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小説『天使さまと呼ばないで』 第26話


コウタは、ここのところずっと考えていた。


それは、ミカの高すぎる収入源に関してだ。

(ミカのお金は本当に、ハンカチ作りだけで稼いでいるのか・・?)

そんな風に疑ってしまうと、まるでミカの作品や技量を『そんな価値がない』と言っているようで心苦しく感じる。だから口には出さないように、・・できれば考えないようにしてきた。

しかし果たして、パートの収入もあるとしても、ハンカチを作って売るだけで一ヶ月に数十万円も稼げるものなのだろうか?


以前一度、スマホで『主婦 ハンドメイド 収入』といったワードで検索してみたことがあった。

すると『普通の主婦がハンドメイドで月収50万円!』『1ヶ月の副収入が10万円!』といったサイトも見つかったので、絶対にあり得ないという話でもないようだ。

だからこそ、「きっとこれは珍しいことでは無いんだ、ミカは嘘をついていないはずだ」と自分に言い聞かせてきた。


一度、ミカにそれとなくハンカチの値段を聞いた時には

「3000円ぐらいよ、一点物の手刺繍だからちょっと高価なの」と言っていた。

だとしたら、材料費を抜きにしても月に100枚以上売らなければいけない。コウタは裁縫は全くできないのでよくわからないが、一点物ならばかなり手間はかかるはずだ。パートをしながらそんなに枚数を作れる物なのだろうか?


気になることはまだある。

最近ますます、ミカの化粧が濃くなった。そしていつも派手な服を着ている。しかもパートがあるであろう平日もだ。

それから、以前は夕食に毎日手料理を作ってくれていたのに、最近は惣菜やレトルトをそのまま出すことが増えた。掃除もあまりしていないのか、家の中で小さなゴミや汚れが目立つようになってきた。疲れて家事をする時間が減っているのでないだろうか。

また、常にスマホをチェックしているし、自分に画面を見られないようにこそこそとしているように見える。

この間は、帰ってきた時にキメ顔で自撮りしていた。自分に気が付いたら慌てて辞めていたが。


これらの情報から、コウタはとある仮説を導いた。

それは、ミカが売春まがいのことをしているのではないか・・というものだ。

やたらとお金があるのも、いつも派手なのも、家事が疎かになるほど疲れているのも、キメ顔で自撮りをするのも、そう考えればうまく説明がつく気がした。


以前不倫を疑った時には、尾行してみると本当に友人とカフェで談笑していたから安心した。・・というよりミカを疑ってしまったことに申し訳なさを感じてしまった。

だから、もうミカを疑うようなことはしたくないと思ってはいたが・・・


(一度、平日に様子を見てみよう)


コウタは貴重な有給を使って、月曜日に仕事を休むことにした。

そしていつものように会社に行くフリだけして、またミカの後をつけることにしたのだ。

コウタは家のマンションの前にあるコンビニのイートインスペースで、コーヒーを飲みながら新聞紙で顔を隠し、身を潜めた。

一応、今日の予定を聞いたら、パートがあると言っていたので、朝の8時半には家を出るはずだ。


しかし、8時半になっても一向に、ミカの姿は見えなかった。

そこからやきもきしながら、スマホを時々いじって時間を潰しつつ窓を眺めていたが、ミカの姿がようやく見えた時には9時を過ぎていた。

(パートって、確か9時から16時までの勤務だったよな・・)


コウタはミカに顔を見られないよう俯きながらコンビニを出て、ミカの後ろをこっそりついていった。

ミカは駅前にあるパート先のスーパーを素通りし、そのまま駅の改札の中に入って行った。

(電車に乗るのか!?)

コウタも慌てて改札を抜け、隣の車両に飛び乗った。


ミカが降りた駅は、最寄駅から五駅ほど離れた、このあたりではわりと栄えている街だった。

向かった先は、駅近くにある高級ホテルだった。


(ホテル!?やっぱり・・・!)

思わずミカに掴みかかりに行きたくなったが、必死にこらえた。ここは我慢して、相手がどんなやつか見てみよう。


するとそこに現れたのは・・・

さまざまな年齢層の女性たちだった。

そしてミカはその女性たちと談笑しながら、ラウンジに入っていった。


肩の力が一気に抜けた。

どうやら自分は、またしてもとんでもない思い違いをしていたようだ。

しかしやっぱり疑問は残る。何故パートに行くと嘘をついたのだろう。

(もしかして、この間、カフェで無駄遣いするなって僕が注意してたのを気にしてたのかな・・)

このまま帰ろうかとも迷ったが、ミカが一体どんな風に過ごしているのか気になって、コウタもカフェに入ることにした。


通された先は、ミカの席からあまり近くなかったが、ミカたちの様子はなんとなく見えるし、あまり近すぎても尾行がばれそうなのでかえって好都合だった。

コウタはここでも新聞を読むふりをしながら、ミカの様子を伺うことにした。

従業員がオーダーを取りに来る。

メニューを見ると、コーヒーが一杯1300円もした。

(高っ・・!)

動揺しつつも一番安いコーヒーを頼む。

(前にミカは、『安い店をちゃんと選んでる』って言ってたけど、高いじゃないか・・)

いやいやしかし、たまたま今日だけ奮発したのかもしれない。そう思うことで自分を納得させる。


ミカの席に視線を戻すと、同席している女性は8人ほどだ。年齢は様々で、若い女子大生風の人もいれば還暦近い主婦のような人もいた。

ミカが行っているという手芸サークルだろうか?それとも、パート先で出会った人たちだろうか。


女性たちはまず、いくらかわからないが、ミカにお金を渡していた。

(後でまとめて精算するのか?それにしても、最初にお金を集めるなんて珍しいな)


そのままミカたちのいる席を眺めていたコウタだが、観察しているうちに妙なことに気づいた。

最初、ミカは友人たちと談笑しているのかと思ったが、ミカたちの間にはどうやら、うっすらとした上下関係があるようなのだ。

会議のように話したい人が手を挙げて喋り出すルールがあるようなのだが、喋り終わると皆、様子を伺うかのようにミカの方を見ていた。

また、ミカに近い席にいる女性ほどよく話し、その場を取り仕切っているようだ。

それに、ミカ以外の人が喋っている時と、ミカが喋っている時の人々のテンションも違う。他の人が喋る時はリアクションが薄いのに、ミカが喋る時にはやたらとうんうんと何度も頷いている。

つまり、そこにはミカを頂点とした人間関係があるように見えたのだ。


3時間ほど経って、ミカたちは席を立った。

レジの前で、皆それぞれ注文したものを伝えて個別に会計を済ませていく。

最初はただぼんやりとそれを眺めていたコウタだが、先程ミカが皆からお金を徴収していたことを思い出した。

(あれ・・・?お金はさっきミカに渡してたよな?

・・・あの時のお金は、一体なんだったんだ?)


わからないことだらけだ。コウタは先程目の前で繰り広げられた、あの不思議な光景を思い返した。


ミカは確かに、今日はパートがあると言っていた。

仕事があると嘘をついて出かけていたのは、自分がミカのお金の使い道にうるさく言ってしまったせいで、お茶しに行くとは素直に言えなかったからなのだろうか。

会う相手が女性であっても派手な化粧や服装をしているということは、最近見た目が変わったのは本人の嗜好が変わっただけなのかもしれない。

女性たちが渡していたお金は、もしかするとサークル活動費で、ミカはただの会計係だった可能性もある。


そう思うと、自分の気がかりは全て思い過ごしであるような気がしてきた。


とは言っても、ミカが仕事があると嘘をついていたことは事実だし、収入に関しての疑念はまだ晴れてはいないので、完全に晴れやかな気持ちにはまだなれない。


(とにかく、もう少し様子を見てみよう・・・)


コウタはスケジュール帳の今日の日付欄に、『ミカ 〇〇ホテル 10:00〜13:00』というメモを書いておいた。

先程スマホでこっそりと撮っておいた、ミカがお茶をしている写真もあるから、十分な証拠となるだろう。


一息ついて、コウタはコーヒーを口にした。

高級な豆を使ったホテルのコーヒーは、普段なら美味しく味わえたはずだが、コウタがその味を意識して飲む頃にはもうすっかり冷めていて、ただの苦い色水のようだった。



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ミカは今日初めて、平日にお茶会をした。

「土日だと参加しづらい」という、サービス業従事者や主婦の声があったからだ。

(お茶会をすれば一気に稼げるし、面倒なカウンセリングもないからありがたいのよね)

いつも開催している土日よりも人は集まらなかったが、それでも8人は参加してくれたので、今日だけで8万円の儲けだ。


今日のメンバーは常連のエリも含めて4人は過去にお茶会に参加経験がある人で、あとの4人は新参だった。

「今日は仕事休んで来ちゃいました〜!」

みんなの自己紹介が終わったあと、エリが言った。

「あら、仕事を休んでまで?来てくれてありがとう」

「いえいえ〜私はミカさんファン第一号ですから」

強調しながらエリが言う。どうやら今日のメンバーにも自分が最古参の人間であることをアピールしたいらしい。

「・・・それに、最近会社もしんどくてぇ〜こないだ言ってた先輩のオバさんが本当意地悪なんですよっ!」

エリは頬を膨らませながら言った。お前が嫌われるのはそういうところだよ・・と思いつつもミカは笑みを浮かべて頷いた。

「そうだったの・・・それは大変だったのね」

こうして優しく共感の言葉をかければコイツはペラペラと自分のことを喋り、勝手に解決した気になって満足してくれる。そんなことはもうわかりきっていた。


「エリさんも大変なんですね・・私も、上司と気が合わなくて今仕事が辛いんです」

と、今日初参加のマイという女性が言う。サラサラのロングヘアが美しい、常にニコッとした表情をした背の高い女性だった。

「ええっマイさんも〜〜!?あ、マイさんってなんの仕事をされてるんですか?」

「仕事は販売で、元々大好きだったブランドで働けているんでやり甲斐はあるんですけど、女性の上司でちょっと・・私のやることなすこと全てに怒ってくる人がいて」

苦笑いしながらマイがいう。

「それは嫌ですねぇ〜きっと"悪魔側"の人ですねっ!ミカさん!」

「そうね・・でも大丈夫、そんな人って、長い目で見れば必ず自分のしたことがかえってくるわよ」

そう言うことで、とりあえずエリたちの溜飲を下げようとミカは考えた。


「そういえば、ミカさんは前にブログでも"悪魔側の人間とは距離を置くことが大事"って書いてましたよね!」

「あ、私もそれ読みました!」

その場にいる人たちが一斉に頷く。ミカは封印していたナミの記憶が蘇り、一瞬苦い気持ちになる。

「でも、職場の上司みたいな、距離を置けない人ってどうしたらいいんですかぁ!?」

エリたちが期待に満ちた目でこちらを見てくる。


『じゃあまずは、周りをイラつかせるあんたのその甘ったれた思考や似合わないぶりっ子をやめなさい』とは、とてもじゃないが言えなかった。

エリは期待しているのだ。ミカに対して、甘美な言い訳を用意してくれることを。

そのために彼女は、会社を休んでまで、一回1万円もするこのお茶会に来てくれたのだ。


ミカはそれに応えなくてはならない。


「それはきっと、エリさんやマイさんたちの、波動が変わったということじゃないかしら・・・

綺麗な水にしか住めない魚が汚い川には住めないように、波動があまりに違うところにいることって、とても辛いことなのよ。それに自分自身の波動も下げてしまうことになるし。

だから、その場から離れることも大事だと思うわ」

『仕事を辞めろ』とあえて明言はしなかった。責任を取りたくなかったからだ。

そしてスピ系の大好きな『波動』という言葉を使ってみた。Factbookでよくこの言葉を使う人を目にする。

適当に誤魔化せたと思ったが、エリは痛いところを突いてきた。

「それってつまり、仕事を辞めるってことですかぁ?」

想定外の質問に一瞬頭が真っ白になったが、こう聞かれると、ハッキリと答えるしかない。

「そうね、仕事だったら、辞めるってことになるわね」

「ええっ、私せっかくミカさんのおかげで今の仕事に就けたのに・・・いいんですかぁ!?」

「うふふ、いいのよいいのよ。私のことなら気にしないで・・それだけエリさんの波動が高まったってことなら、それは喜ばしいことだから」

「えぇぇ・・・ミカさん本当に天使さまです〜!」

元気を取り戻したエリを見て、調子づいたミカはさらにこう言った。

「大丈夫よ、この世界では波動が近いものが引き寄せられるようになってるから。

だから高い波動・・例えば感謝の波動を出していれば、より自分に相応しい仕事が勝手に現れるわ」

「なるほどー、そのためにも、まずは天使さまに感謝ですね!」

みんながうんうんと頷く。ミカはホッとした。


その後も当たり障りない会話を続け、今日のお茶会は終了した。


帰り道、ふと今日のエリたちとの会話を思い出し、ミカはとあることに気がついた。

(その場から離れるために"仕事を辞める"って言ったけど・・・よく考えたら、部署を変えてもらうとか、配置を変えてもらうとかの方法もあったわね・・・)

しかし、今更訂正するわけにはいかない。

そんなことをすると、自分が間違えることがある人間だと思われてしまうだろうし、そうすると自分の能力も完璧じゃないと疑われてしまうだろう。


後味の悪さを誤魔化すように、ミカは自分に言い聞かせた。

(でも、大丈夫よね。私が何を言ったとしても、実際にどうするかを選択するのはあの人自身だし、いざとなったときには、自分で考えられるはずだもの)



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第27話につづく






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