照ください。

「スポーツの使われ方」を学びあう"スポーツデザイン研究会"作ります。

3.そもそもNCAAとは?

アメリカの大学スポーツの管理組織です。

アメリカの1,100大学ほどが加盟しており、規則ごとにDivision Ⅰ、Division Ⅱ、Division Ⅲと分かれています。

アメリカンフットボールと男子バスケットボールの人気は物凄く、人気大学は10万人収容のスタジアム、3万人収容のアリーナを保有しています。

TV放送もされ、視聴率は非常に高くなります。

デロイトトーマツのレポートによると、全大学合計で1兆円の市場規模と言われています。

今回参加したNCAAコンベンションは、NCAAの理事会と合わせて、大学スポーツ関係者が集まって重要課題について多数のパネルディスカッションが行われるイベントです。

また、私たち参加者のために特別に、アメリカの大学スポーツ関係者(大学のアスレティックデパートメント、NCAAの職員、カンファレンスの職員、など)からレクチャーをいただきました。

3つの大学に出向きスポーツ施設の見学を行い、実際のホームゲームも観戦しました。

4.アメリカの大学スポーツは儲けているのか?

このように、1兆円と市場規模となると

・アメリカの大学スポーツは非常に儲けている
・アメリカの大学スポーツのスポーツビジネスは凄い

という印象を持たれる人も多いかと思います。

私も今回アメリカに行くまではそうでした。

でも、実際話を聞くと、以下のデータを示されました。

・大学スポーツで黒字になっている大学は1,100大学のうち、30大学程度
・放映権やチケット収入、スポンサー、寄付で稼いでいる大学は1,100大学のうち、100大学程度
・稼いでいるのもアメリカンフットボールと男子バスケットボールのみで、他の競技は収入を生み出していない
・残りの1,000大学は9割以上を学生の学費からスポーツ環境の費用に充てており(少ない大学でも年間5億円以上)完全に赤字
・数万の学生数を抱えている大きな大学から、2,3千の学生数の小さい大学でも、投資規模は違うものの、どの大学も大学スポーツに投資している

さて、これは儲けていると言えるでしょうか?

確かに動いている額が大きいので儲けているように見えますが、大学にとっては出ていく金額の方がはるかに大きく、その出費で1兆円の市場規模が成り立っていると考えられます。

私はここで、1つの疑問が出てきました。

なぜ、アメリカのほとんどの大学はこんなにも赤字なのにスポーツに投資し続けるのか、ということです。

大学の広告宣伝を狙っているのだとすれば、あまりに競争が激しく、効果が乏しいのではないかと感じます。

5.なぜアメリカの大学はスポーツに投資するのか?

この疑問も、参加して、色々な情報に触れるうちに理解できるようになりました。

多くの大学で、スポーツに投資する目的として「Community engagement」という言葉が使われていました。

最初、地域との関わりを増やすため、と思っていましたが、アスレティックデパートメントの方から、この言葉にはそれだけでなく、「Campus community」という意味が含まれている、ことを言われました。

すなわち、「在学生や教職員を一つにまとめるため」が大学スポーツに投資する上で重要な位置づけになるということです。

チームの愛称やロゴを統一しているのは、同じグッズを色々な種目の試合で身に着けて一緒に応援できるようにするためです。

そうやって育まれた愛校心が卒業してから母校に寄付したり、子供を同じ大学に入学させる、ということに繋がっていくという事です。

また、大学スポーツが大学の中で「1つの教育プログラム」として構築されているということも大事な点です。

日本とアメリカの大学の違いで、学費がアメリカの方がかなり高い、という点がありますが、その高い学費を活かして環境に投資できている、という部分もあります。

6.全ての加盟大学がメリットを得られる仕組み

NCAAの仕組みも大学がスポーツに投資しやすくなるようにできています。

私も勘違いしてたのですが、「NCAAがアメリカの大学スポーツをマネジメントしている」というのは間違いです。

NCAAは各大学の意見調整を行う機関であり、意見調整の結果決められたことを遂行する機関です。

ここが一番大事なのですが、アメリカの場合は
「各大学が『大学スポーツはこうあるべきだ』『大学スポーツをこのように経営に活かしたい』という意思を持っている」
という所が最も重要です。

各大学が大学の発展、大学の経営にとってメリットがあるように大学スポーツを設計しているのです。

そのもっともわかりやすい例がDivision制です。

NCAAはDivision Ⅰ、Ⅱ、Ⅲと3つに分けられていますが、これは試合が均衡し、どの大学も全米一になれるようにするためにできています。

各大学は自分達に合ったDivisionを選んで加盟しています。

Division Ⅰは最もスポーツ環境に投資することができます。
全額学費免除のスカラーシップが充実していたり、練習可能時間も最も長いです。
加盟大学は規模の大きい公立大学が中心となっています。

Division ⅡはDivision ⅠとⅢの中間の投資規模になります。
スカラーシップは全額ではなく、一部の学費免除となります。
加盟大学は公立と私立が混ざり合っています。

Division Ⅲは最もスポーツへの投資が少ないです。
スカラーシップはありません。アスリートは全員学費を払っています。
練習時間も最も短く制限されています。
加盟大学は規模の小さい私立大学が多いです。

各Divisionごとに全米選手権が行われるため、加盟全ての大学が全米一になるチャンスがあるように設計されています。

各Divisionの全米選手権決勝は全て全米に中継されるので大学にとってはとても大きなPR機会です。

このように、NCAAは全ての大学の経営にメリットがあるように設計されているのです。

これが成り立っているのは、各大学が「大学スポーツがこのような形であれば大学経営にとってメリットがある」という考えをもつことが起点となることが必須だと思いました。

Division Ⅲの学生数3,000人規模の小さな私立大学であっても3,000人収容のアリーナ、3,000人以上収容できる観客席があるグラウンドを持っており、スポーツを大学経営に活かす力の違いを感じました。

7.医療体制や学業サポートの充実は「良い選手を獲得するため」

NCAAの理念として、「学業」と「安全・安心」が定められているから、というのもあるのですが、各大学は医療体制や学業サポートを充実させています。

こちらも前述の「大学経営のための大学スポーツ」という視点で見ると理解が深まります。

各Divisionはリクルートに関して、スカラーシップなど高校生への条件が制限されている関係で、選手獲得で差別化できる部分が少ないです。

そこで、各大学は医療体制や学業サポート体制を充実させることにより、「良い選手の獲得」に繫げているようです。

実際に、見学にいった大学のスポーツ担当者に直接聞いてこのような回答を得ました。

8.高校生の進学先選びは「プロにはなれない」からスタート

また、医療体制・学業サポートの充実については、高校生が「プロにはなれない」という所から大学選びをしている、ということも大きく関係しています。

高校生アスリートのうち、Division Ⅰ~Ⅲ含めてNCAAでプレーできるのは5%、Division Ⅰに限ると1%だそうです。

さらにその中からプロ選手になれるのはさらに5%と、非常に狭き門である、ということが高校生にはしっかりと伝えられており、基本「プロになれない」という認識で大学に進学します。

だから、スポーツ環境だけでなく、将来の職業を考えたうえで、それが学べる大学を選択します。

IMGアカデミーという有名なトップアスリートの養成学校(小学校~高校)があります。何人もの金メダリストや全米チャンピオンを輩出している学校です。テニスの錦織選手がIMGの出身という事はよく知られていますね。

そのIMG出身のアスリートでも、自分自身の将来を考えたうえでDivisionⅠに行ける競技力を持っていたとしてもDivisionⅢの大学を目指す、という選択を普通にするそうです。

それくらい、アメリカのアスリートは高校生のうちから引退後のことを考えている、というのは衝撃的でした。

このようなアメリカの事情から、医療体制・学業サポート体制が良い選手獲得に繋がっていると考えられます。

9.なぜアメリカは女子スポーツが強いのか

若干話がずれますが、女子サッカーや女子ソフトボール、女子バスケットボールなど、アメリカで女子スポーツが強い理由もわかりました。

アメリカには「タイトルⅨ」という法律があります。

男女平等に関する法律なのですが、その関係で「スカラーシップを受けるアスリートの数を男女同数にしなければならない」と定められています。

大人気のアメリカンフットボールはNCAAでは男子限定のスポーツのため、男女同数となるように100人規模で他の競技の女子アスリートを所属させる必要があります。

そのため、女子スポーツで人数を増やしやすい女子サッカーや女子ソフトボール、女子バスケットボールの競技環境が大学で充実し、アメリカ自体の競技力が高くなっている、という面もあるのではないかと思いました。

10.じゃあ日本ではどうする?

ざっと、アメリカの大学のスポーツを活かした経営の凄さを書いてみましたが、じゃあ日本でどうすればいいのか、という点が当たり前ですが最も重要です。

その1つの答えとして「大学が大学スポーツをどのように大学経営に活かすかの『意思』を持つ」ということがまず必要なのではないかと感じました。

一度にすべての大学が意思を持つことは難しいと思いますが、そのような意思を持つ大学を1つ2つと地道に増やしていく、そのためにまず自分が事例を作らなければ、と感じました。

アメリカは大学のアスレティックデパートメントは学長直下の組織で、大学の経営戦略に位置付けられていますが、日本においては大学スポーツは「課外活動」という位置づけで、大学の意思が反映される仕組みにはなっていませんので、その部分も大きなハードルです。

では具体的にどのように経営に活かせるのか、というところですが個人的には以下がキーワードとなるのではないかと思いました。

・同窓会整備
・スポーツ×他分野での教育、(企業との共同)研究、地域貢献
・地域の拠点化
・人材獲得分野との連携(地元就職の促進等)

上記を単独で行うのではなく、地域や企業と連携して行っていくことにより、大学スポーツを大学経営に活かす青写真が見えてくるのではないかと思います。

11.さいごに

繰り返しのまとめになりますが、今回のアメリカ視察で、アメリカの大学スポーツの凄さは、スポーツビジネスが凄いのではなく、大学のスポーツを活かした経営力が凄い、ということを感じました。

日本の大学、大学スポーツもアメリカに追いつけるよう新潟から頑張りたいと思います。

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