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うどん泥棒をもう一度

前回の記事で「営業を頑張るのであんまりnoteに来れない時期が続くと思います!」とカッコつけておきながら、日曜日は営業先が休みで余裕でnoteに来れることに気づいてしまいました。

こんにちは、何事も無かったかのようにシレっと更新するコッシーです。


さて、記事のタイトルでお気づきの方はいると思いますが、本日の記事は僕をうどん泥棒と呼んだ可愛いあの人のお話です。



あの人はIさんという女性の入居者です。
Iさんは重度の認知症を患っており、感情の起伏が非常に激しく少しでも気に入らないことがあると怒ります。

「うるさい!」「早くやれ!」「もういいわ!」「死ね!(僕限定)」

などなど…暴言の数々は枚挙にいとまがありません。
しかしⅠさんは優しい一面もあり、スタッフの髪型を褒めてくれたり、「いつもありがとうね」とこちらにお礼を言ってくれることもあります。

僕くらいのドMになるとⅠさんからありがたい暴言を受けたいがためにわざとⅠさんにちょっかいを出したりします。

うちのスタッフはもれなくⅠさんから暴言を受けていますが、「殺すぞ!」と言われたのは僕だけでしょう(ドヤ顔)。
#いやドヤるところじゃないぞ

またⅠさんは面会に来てくれる旦那さんのことが大好きで、「一番イイ男はお父さん(旦那さん)に決まってるでしょ」と言うほどです。
ただ会いに来てくれた旦那さんを「早く帰れ!もう来なくていいわ!」と冷たくあしらわれ、そのツンデレぶりはうちの施設の名物となっています。


そんなIさんですが、実は最近まで脳梗塞で入院されていました。
ラクナ梗塞という細い血管が詰まる小さな脳梗塞で意識障害など大きな症状はありませんが、一部の麻痺や言語障害などの原因となることがあります。

Ⅰさんの場合、右腕と右足に麻痺が残りました。
全く動かせないというわけではありませんが、食事などを自身で摂取するのは難しくこちらで介助することになりました。

そして以前のようにお話をされなくなりました。

病院の話では時々簡単な返事はしますが、会話までは難しいということでした。

”会話は難しい”

あれだけ自分の感情を遠慮なく表現していたⅠさんが会話をしないなんて、全く想像が出来ませんでした。


退院してきたⅠさんは確かに以前よりも覇気がなくジッと黙っていました。
こちらの声掛けに対してもチラリと目線を向けるだけで一言も応えることはありませんでした。

Ⅰさんから暴言を受けれないのはとても寂しい気持ちになりますが、僕ら以上に辛い思いをしてるのが旦那さんだと思います。

「何度も話しかけているんだけどね…何も言ってくれないですね…」

そう言って旦那さんは本当に寂しそうな顔をされていました。
僕らも何度もⅠさんに話しかけていましたが、Ⅰさんから返事はありませんでした。


退院から幾日か経った頃、旦那さんが娘さんと一緒に来所されました。
無表情のままベッドで横になるⅠさんに一生懸命に話しかけられます。

「おい、○○が来てくれたぞ。分かるか?」
「お母さん、久しぶりやね。元気してた?」

そんな声にもⅠさんは一瞥向けるだけでジッと押し黙ったままでした。
以前のⅠさんからは想像できない姿に旦那さんも娘さんもショックを受けているようでした。

そんなお二人の様子に僕もいたたまれない気持ちになりました。


何度も話しかけましたが結局Ⅰさんから言葉が発せられることはありませんでした。

「今日は諦めます。また来ます」

旦那さんはそう言って部屋を出ようとされましたが、扉付近で立ち止まり踵を返して再びⅠさんの元へ行きました。

「また来るからな!元気になれよ!」

これまでで1番明るい声でⅠさんに話しかけました。
旦那さんの中にもいろんな想いがあるのだと思います。
寂しさや悔しさ、様々な葛藤があるのだと思います。

そういう気持ちをグッと胸にしまい込み、明るく振る舞う旦那さんの姿は本当に素敵だと思いました。


「大きな声出してすみませんでした」

旦那さんと娘さんが部屋を出ようとされる時でした。
これまで一言も話すことが無かったⅠさんがしゃべったのです。


「もう来なくていいわ」

それはとても小さく張りがない声でしたが、Ⅰさんは確かにそう言いました。

「おおお!しゃべった!しゃべったな!そうか!しゃべれるんか!良かった!本当に良かった!」

旦那さんは人目も気にせず涙を流して喜ばれました。
隣にいた娘さんも旦那さんの姿に涙されていました。

「来なくていいって言ってもまた来るからな!お前にまた会いに来るからな!」

再びⅠさんから言葉が発せられることはありませんでしたが、旦那さんと娘さんはとても安心した様子で帰られました。


Ⅰさんに何が起きたかは分かりませんが、介護の現場ではこうした奇跡の瞬間を目の当たりにすることがあります。

だから介護はやめられません。

これ以降Ⅰさんから会話らしい言葉を耳にすることはありません。

でも僕は信じています。

いつかまたⅠさんが「うどん泥棒」と言ってくれる日がくることを。
その日までこれまでと変わらずⅠさんにちょっかいを出していきたいと思っています。


それでは良い日曜日を

コッシー

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