三十路インタビュー Carola: 公認会計士

さて今回は、今までインタビューさせてくれた人とは違う分野財務担当。

家ではこそこそっと自分のオンラインショップを持っているというなんとも賢いお母様。

一見冷たいんだけど、話してみると暖かい。暗そうなのに、平気な顔して踊るのは好きよって言ってくれる素敵な公認会計士。

※このインタビューをさせてもらったのは私の実習先Friedenskreisという団体で、この団体については、、、https://note.com/kosokosolife/n/na89dbd23727d  

画像1

 

《簡単に自己紹介をお願いします》

ハレ近郊の街、Landsbergという小さな街の出身。Quedlinburgで農学を勉強して特に植物の品種改良の研究をしたわ。りんごやサクランボを育てていたんだけど、東ドイツ崩壊がきっかけで、バナナやキウイをつくることになって、仕事失ったの。(東ドイツではバナナを始めトロピカルな果物はかなり貴重で、さらに高価だった。東ドイツ育ちの人とから、当時はクリスマスプレゼントにバナナをあげる家庭もあったと聞く。)

その後は、オフィスレディーつまり事務職員?の職業訓練をしてから、三年ちょっと会計士の職業訓練をしたの。(普通だったら二年で終わる)そして、小さな会社で公認会計士として働いてた。


《あなたのここでの仕事は何ですか》

Friedenskreisのお金関係のことを全て扱っていて、ここでは公認会計士として働いているの。どこにいくらお金がかかっただとか、どこからお金がきたのか。色んなプロジェクトに合わせて補助金をもらったりもしているし、そういうのも含めて担当しているの。

《あなたの仕事に対する動機は?》

わたしにとっても、ここ Friedenskreisで扱っているテーマや組織はとても大事で気に入っているからこそ、わたしが税金のことを始めとしてお金に関してしっかり担当しようと考えているの。それによってこのFriedenskreis がちゃんと動くと思ってる。ここはほぼ公的な補助金で成り立っているしね。


《この会社で気に入っていること、気に入らないこと》

気に入っているのはチームの雰囲気。あとは空気感が好き、気楽でオープンで何でも言える。気に入らないことは、時々みんなが一気にレシートを渡してきたりすることかな。


《Carolaさんの仕事は9割以上パソコンの前で座ることだけど、、》

そうだね、仕事中はパソコンの前に座っているのがほとんどだけど、自分の時間でそのストレスを調整しているの。そう、自分の自由時間で調整しないとダメね。私には17歳と20歳の子どもがいて、みんなで山登りへ行ったりするし、夏は音楽のフェスティバルに行ったりするわ。フェスティバルはもちろん子ども抜きで旦那さんとね。笑

後は自分でオンラインショップをやっているわ。(http://www.himalife.de/index.php)


《オンラインショップ???それについて具体的に教えて下さい。》

ネ パールやインドを始めアジアの文化が好きなの。それでアジアの文化を伝えたいと思ってこの個人売買やってる。お香や布を買いつけて、木像や小さなものを売 っているわ。たまにフェスティバルで商品を売 ったりしてるんだけど結構売れるのよ。Woodstockfestivalには毎年参加して販売がてら踊ってるわ。このオンラインショップはクリスマスの時期は売れ行きがいいのよ。実はわたしの旦那も息子もネーパルに行っていて、息子や知り合いと三週間以上の山登りの旅をしているわ。



《東ドイツ崩壊に生活はどう変わりましたか?》

統一後は全てがうまく回らなかったわ。仕事を失ったから新しい仕事を探さなければならなかったし、自分の学んだこと(植物にまつわること)を生かせる仕事がなかった。でもその後に職業訓練をすることができて、普通にお金を稼げるようになった。

あとはドイツ統一の前は息苦しかったかな。そういう意味でも世界は広がったよね。旅にも出られるようになったし、自分の意見も言えるようになったし。これらは本当に重要なことだと思う。

統 一後に物質的に豊かになったことはわたしにとってはどうでもいい。わたしにとっても自由を持てることはとても重要なこと。だから子どもも自由に育てられるの。旦那さんもちょうどその頃に仕事を探していて、統一後に旧西ドイツのNürnbergに引っ越しをしたの。当時は楽しかったな。バイエ ルン地方の独特の方言を学んだり新しい友達が出来たり。それでも同僚に『もう一度壁を作ろう!』とか嫌みを言われたこともあったかな。これは冗談じゃなくて、東ドイツの人に対しての間接的な皮肉だったわ。それでも当時のわたしは20歳だったのもあって、新しいこととたくさん出会えてて楽しかったなぁ。


《東ドイツから逃亡 しようと思ったことは?》

ないわね。色んなルート(ハンガリーやチェコを通る道 )があるのを知っていたし、これは危ないし、家族にも会えなくなるかもしれなかったしね。DDR 時代、20歳には結婚して子どもできてというのが一般的だったの。でも人生は続くから、あまり年齢は重要ではなくなったわよね。いつか人は自分で歩き始めなければならない。つまり自分で自分の人生の責任を持たなければならないってことね。


これからのプラン、仕事でもプライベ ートでも》

もう少しここで働くわ。わたしは今ここで週に20時間働いていて、わたしの生活には丁度良いと思っているの。最低でも後10年は働きたいわね。そしたら上の子が30歳になるし。笑  その後は、キャンピングカーを買って旦那さんと半年くらいずつ旅と仕事をして、色んな国や街を見て世界を楽しみたいわ。これはもうずっと旦那さんと話していることよ。


《あなたにとって幸 せとは何ですか?》

健康でいること!

たくさんの友達と会えること。

そして夢を持ちながら生活が出来ること。

たくさん旅をすること、そして静寂 の中で太陽が沈むのを見ることかな。これはわたしにとって自由を感じ るという意味でもあるの。

付け加えると、夢があるのはとても大事。それで人は活力を得るしね。




《著者の一言を終わりに変えて》

幸せとは?という彼女に問うたとき、目を輝かせて夢を見ることの重要性を語っていた。勝手な解釈&意見だが夢は別に総理大臣とか億万長者とか、だいそれた夢でなくてもいい。夢というのは目標や挑戦したいこと、やってみたいことの先にあるもので、だいそれた夢が無くてもそういう目標や挑戦したいことがあればいい。まずはそこから逆算して何をすべきか、何を今の目標にすべきか考えることも出来る。

かくいうわたしも海外に住みたいという単純な思いから今に至る。その前は海外に住んだ経験のある人に対してに過剰な憧れ、そしてどこか嫉妬や妬みみたいなものがあった。そういう気持ちを持ちながら生活してて、いつかチャンスがあり、それを具体的目標にして達成することができてからそんな変な感情や憧れは無くなった。

いつかは人生には終わりが来る。それも突然来るかもしれない。

だからこそ今自分のやりたいことや、やってみたいという自分(あなた)の気持ちを大事にしたいものであーる。ということ。

この三十路インタビューについて→https://note.mu/kosokosolife/n/n6d359d08e7e0

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?