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偏差値55でも塾屋になった話④

前回、M教室長に抜擢された私は…。今回はM教室着任当初のお話です。
前回の内容はこちら↓

新しく教室長として着任したM教室は前年度の中3生が抜けて生徒数が58名まで減っていた。生徒数が少ないのは運営上のストレスは少ないと考えることにし、エリア内の子供の数も少ないので気にしないことにはしていたが、隣のエリアN教室なんかは250名ほどいるのでやはりそこだけは気になった。
(2年後、このN教室に対して小さな宣戦布告をすることになるが、これはまた別のお話)
N教室に通う生徒とM教室に通う生徒は同じ中学校に通っていることもあり、あちらの情報は生徒経由で耳に入ってくる。(逆もあるとは思うが)

教室の状況として、まずは小学生、私は彼らの月例テストの過去の成績を見ると上位に入る生徒が少ない!てか、いない!
あと春期、夏期、冬期講習は必修ということにもなっているのに他の習い事を優先されたり、旅行や帰省を理由に欠席する生徒も多かった。勉強に対する意識が他教室よりも低いことがわかった。
まあ、まずは月例テストで結果を出して自信をつけさせることだということもあるが、まずは彼らと人間関係を構築することから始めた。
そして中学生…。中3生の覇気のなさ!これでも受験生か!ってほど。
遅刻は当たり前、宿題もやってこない。授業中は上の空。

ある日、授業丸々1回分潰してこれから何をすべきか、どういう方法で勉強をしてくべきかを話した。方法と言っても塾屋歴10ヶ月、出身高校の偏差値55の私にできることには限界があるわけで、質より量作戦、数多くの問題を解くことに注力させるしかなかった。質より量作戦すら考えてなかった彼らにとっては方向性が見えただけで少しは表情が明るくなった。こんな誰でもやりそうな作戦でいいのかな?と私は思ったが、私にはそれしかできなかったから。
他にも色々と勉強に関係ない話もしたせいなのか、少し心を開いた彼らのうちの一人は帰り間際にこう言った。

「先生はE先生を知ってますか?先生は○なないでね!」

彼らは昨年度に亡くなったE先生が忘れられないんだな…。
これは深いなと痛感した一言だった。

次回へ続く

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