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「ひとり旅する武器商人」第1話

#創作大賞2024 #漫画原作部門 #ファンタジー #少年漫画

<あらすじ>
ロールランド大陸の北西部に位置するクルクス王国。その北端の町フォルゲートが隣国ガルバニア帝国の急襲を受ける。

住民たちが虐殺される中、14歳のルーファス・ウェインは武器防具店を営む両親を殺されながらも町から逃げる。追っ手が迫るが、傭兵のギルたちに命を救われて仲間になることに。

やがてある事件を契機にひとり旅立ったルーファスは、類い希な鑑定能力や商才のみならず武器防具を利用した戦術を駆使し、数多の冒険者・傭兵パーティー、さらには国家までをも陰で支え、大陸の統一に尽力した「孤高の武器商人」と呼ばれる存在へと成長していく。

そんなルーファスの旅が今、彼の意思とは無関係に始まろうとしていた――。


--フォルゲートの町北部の門前--

夜の帳が下りた深更――。

馬上の将が天に向けた剣を門に向けて振り下ろした。

それを合図として、剣を構えた歩兵隊と、戦士や魔法使いなどで構成された傭兵隊が鬨の声を上げ、一斉にフォルゲートの町へとなだれ込む。

門前で不寝番をしていた警備兵たちが喊声に気づく。

フォルゲートの警備隊長「なんだ? あれは……ガルバニア兵? 馬鹿な。同盟を破ったというのか! 皆の者、応戦せよ!」

武器防具で身を固めている警備隊が相対したが、大軍の奇襲を受けてひとたまりもなく飲み込まれていく。

警備隊長「フォルゲートは同盟国との隣接都市ということで警備は最小限……そこを突かれたか! ええいッ!」

警備隊長は敵兵を一人、二人と倒したが、戦える警備兵たちは数人しか残っていない。

警備隊長「せめて、せめて住民を逃が――」

警備隊長の喉元に傭兵の戦士の大剣が突き刺さる。警備隊長は吹き飛ばされ、門前を埋め尽くす死体のひとつとなった。

--フォルゲートの中心街--

瞬く間に家々から炎が立ち上り、住民たちが飛び出してくる。それを待っていたように、兵士たちが彼らを皆殺しにしていく。

14歳のルーファスは、武器や防具を売る「ウェインよろず店」を営む父に叩き起こされた。

ルーファス「どうしたんだよ……眠っ」

父「敵襲らしい」

ルーファス「えっ……敵って?」

敵襲と聞き、ルーファスはいっぺんに目が覚めた。確かに表が騒がしい。

父「わからん。まずは町の外まで逃げよう」

父に指示されて店の裏から出ると、外で母が待っていた。細い裏道にはほかに誰もいない。

父は店で売っている剣を手にして裏口から出てきた。

ルーファス(あれは……うちで一番高価な鋼の剣。クルクスの首都・イウシェタンの有名鍛冶職人が造った代物だ。そんなにまずい状況なのか)

父「ルーファスはこれを」

父がナイフを手渡してくる。軽量だが両刃で切れ味の鋭いダガーナイフだ。一緒に受け取ったホルダーを腰につけてナイフを潜ませる。

父「走るぞ」

父を先頭に、ルーファス、母の順に駆け出すが、裏道から次の区画に差し掛かったところで兵士の一団に発見されてしまった。

剣を手にした数人の兵士が寄ってくる。父は兵士たちの姿を見て表情を緩めた。

父「その鎧姿……ガルバニア兵か。同盟国として救援に来てくれたんだな」

兵士「同盟? そんなものは存在しない。おまえたちはここで死ぬんだ」

父「なんだと。どういう意味だ」

兵士「それ以上の意味はない」

父「……貴様ら……同盟を反故にしたのか!」

父の表情が一転して怒りに満ちあふれる。

ルーファス(ガルバニアが裏切った……?)

兵士「だから同盟など存在しないと言っている!」

ガルバニア兵たちが剣先を父に向ける。

父「近寄るな! 斬るぞ!」

父の怒声にも兵士は「無駄だ!」と剣を振り上げた。父が剣を受け止めようとする。

が……父は商人であって戦士ではなかった。

あっけなく一太刀を浴びた父はその場に倒れ、一言も発することなく絶命した。剣が落ち、金属音を奏でる。

ルーファス「父さん!」

兵士「そんな腕前で俺たちに敵うか」

父を殺した兵士が石畳に唾を吐く。

ルーファス「この……!」

ルーファスは逆上し、剣を拾って兵士たちに突進しようとする。しかし母が兵士たちの前に躍り出て懇願した。

母「お願いです。この子は見逃して――」

母がすべてを言う前に、兵士は母の胸に剣を突き立てた。崩れ落ちる母。

ルーファス「母さん!」

ルーファスは母の顔をのぞき込んだ。その目にはすでに光がなかった。

ルーファス「そんな……」

ルーファスは涙を流しながら項垂れる。その手から剣が力なく滑り落ちた。こんな簡単に二人とも死んでしまうなんて。諦めが怒りを上塗りしていく。

馬の蹄の音がして、将と思われる騎士が現れた。細面で鼻下にカールした髭を生やし、高価そうな鎧と兜で身を固め、煌めく剣を左手に持っている。

ルーファス(ガルバニアの将……。俺もこの場で殺されるのか)

絶望したルーファスに、馬上の将は言った。

将「子どもは殺さん。逃げるがいい」

ルーファスは将の言が信じられずに動けない。

将「早くしろ。他の将ならこうはいかんぞ。殺されたいのか!」

ルーファスは将に背を向けて走り出した。救われたのに礼を言う気分には到底なれない。町への攻撃を命じ、両親の命を奪ったのはあの将なのだから。

ルーファスは人のいないほうへ駆けた。目指すは西の森だ。

小さくなっていくルーファスの背中を見ながら、将がニヤリとする。

将「絶望の底から希望の頂点へ。そして再びどん底に。それがいいのよ」

--西の森--

ルーファスは森の中に逃げ込む。森は勝手知ったる遊び場だ。

ルーファス(森を抜けた先にある丘へ向かうんだ……いったん町を出て……)

ところが前方にかがり火が焚かれ、敵兵たちが纏っていたのと同じ鎧を着た兵士たちが立っている。ガルバニア兵が検問を敷いているのか。

ルーファスは舌打ちをして南西寄りに進路を変えた。丘は南西に向かって伸びている。とにかく丘を目指そう。

しかし背後から複数の足音が聞こえてきた。見つかってしまったのか。茂みに潜むルーファス。兵士たちがまっすぐ駆けていく。

ほっとしたその瞬間、足下にウサギがいるのに気づいた。

ルーファス(頼む。じっとしていてくれ)

願いもむなしく、ウサギが跳び出してしまう。

ルーファス(あ、くそっ)

音に気づいた兵士たちが立ち止まり、こちらに戻ってくる。ルーファスは息を潜めた。

ルーファス(今日は半月が出ているうえに晴れているから、月明かりで周囲がよく見える。でも茂みの中にいれば……)

兵士の脚が見える。

ルーファス(このまま過ぎ去れ……)

兵士の脚が見えなくなった。ほっとしたその時、兵士が茂みを掻き分けた。兵士と目が合って、顔を引き攣らせるルーファス。

兵士が「みいつけた」と、醜い笑みを浮かべる。

兵士はルーファスの襟元をつかみ、地面に放り投げた。転がって倒れるルーファス。見上げると、三人の兵士がニヤニヤと笑っている。

ルーファスは起き上がりながら、ナイフホルダーからダガーナイフを抜いた。

真ん中にいる兵士「そんなおもちゃで俺たちとやり合おうってか!」

真ん中の兵士が剣を打ち据えた。ルーファスはナイフで防ごうとするが、剣先が直撃してナイフが弾き飛ばされる。

ルーファス「痛っ」

手に衝撃と痛みが走る。剣はナイフに当たっただけで傷は負わずに済んだ。しかし……。

ルーファスは(ここまでか)と顔を歪めた。

真ん中にいる兵士「絶望したか? 命乞いの言葉、恐怖の表情、死ぬ時の様子……それらのすべてをつぶさにドゥカラ様に報告しなきゃならないんでな。ほら、助けてくださいって俺たちにお願いしろよ」

ルーファス(なんだ? この兵士は何を言っている?)

真ん中にいる兵士「だんまりかよ。つまんねえなあ」

右側にいる兵士「隊長、腕の一本でも斬り落としたら、泣き喚いて命乞いするんじゃないですか」

真ん中にいる兵士「そりゃあ、いいな。動くなよ。下手に動いたら脳天が割れちまうからよ!」

真ん中にいる兵士が剣を振り上げた。

ルーファス(斬られる――)

ルーファスは目を閉じた。が、剣を受けることはなく、代わりに「ドサッ」という音が聞こえてきた。

ルーファスはおそるおそる目を開ける。眼前の光景に慄然とした。

真ん中にいた兵士の上半身が地面に落ちていた。ふらふらと揺らめいている下半身もバランスを失ってその場に倒れた。大量の血と臓腑が土の上にぶちまけられる。

ルーファス(え……!?)

何が起きたのか、わけがわからない。

すると、両断された兵士のすぐ後ろに、巨大な剣を携えた屈強そうな戦士が佇んでいるのに気づいた。この人が兵士を?

戦士は鋼の鎧姿で、両腕が大木のように太くて上背がある。短い黒髪に濃い眉、がっしりとした顎、射抜くような鋭い目つきは歴戦の猛者といった風体だ。大剣は今斬った兵士の血と脂を吸って妖しく煌めいている。

右側にいた兵士「なんだ、貴様! 隊長を……不意打ちとは卑怯な!」

その兵士が戦士に襲いかかる。戦士は微動だにしない。

ルーファスが(やられる)と思った途端、兵士は一瞬にして激しく燃え上がり、消し炭になった。

ルーファス「な、何が?……はっ」

戦士から少し離れたところに赤いフードをかぶった女の魔法使いが立っている。彼女の杖は、燃えた兵士のほうを向いていた。長い杖の先に大きな赤い魔石が嵌め込まれている。

ルーファス(彼女が強烈な炎の魔法を放ったのか)

最後に残った兵士「ひいいい」

残った兵士は逃げようと駆け出したが、そのまま勢いよく倒れ込んだ。首にナイフが刺さり、体が痙攣している。

兵士の向こうから小柄な盗賊風の男――シーフだろうか――がやってきて、ナイフを引き抜いた。首から血が噴き出し、兵士は動かなくなった。この男がナイフを投げたようだ。刃先がノコギリ状になっていて、殺傷力の高いタイプだ。

戦士「いいぞ。マヤカの火炎、ジングのナイフ。いつもどおり鮮やかだ」

剣を振って血を払った戦士が、茫然としているルーファスに歩み寄ってくる。

戦士「無事か?」

ルーファス「あ、うん……」

答えたものの、突然の事態に戸惑ってしまう。

戦士「ドゥカラのやつ……じつに悪趣味な野郎だ」

魔法使いマヤカ「一縷の望みを与えてから殺すってやつでしょ。あいつの考えは好かないね。殺すならさっさと殺せっての」

マヤカがフードを脱いで毒づいた。金色の髪に白い肌。端正な顔つきだが、少し吊り上がった一重瞼の奥にある瞳は妖光を放っている。

ルーファス(あの将は救ってくれたのではなく、殺すために逃がしたのか。兵士たちの言っていた意味がようやくわかった。あの将に命じられて俺を殺しに……)

シーフ ジング「金払いはいいんだけどな。ギル、本当にこのまま離脱していいのか?」

ジングが戦士に訊いた。ジングはくせ毛の茶髪で、細い顔に鷲鼻がのり、その両脇に垂れた目がついている。どこか計算高そうな容貌だ。

戦士ギル「俺たちの仕事は終わりだ。勝敗は決している。先払いでたんまりもらったしな。もともと今回の作戦は乗り気じゃなかったんだ。同盟破棄と同時に奇襲をかけるなんてよ。それを俺たちが知ったのも決行の直前だったわけだが」

ルーファス(同盟破棄……やはりガルバニアは裏切ったのか……)

ギル「さあて、おまえさん」

ルーファス「あっ……助けてくれてありがとう」

ギル「礼には及ばん。話、聞いてたな? ガルバニアはクルクスとの同盟を破棄。宣戦布告と同時にクルクス北端のこの町――フォルゲートに奇襲をかけた。町はすぐさまガルバニアに占領され、クルクス攻略の前線となるだろう」

ルーファス「もう町には戻れない?」

ギル「そうだ。クルクス国内にとどまるか、他国へ逃れるか。いずれにせよ戻れば命はないな」

ルーファス「父さんと母さんは殺されてしまった。でも、町のみんながまだ生き残っているかもしれない」

ギル「それは望み薄だ」

ルーファス「そんな……じゃあ、どうすれば」

ギル「逃げた後、どうするつもりだったんだ」

ルーファス「さっきは逃げることしか頭になかったんだよ。西の森やその先の丘でよく遊んでいたから、まずはそこに行こうと……」

ギル「いきなり襲撃されたんだ。無理もないな。だが、おまえは運がいい。俺たちの離脱ルートに居合わせたんだからな。その運のよさを、今後も生かせ。この世界で生きていくには、何よりも運が重要だ」

ルーファス「運……」

ギル「あっちが手薄だ。最初そうしていたように、今はこの場から逃げろ。身の振り方はそれから考えればいい」

ギルが暗闇のほうを指差す。南の方角だ。

ルーファス(あの先には首都イウシェタンがあるけれど、一人で行くにはかなりの距離だ……。だいいち、この人たちは誰なんだ)

ルーファス「あ、あんたたちは何者なんだ?」

ギル「俺たちはガルバニアに雇われた、ただの『傭兵』さ」

ルーファス「ガルバニアに雇われたのなら、どうして今、ガルバニアの兵士を倒したんだ。変じゃないか」

ギル「変じゃねえよ。言っただろ。俺たちの仕事は終わったって。そんでもって、子どもが兵士に囲まれて殺されようとしている。大人は子どもを守る存在だって、こいつらは知らなかったようだな」

ギルが三人の兵士たちの亡骸を一瞥してから付け加える。

ギル「ドゥカラの考えが気にくわねえってのもあるけどな」

ルーファス「俺を逃がしてくれた将がドゥカラってやつなのか」

ギル「そうだ。逃がした……という表現が適切かどうかは知らねえけどな」

ルーファス「そうか……逃げることができたと思わせて殺すってことか」

ギル「そういうことだ」

ルーファス「最低なやつだな」

ギル「ああ。子どもは殺さねえって聞いてたんだがな。兵士たちの間でドゥカラの本当の狙いは暗黙の了解になっていたようだ。兵士の一人と飲んだ時にそいつが教えてくれて知ったのさ。それも今回の作戦が乗り気になれなかった理由のひとつだ」

ルーファス「じゃあ、俺の幼なじみのみんなも……」

ギル「残念だが、生きてはいないと思ったほうがいい」

ルーファス「くっ……」

ルーファスは顔を背けて奥歯を噛みしめる。そしてすぐにギルに請うた。

ルーファス「あんたたち、傭兵って言ったよな。ガルバニアとの仕事が終わったのなら……俺が雇う!」

ギルは「はあ?」と呆れたような声を出し、マヤカは肩をすくめ、ジングは楽しげに目を細めた。

ギルが自分の髪を掻きながら言った。

ギル「あのなあ。そんな金、ねえだろ」

ルーファス「出世払いだ。いつか必ず払うから、町に戻ってみんなを救ってくれよ!」

ギル「落ち着け。出世払いは受け付けてねえ」

ギルが大きな掌をルーファスに向けて押さえつけるような仕草をとる。

ルーファス「大人は子どもを守るんじゃないのかよ。子どもが殺されるってわかっていて、俺の幼なじみたちを見殺しにするのか!」

ルーファスは大袈裟なほどの身振りで必死にギルに抗弁する。ギルは真顔になり、広げた手をルーファスの頭に置いた。

ギル「いいか? おまえを救ったのは目の前で殺されそうになっていたからだ。奇襲直前にドゥカラの方針に異を唱えることもできただろう。だが、俺たちはすでに金をもらっていたし、金がなければ生きていけない。理想だけでは食っていけねえんだ」

ルーファスは「そんなの大人の言い訳だ!」と叫んでギルの手を振り払った。

ギル「そうさ。だがドゥカラの方針を認めたわけではない。かといって、町のすべての子どもを救うことなど不可能だ。だから早々と仕事を切り上げて、戦線から離脱した。大人なりの反抗だ。そもそも、おまえにだって追っ手が迫っていた。他の子どもたちはすでに手遅れだろう」

ルーファスは唇を噛みしめた。

ルーファス(俺だって、そのくらいわかってる。もう無理ってことは……)

ギル「悪いとは思うが、俺たちは傭兵を仕事に選んでしまった大人なんだ。雇い主から請け負った仕事はこなす。それが次の仕事に繋がり、生きていくことができる。そりゃあ、本音ではドゥカラの狙いを聞いた時、やつをこの剣でぶった斬りたいとは思った。でもそれをしたら、二度と仕事を受けられなくなる」

ルーファス「わかったよ。救ってもらっておいて、困らせちゃってごめん」

ギル「いいさ。おまえの気持ちもわかるからな」

ルーファス「……そもそもの話だけど、ガルバニアは強国なのにどうして傭兵を雇うんだよ」

ギル「強国だからこそだ。俺たちは正規兵たちの損耗を抑えるために使われる駒だからな。あいつらは俺たちに露払いをさせつつ戦地に足を踏み入れる。ガルバニアに限らず、強い国はどこもそうだ」

ルーファス「あんたたちも……子ども以外の大人は殺したってことだよな?」

ギル「ああ。だが、一般住民は殺めていない。反撃してきた警備兵を相手にしただけだ」

ルーファス「そうか……」

警備隊長は首都のイウシェタンから派遣されてきていた兵士だったけれど、子ども好きな人だった。ルーファスも隊長に懐き、よく武器や防具の話をしてもらった。

ルーファス「警備隊長も……」

ギル「おそらく俺が倒した。警備兵の中で最も奮迅していたから、俺が相手をした」

ルーファスが顔を上げる。

ルーファス(隊長はこの人に……)

一瞬憎しみが湧き上がったが、すぐに考え直す。

ルーファス(もし隊長がこの人を倒していたとしても、戦況は変わらなかっただろう。それどころか、この人に助けられることはなく、俺自身も追っ手に殺されてしまっていたはずだ)

ギル「知り合いだったか。俺を仇として討ち取るか?」

ギルが両腕を大きく広げた。

ルーファス「しない。警備隊長は仕事をこなし、あんたも仕事をこなした。そういうことだろ?」

ギル「そのとおりだ。だが、あの隊長は苦しむような死に方はしていない。それがせめてもの礼儀だ」

ルーファス「そっか……」

マヤカ「ギル、長話はこのくらいにして、私たちもそろそろ行かないと。キャスパーが待ってるよ」

ギル「おう。あのクソ坊主、時間に遅れたら遅延金を取り立てかねねえ。じゃあな」

ギルたちは身を翻し、この場から立ち去ろうとする。

ルーファス(身近な人たちはもう誰もいない。このまま一人でイウシェタンに向かうよりは……)

ルーファス「待って! 俺の運がいいと言うなら……」

ギルが振り返り「ん?」と首を傾げる。残りの二人も足を止める。

ルーファス「雇うのは諦めたけど……俺を仲間にしてくれよ! 運がいいなら、今後役に立つはず」

ギルはきょとんとしたが、すぐに意味を理解して大笑いする。

ギル「さっきから面白いことを言うやつだな」

ルーファス「なら……!」

ルーファスは目を輝かせたが、ギルは手を左右に振った。

ギル「駄目だ。子どもなんて連れていけねえ」

ルーファス「なんでだよ。足手まといってこと……?」

ギル「それもあるが、今回みたいな仕事だってあるんだ。傭兵パーティーとなんて一緒にいないほうがいい。まっとうに生きろ」

ギルは踵を返して「行くぞ」と他の二人に言う。

ルーファス「今、あんたは俺を上げて落とした。面白いと言っておいて、連れて行けないって。それはドゥカラという将と同じやり口じゃないか」

ギル「おいおい、それは屁理屈ってもんだ」

振り返ったギルがたしなめるように言って口を曲げる。

ジング「ギル。屁理屈にしちゃ、いい切り返しじゃねえか。それに、さっきからなかなか威勢もいい。小僧。おまえ、何ができるんだ?」

黙って話を聞いていたジングがいきなり問いかけた。

ギル「おい、ジング」

ジング「まあ待てよ。で、どうなんだ?」

ルーファス「読み書きと計算……」

ジング「なるほど。それも大事な能力だが、他には?」

ルーファス「武器と防具の鑑定や修理」

ジング「ほんとか?」

ジングが宝箱でも見つけたような表情をする。

ルーファス「うち、武器や防具を売ってたので。小さい頃から武器とか防具が好きで、父さんが持っていた資料や図鑑を読み漁って知識をつけたんだ。イウシェタンの鍛冶職人のところに買い付けに行くのにもよくついていった。店で売っている商品の目録作りだってしたし、修理や修繕の手伝いもしてたんだ。筋がいいって、父さんいっぱい褒めてくれたな。今日の襲撃であっけなく殺されたけど……」

両親の死を思い出し、ルーファスは歯を食い縛って拳をぐっと握った。

ジング「ギル、どうだ? 武器防具の鑑定や修理ができるなら、使いではあるんじゃねえか?」

ギル「よせよ。子どもだ」

ギルがルーファスに向き直って問う。

ギル「おまえの父親を殺したのは武器だろ。今となってはその武器が憎いんじゃないのか」

ルーファス「悪いのは武器じゃなくてガルバニアの兵だ。武器は本来、平和のためにあるんだ。実際、あんたはその剣で俺を救ってくれた」

ギル「ほう。なかなか深いことを言うが、鑑定や修理の経験はまだまだ浅いだろ」

ルーファスはギルの傍らまで歩き、大剣の前で目を凝らした。

ルーファス「この剣、特注だね。あんたの手の大きさと腕の長さをしっかり測って造られている。絶対に既製品じゃない。材質は……ミスリル? だとしたらすごい。初めて見た。これだけの大剣だし、金貨十枚はくだらないんじゃないか」

ルーファルは思わず興奮して剣身の根元付近に手を添えた。ひんやりとした金属の感覚が指先に伝わってくる。

しかしすぐにギルが剣を脇によけた。

ギル「怪我するぞ」

ルーファス「大丈夫だよ。武器の扱いには慣れてるし。もっと見せてよ」

ギルが剣をさらに隠すようにルーファスから遠ざける。

ジング「こいつ、特注ってことや材質だけでなく、金額までお見通しじゃねえか。使えるぞ」

ギル「そうだなあ……」

それでもギルはまだ迷っているようだ。

ジング「ギル。おまえ、三ヶ月前のでかいヤマで金が入ってオーダーメイドの武器屋でその剣を手に入れるまでは、悪い武器商人や武器屋に騙されてばかりだったじゃねえか。高いくせにすぐに折れたりしてさ。俺たちは戦士の武器の良し悪しまではわからねえから、おまえの言葉を信じてきたけどよ。しかもその大剣を買って金が尽きたからって、おまえの一存でガルバニアの仕事を請けたわけだが……まあそれはもう終わったことだし、いいか。どのみちこれからも武器や防具は必要だし、鑑定できるやつがいれば無駄な金を使わずに済むだろ。修理もできるなら、新品を買わなくていいしな」

ジングの長広舌にギルが渋い顔をする。

騙されて高額で粗悪な武器を買ってしまったのは事実らしい。シーフだけにジングは金銭感覚の重要性を理解しているようだ。

ジング「それにこいつ、この状況で武器を見て興奮してんだ。肝も据わってるんじゃねえか? 戦闘は期待できなさそうだが、後方支援にはうってつけだろうよ」

ギルがちらりとマヤカに視線を送った。

地面に立てた杖に背を預けて腕組みをしているマヤカが口を開く。

マヤカ「ここでウダウダ言ってても埒があかないし、時間もかかるし、とりあえず連れてけば? その後はお試し期間でも設けて、うちのパーティーにふさわしいか見極めりゃいいでしょ」

マヤカのこの一言で決まった。

ギル「わかった。ついてこい」

そうとなればギルは即答だった。

ルーファス「ほんと? ありがとう!」

ルーファスは頭を下げて礼を言った。

ギル「まだ正式に決まったわけじゃないぞ」

ジング「まあなんにせよ、よかったな。小僧。期待してるからよ」

マヤカは小さく口角を上げて彼らのやり取りを眺めている。

ギル「おまえ、名前は?」

ルーファス「ルーファス。ルーファス・ウェイン」

ギル「ルーファスか」

ルーファス「うん。ええと、ギルさんにジングさん、マヤカさん……」

ギル「さんは付けなくていい。『さん』だけで一拍は要するだろ。いざ仲間に危機が迫って呼びかけた時に、その一拍の遅れが命取りになる場合だってある。呼びかけは短いほどいい」

ルーファス「わかった」

傭兵稼業も長いのだろう。わずかな隙も無駄にしないという意識に、ルーファスは感心した。

ギル「改めて俺たちを紹介すると……俺はギル・オーランズ、戦士だ。そして魔法使いのマヤカ・シェフィールドにシーフのジング・ガング。まあ、職業は見てのとおりって感じだがな。あと、集合地点に僧侶のキャスパー・ヘスってやつがいる」

ルーファスは頷いてからギルたちに訊いた。

ルーファス「あのさ……落ち着いてからでいいんだけど、みんなの武器や防具をひととおり確認させてくれよ」

ギル「見てくれるのか。頼む。……というかルーファス。目が爛々としているが」

ジング「ただの興味本位だったりしてな」

ルーファス「違うって! 状態を確かめたいだけだよ」

ルーファスが慌てたように言うと、ギルとジングは声を立てて笑い、マヤカは口元を緩めた。

ギル「さあ、行くぞ。こっちだ」

ルーファス「あ、ナイフ」

ルーファスはすぐそばに落ちているダガーナイフを拾ってホルダーに収めると、ギルたちが足を向けたほうについていく。南西の方角だ。

ルーファス(南西……そうか、検問を避けて南西寄りに向きを変えたから、ギルたちの離脱ルートと合致したんだ。これが運……。丘を越えた先にはクルクスの港町、ポルカーノがある。船でどこかに移動するのか)

ギルたちの背を追うが、足下が暗く、ルーファスはすぐ近くの大木の根に足を引っかけてバランスを崩してしまった。

ルーファス「わっ」

するとその直後、闇の間から一本の矢が飛んできて、ルーファスの頭上をかすめていった。矢はすぐ近くの木に刺さる。と同時に、数名の兵士の喊声がこちらに押し寄せてきた。

ギル「敵襲か! くそっ、留まりすぎた」

--近くの木の上--

エルフの姿をした女の弓兵が、木の上で悔しがりながらも不敵に笑う。

エルフ「ちっ。あの子ども……運のいいやつ●●●●●●だな」

(第2話へつづく)

第2話

第3話



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