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短編の玉手箱

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掌編小説集 *ヘッダーは、梅木ミロス様@miros_umekiより頂きました
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#ショートショート

モグラの鳴いた夏

モグラの鳴いた夏

深く、深くもぐる。
わっちは腹がへった。
もう長いこと掘り続けとるが、好物のミミズには当たらん。土ん中とは慣れ親しんでおったが生まれてこの方、暗闇ん中で生きちょる。

わっちに名はない。
覚えとるんは、13匹いた兄弟の7番目に生まれた事じゃ。
わっちの一家は揃いも揃って芸術家気質の人間嫌いじゃった。そしてどこの家よりも食いしん坊じゃ。
わっちは寂しかった。
この広い暗闇ん中で一人くらいはわっちを好

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輪廻の呪縛

爽やかな朝、一日が始まり通学路に咲くアサガオ。登校する学童らは大切な友人と笑いあいながら雑談を交わす。

…そこに私はおりません。

穏やかなる午後、帰宅時間が恋しい会社員。仲間との軽い冗談まじりの会話に花が咲く。

…そこに私はおりません。

憩いの夜。家族や恋人たちが、しとやかな雰囲気を大切にする夕餉。

…そこに私はおりません。

では、お前はどこにいるのだ。

…はい、私はここにおります。

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午前8時、地下食品売り場にて

午前8時、地下食品売り場にて

早朝、まだ客足のない地下食品売り場では店員が忙しそうに品出しの作業をしていた。

エアコンの効いた室内で売れ残りの野菜達が最後のお勤めを、瞑想するかのように待ち望んでいた。

新鮮だった刺身マグロのオバちゃん達も、すっかり光を失った黒ずんだ肌に。

そんな彼女達を尻目に、届いたばかりの鮮魚達が新卒社員のフレッシュさで棚に上げられる。

冷気の前で涼んでいた賞味期限切れの魚肉達は、悲しいかな、廃棄処

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人間嫌いの終末

人間嫌いの終末

「全てはすでに終わっている。そう終わっていたのだ」

そう吐き捨てた組織の支配者は、止めに来たスパイの手を振り切り、細菌兵器のスイッチを押した。とたんに滅菌処理された男のいる部屋以外の人間が、一瞬で菌に侵され倒れていった。空気を通して爆発的に感染が広がり、致死率100%の細菌兵器はみるみる内に人類の99.99%を死滅させた。

黙示の到来から数十年経ち、コツコツと杖をつく老人の姿があった。彼の唯一

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アラレ星の夜

アラレ星の夜

紙芝居が終わって、お客さんもいなくなった黄昏時。
僕は握りしめた拳を頬に寄せて泣いていた。

「どうしたんだい?」
「…ぐすん」
「そうかい…まあ、泣きたくなる日もあるさぁな」

そう言って屋台を片付けたお爺ちゃんはポケットから袋を一つ取ってみせた。

「いいかい…あの一番星は瞬きする間もないくらい早いくせに、気の遠くなる歳月を超えてわしらを見つけてくれたんじゃよ」

目深に被った帽子を外して、お

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