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「愛の妙薬」考 03

「愛の妙薬」2幕、
ネモリーノの有名なアリア
「人知れぬ涙」の後、
アディーナが現れる。

アディーナは
ネモリーノがサインした
軍隊入隊照明書を
ベルコーレから取り戻したと伝え
その証明書を彼に手渡す。

「これこそ愛の妙薬の効用!」
と喜ぶネモリーノ。

しかし、
アディーナは
愛の告白をするかと思いきや、
なんと彼に「さようなら」と
別れの言葉を告げる。

この「さようなら」という言葉を、
どのように用いると、
よりアディーナらしくなるだろうか?

【解釈1】 
ネモリーノを絡めとるための
駆け引きとして「さようなら」を言った。

【解釈2】 
彼につれなくしていた自分を恥じ、
本気で身を引くことを
多少なりとも考えていた。

解釈1は
「女性の側から見たアディーナの動機」
・・だそうだ。

それに対し解釈2は
男性の側から見たアディーナ像であり
ある種アディーナの真心に向けた
「こうであって欲しい」という
切ない願望であったりする。

・・・ワハハ、
男性諸氏の方がよほどロマンチストではないか!

※ ※ ※ ※ ※

さて、解釈1と解釈2、
台本だけから読み解くならば
どちらの解釈も可能に見えるし、
また、
どちらの解釈を選択しても
ストーリーの流れからすると
少しばかり逸脱しそうな
危険・危うさも感てしまう。

これを解決する方法は2つ。

1つは、
直接的に「音楽の構造」を調べること。

そこに使われているメロディが
セリア的なものかブッファ的なものか、
音楽として強調されているものが
「かけひき」なのか「真心」なのか、
楽譜から
作曲者自身の解釈を読み取っていく。

これは多くの演奏家が行っている手法で
1幕フィナーレにおける
「ギャロップ」の解釈もこれにあたる。

もう一つの方法は、
このオペラが作られた時代の
文芸・文化を調べ、
「このオペラはどのような意図、
どのような狙いを持って作られたのか」
を考察する方法。

このオペラが初演されたのは1832年、
当時流行していた小説や演劇、
はたまたサロンでの話題や価値観など、
それらを知ることで、
「時代の具現化、アイドルとしての」
アディーナ像を考察する。

そうして作られた「アディーナ」であれば、
一体どのような行動を取るか・・?

※ ※ ※ ※ ※

鹿島茂の「明日は舞踏会」をはじめとする
一連の18・19世紀パリを題材にした作品は
当時の女性の価値観や流行を窺う
格好の教材となる

また、時代の価値観・風潮を考慮するなら
「愛妙」の舞台設定が
バスク地方の村ということも、
キーワードのひとつになる。

(「バスク地方の村」という舞台設定は
 史実事件を扱った作品などと異なり
 リアルにバスク地方を指している訳ではない)

このキーワードを拠り所に
アディーナの視点で見るならば、
「愛の妙薬」という作品は
「都会へ出て玉の輿を狙う娘」
の話ではなく、
「村の暮らしの中に愛を見出した娘」
の話となり、
更に観客は
それを都会人の眼で見ることになる。

※ ※ ※ ※ ※

舞台で役を演じること、
それは、どれだけ自分が
多くの「引き出し」を持っているかに
かかっていると言っても過言ではない。

演劇を観る、映画を観る、
小説を読む、歴史を知る、etc... 

その全てが、
舞台表現者たる人の持つ財産であり、
その中からどれを取捨選択し
自分の演技・演奏に活かす事ができるか
それが
舞台表現者の「センス」だったりする。


どれだけ表現の「引き出し」を
持つことができるか、
どれだけ、その「引き出し」を
十二分に活用していくための
「センス」を磨くことができるか・・・

舞台表現者として、
より高みを目指す努力は、
常に忘れたくはないものである。

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