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怒る男

今日はバレンタインなので昔の思い出話を記事にしようかと思いましたが、書いてて恥ずかしくなったので普通の記事を更新します。#需要無し

こんにちは、コッシーです。


さて、うちの入居者のTさん(80代男性)は、認知症であり重度の短期記憶障害を患っています。昨日の事はおろかほんの数分前の事もキレイサッパリ忘れてしまうほどです。

先日往診にきた歯科医の先生に居室で抜歯をしてもらったのですが、抜歯した後先生と一緒に1Fまで降りきたので、「Tさん、歯は抜けましたか?」と聞くと、「いや今日は抜かなかったわ」と普通に言われました。それを聞いた先生は「いやいやいや!3本も抜きましたよ!(汗)」と慌てて訂正していました(笑)

Tさんは一つの会社で長年勤めておりその会社で定年を迎えております。その時の記憶が鮮明に残っているのか、「会社がそろそろ退職の手続きしろって連絡してくるんだわ。ちょっと行ってきていいかな?」とよく外出を希望されます。

もちろんそんな事実は全くなく、Tさんの妄想によるものです。

しかしそれに対して、「いやもうとっくに退職してるから!」なんて正論でツッコミを入れても無駄です。Tさんの中ではまだ会社に在職しているのです。会社から連絡がきているのです。それがTさんにとっては真実ですので、正論を言ったところで逆に僕らが意味不明なことを言ってると思われます。

そんな時は、変に否定をせず「今はコロナの影響で外出は難しいんだよね。ごめんね」と外出が出来ない事だけ伝えます。そうすると「そうか、分かった。ありがとう」と理解をしてくれます。

ただこのやり取りもキレイに忘れてしまい、1日に何度も同じ事を聞いてこられます。その都度同じように返事をしておりました。


僕がお休みだったある日のこと。

いつものようにTさんが「会社から呼ばれているから外出したいのだが」とスタッフに言ってきたそうです。スタッフはいつものように「今は外出が出来ないからごめんなさいね」と伝えたそうです。Tさんは「分かった。ありがとう」と納得をされたとのことです。

しかしその日は少し様子が違っており、何度も同じやり取りをする度にだんだんと怒りを露わにするようになり、ついには、「お前ら俺をここに閉じ込めてどうするつもりだ!鍵までかけやがって!いいから出せ!」と怒号をあげたとのことでした。

ドアをバンバンと叩き始めてしまい「出せ!」と何度も言って来られたので、ベテランスタッフがマンツーマンで話をゆっくり聞き、徐々に落ち着いていったそうです。

その数分後にはもうこのやり取りを忘れてしまい、いつもの穏やかなTさんに戻ったとのことでした。


明くる日にその話を聞いて本当に驚きました。そこまでTさんが怒ることは見た事がなく本当に珍しい出来事でした。

ただそれだけ怒るにはやはり何らかの理由があるわけで、いつものごとく事例検討会(ケースカンファレンス)を開きました。


あるスタッフは「何度も断られて腹が立ってきたのでは?」と言いました。

普通なら頼みごとを何度も何度も断られてしまうとストレスになり、いつか爆発してしまう可能性もあります。しかしTさんの場合はその可能性は考えられません。

本当に見事に忘れてしまいます。断片的にも覚えていません。もう入居されて3年程経ちますが、僕の名前を知りません。多分一生覚えてくれないと思います。でも顔は覚えています。不思議です。

そんなTさんですから「何度も断られて腹が立った」というのは当てはまらないと思います。


またあるスタッフは「コッシーさんがいなかったから納得できなかったのでは?」と言いました。

Tさんが「会社に行きたい」と言われた時に僕がいる場合は必ず僕が対応をしています。Tさんは僕の事を「親分」と呼ぶことがあるのでなんとなく僕が偉い人的な認識はしていると思います。

そんな僕に「今日は外出は難しいな。ごめんね」と言われたのなら、Tさんの中では、立場が上の人から言われたと認識しており、納得をしている可能性があります。

しかし前日は僕がお休みのため、一般のスタッフからの声がTさんには届いていなかったかもしれません。

なるほど、この意見は一理あるかもしれません。


その後もみんなで様々な可能性を探りましたが、こういうモノは答えがあるわけではないので、結局「コッシー(偉い人)がいなかったから」という可能性が高いという結論に至り、今後は様子を見つつ対応していきましょうということにして検討会は終わりました。

検討会終了後に一人のスタッフから「ちょっとお話があります」と言われ二人で話をしました。

そのスタッフさんが言うには、ある別のスタッフがTさんに対して「とっくに退職してるけど覚えてないよねー(笑)」というような発言をしたそうです。それを言われた時にTさんの顔つきが強張ったように見えたとのことでした。

おそらくそのスタッフは悪気があったわけではなく、軽い冗談のつもりで言ったのだと思いますし、その発言がTさんを怒らせた原因かどうかも分かりません。

ただ一つ言えることはTさんの発言を否定するようなことは言わないとスタッフ間で決めていたことをそのスタッフは守っていません。そこはしっかりと注意をするべきだと思いましたので、そのスタッフさんには話をしました。

スタッフさんはやっぱり悪気はなく、話の流れで何の気なしに言ってしまったとのことで、今後は注意しますと言ってくれました。

すぐに物事を忘れてしまう認知症の入居者だからと言って全てを忘れるわけではありません。Tさんで言うと、なぜか自分の部屋と食堂の自分の席だけは絶対に間違えません。数分前のことはキレイに忘れてしまうのにその部分に関してはずっと覚えています。

きっと今回のスタッフさんの発言もTさんの心のどこかに残っていたのかもしれません。いずれにせよ、何らかの原因でTさんを怒らせてしまったのは事実であり、きちんとした対応を心がけないといけないと改めて思いました。


長年、認知症の方の支援をさせていただいておりますが、まだまだ知らない事や発見があります。本当に日々勉強だと思います。


現場からは以上です。それではまた。

コッシー

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