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#人の家の話 1 「高専、俺に任せな」

酔うとSNSで何か投稿する癖がある。マジでやめたい。酔いどれツイートに、酔いどれストーリー。前日の自分が攻めたツイートをしてたようで、朝起きたら海外のプロレスファンから袋叩きにあっていたことがあった。シラフの時に撮っているひみつの変顔コレクションをストーリーにアップしちゃってたのに誰からも反応がなく絶望した朝もあった。
酔いどれSNSはやめたほうがいい。でも、たまにいいこともある。全ては酔った時の自分にしかできないツイートから始まった。



2021年11月17日、朝。起床後すぐにインスタとTwitterをチェックする。インスタは何も投稿していなかった。よし。Twitterは……やっていた。

高専2年の頃。イケメンがスターになる瞬間を見届けるためJ-CUP有明大会のロイヤルシートを買ったのに、イケメンが出場しなくて超凹んだことがあった。あれから5年、イケメン二郎とあの夏優勝したKUSHIDAがタッグチームを組んでWWEで活躍してるってこんなドラマチックなことあるか。今すぐ米国に行きたい。

昨日はエモ系ツイートの日だったか。自分を主人公に物語にする系のツイート。Z世代かよ。
シラフの時の自分ならスイッチを入れないとできないツイートも酔えば楽にできちゃう。さらにそのツイートの下にツリーまで作っていた。

1月後半〜3月あたりにアメリカへ行こうと思っているのですが、NXT2.0ってどうやったら生観戦できるのでしょう。どれだけ調べてもよくわからないのです。

出た、アメリカへ行こうと思ってる発言。これはシラフならまずしない。面白い計画ほど隠したほうがいいから。
この酔いどれツイートに対して、知る限りの情報を丁寧に教えてくれるフォロワーがいた。有難い限りである。昨夜の自分はそのリプライに返信までしていた。このように、酔いどれリプライをしている時もある。
あと、全く知らない人からDMで「私がレッスルマニアウィークにテイクオーバーを見に行った時はツアーで行きましたけどね。そういうので申し込んだらどうですか」との文面が届いていた。これは酔っていても無視。イタいツイートはしちゃっても、その辺の感覚は正常に動いている。
このツイート、ちょっと消そうかな。一瞬そんな考えも過ぎったけど、親身になって情報を提供してくれるフォロワーもいたし、悪意のなさそうないいねとRTがそこそこ来ていたし、まあアメリカ旅もこうやって自分で口に出したほうが実現する気がするし、消さないでいいか、という判断に至った。

その日の昼。散歩に行こうとしていた。コロナ禍にできた習慣。バイトのない日は5kmほど歩くのが日課になった。
ポンプフューリーを履いて、いざ外へ出ようとする時、時間を確認するためにポケットに入れたスマホを取り出した。一件の通知が来ていた。

《Ikemen Jiroさんが@ツイートしました
 :高専、俺に任せな
🐬

久々にドキッとした。イケメンからリプが来た。玄関で足を止めて、Twitterを開く。イケメンから僕へのリプライに既にいいねしている人が何人かいた。一方の僕は、いいねを押せない。僕は知っている。本当の良いツイートには気軽にいいねを押せないことを。生涯を通して一番好きなレスラーのKENTAに三度引用リツイートしてもらったことがあるが、三度とも気軽にいいねを押せなかった。
あの時に近い感覚のことがいま起きている。好きなレスラーからの引用リツイートやリプ。ありえないことじゃないのに、しばらく受け止めきれない自分が現れる。イケメンのリプをリツイートして、「高専は早くTwitterを見ろ」とつぶやいてる人もいる。見てる。見てるけど、反応できない。
スマホを閉まって、とりあえず外に出た。何て返信すればいいのか、散歩しながら考えることにした。
親しい仲なら「じゃあお願いします!また行く時連絡するんで!」とパッと返信するけど、僕は別にイケメンと親しくない。そもそも数回しか会ったことがない。
一応向こうがこっちを認知してくれていることは確かだ。数回しか会ったことがない割には、僕とイケメンの間にはエピソードがあった。一つは、ツイートでも書いたイケメン目当てでSUPER J-CUPの最前列を取った話。もう一つは、レッスルマニアウィークのニューヨークで、たまたま僕がイケメンのアメリカデビュー戦を生観戦することになったこと。そのニューヨーク旅で僕は、初日の空港で出会ったインド人に所持金のほぼ全てをぶん取られたのだが、その話を後日鍋家黒潮でイケメンに会った時に話したらそこそこウケた。
何かと縁がある人だとは思う。だけど親しくはない。それなのに、いちファンの僕に天才が気軽にチケットを用意すると言ってくれている。
僕の中でイケメンは天才だ。昔富山のプロレスバーでイケメンのイベントがあった時、質問コーナーで初めてジャケットを着た時の感想を訊ねられたイケメンが「人前でクンニする感覚ですね」と即答していた。あの時、こいつは天才だと思った。本人はまっすぐな表情でそう言っていて、その常人では理解できない感覚に圧倒された。目の前にいた女性ファンは数秒遅れて引いていて、イケメンの隣に付いていたイケメンパパは苦い顔をしていた。あの日イベント会場にいた全員が、初めてジャケットを着た時のイケメンは緊張したのか、あるいは興奮したのか、何もわからないまま帰った。
そんな過去を思い出しながら散歩していた。4kmほど歩いて辿り着いた大きな公園で、ベンチに腰を掛けて、イケメンに返信する。

イケメンさん、いいんですか🥺 ありがとうございます!是非お願いしたいです!近い将来、絶対にそっちへ行きます!

その日の夜、イケメンからDMでLINEのQRコードが送られ、今後のやりとりはLINEでやることになった。



12月に入った。イケメンとのやり取りから数週間経ったが、未だにいつアメリカに行くべきかずっと悩んでいる。最初は2022年1月にニューヨークで行われるGCWのPPV大会を見に行こうと思っていた。ニューヨークでGCWを見る前後にオーランドのパフォーマンスセンターでジャケットタイムを見るという計画を立てていた。だけど冬はコロナ感染のリスクが高いなんてメディアでは報じられていることもあってやめた。アメリカでコロナになんて罹ろうものなら……考えるだけで怖くなる。
昔、包茎手術を受けた数週間後に、ニューヨークでジョシュ・バーネットと鈴木秀樹のCCACセミナーに参加することを告げた時に医者に言われた。「あなた、向こうの医療費がどれだけ高いか知ってるの?ないとは思うけどね、万が一タックルくらって陰茎から大出血なんてしようものなら、一生お金を払っていかなきゃいけなくなるよ」と。
コロナで色々制限されている中でプロレスを見るためだけにアメリカへ行って、現地でコロナに感染なんてしようものなら。そんな馬鹿なことはない。ただ、日本があらゆることを制限しているいま、日本のプロレスがつまらないいま、アメリカへ行くことに意味があると思っていた。
それに、もたもたしてたら、ジャケットタイムを見られなくなるかもしれないし、3月には大学を卒業するから、タイミング的にもアメリカへ行くとしたら春までだった。
だけど、やっぱり、どの興行を見に行けばいいものか。オーランドは必ず行くとして、どの街をメインに滞在すべきか。そんなことを考えながらジムでバイトしていた。
シャワー清掃をするフリをして、シャワー室の中で店舗携帯で色々と検索していた。AEWのホームページを開いたら、3月上旬にオーランドでPPV大会を開催することがさらっと発表されていた。

「これだ!」

航空券もホテルも取っていないけど、その瞬間に行くと決めた。コロナ禍で一番ハマった団体がAEWだった。そのAEWのPPVがオーランドで開催される。オーランドにはイケメンがいる。こんな都合の良いことはなかった。
シャワー室から事務室に戻った僕は、すぐに社員さんに来年の3月にガッツリお休みをいただきたいことを伝えた。

「春に1ヶ月ほど休みたいです。というのもアメリカに行こうと思ってまして。1ヶ月も穴を開けるのは困るというなら辞めようと思ってます」

「コロナの間にアメリカね……。人生が変わるかもしれない旅ですから、やめさせるわけにはいきません!大丈夫!行ってきてください!」

「あ、辞めるって、ここのことなんで、アメリカには行きます」

「あっ……」

僕はたぶん、春にアメリカへ行く。

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