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小説『天使さまと呼ばないで』 第66話


エリに会った日の夜、ミカはブログを書くことにした。

8ヶ月ぶりの更新だ。

2ヶ月ぶりにログインすると、800人いたフォロワー数はさらに減って500人ほどになっていた。



正直に言うと、ブログのアカウントを残していたのは、心のどこかで『いつかまた、エンジェルカウンセラーに戻って華々しい世界で生きられるかも』『食べるのに困った時に、いつでも戻れる場所がある方がいいかも』という微かな期待があったからだ。

でも、今はもう、あんなハリボテだらけの世界に戻りたいなんて全く思わない。

これ以上、等身大の自分以上の虚像を作られるのなんてまっぴらごめんだ。今日のエリとの会話で、改めてそう思った。


ミカは、ブログの鍵アカウントを辞め全体公開にし、今までの記事を全て消してから、こんな文章を書いた。


今まで応援してくださった皆様へ。

こんにちは。ミカです。ずいぶん久しぶりの更新になって申し訳ありません。

実は、皆様にお伝えしなければいけないことがあります。

私は今までずっと、嘘をついてました。そして、騙してました。騙していたのは、皆様と、自分自身をです。

私は、天使の声など聞こえません。もちろん天使でもありません。本当は高貴な血筋でもありません。
私はただの庶民の生まれで、コンプレックスまみれで、夫とあまりうまくいっていない普通の主婦でした。

一つ得意なことは、人の感じてることや考えてることをなんとなく感じとることでした。
それは私が特別だからではなく、おそらくみんなが当たり前に備えている、人の心や空気を察する力の感度が、少し高かっただけなのです。
しかし、色々な人の相談事にのるうちに、私の力はいつしか天使さまの声を聞いてるからと言われるようになり、私自身が天使だと言われるようにまでなりました。

本当は、否定するべきだったのです。そんなすごいものではないと。ただ、勘のようなものが鋭いだけの、普通の人間だと。

しかし、私はそれができませんでした。
みんなを救う清らかな美しい天使扱いをされると、コンプレックスまみれで孤独だった私の心は、まるでこの世界に生きることを初めて許可してもらえたように心地良く感じました。正直に言うと、皆様に煽てられ、賞賛されるのが快感だったのです。


私は、弱かったのです。
そして、寂しかったのです。


いつしか私は自分でも、自分自身を清らかで美しい天使だと思い込むようになっていました。
そのために、私は自分をよく見せるための服や鞄を買い漁りました。
写真も、厚化粧の上に加工に加工を重ね、実物より10歳以上若く、恐らく10倍以上綺麗に見せていました。

天使の声を聞けば豊かになれるなんて嘘です。私がたくさんの高級ブランドバッグや洋服を買えていたのは、紛れもなく、皆様からいただいたカウンセリングやセミナーの代金のおかげでした。

でも、私はその種明かしが怖くてできませんでした。お金のためにカウンセリングやセミナーをしていると思われると、天使ではない自分の醜い姿を曝け出してしまう気がして怖かったのです。

私は、自分を天使に見せるため、より多くの人々からの賞賛をもらうため、身の丈に合わない散財を重ねるようになりました。クレジットカードのリボ払いまで使いました。

夫と別れたのも、その散財と私の不誠実で無責任な仕事内容に愛想を尽かされたからです。魂のステージが変わったからでも、円満離婚でもありませんでした。

私には、この仕事を早くから辞めるよう諭してくれた親友もいましたが、彼女のことも私は突き放してしまいました。今はもう、連絡を取ることもできません。私は今、古いアパートで一人ぼっちです。

夫も親友も、私のことを本当に大事に思ってくれてるからこそ忠告してくれたのに。本当に馬鹿なことをしました。

認定講師スクールも、本当はより多くのお金を集めるために企画したことでした。アイディアを出してくれた方はコンサルタントの男性で、私は彼に100万円のコンサル料も払いました。
最初の頃の彼は親身に相談に乗ってくれ、誠実に見えていましたが、本当の目的はお金だけでした。
なぜなら彼は私がネットで叩かれてキャンセルが相次いだ途端、別人のように突き放し、最終的には暴言を吐いてきたからです。
でも彼に対して恨みはありません。私が彼と同レベルの人間だったから、彼のような人を信じてしまっただけのことです。
認定講師の話は結局白紙になりましたが、そうなってくれて今は本当に感謝しています。あれをしていたら、きっと私はますます引き返せなくなっていました。

今、私は見栄を重ねるために浪費した300万円の借金を抱え、それを返すために清掃業で仕事をしています。時給は1000円です。毎月、生きてくのに精一杯で、とても贅沢はできません。これまでブログで自慢したブランド品の数々は全て売りました。それでも10分の1の金額にもなりませんでした。

私が天使として活動したときに購入したものは、もう何も残っていません。そのうえそれまで築き上げてきた人間関係というお金に変えられない大切なものを、私は失いました。
私がエンジェルカウンセラーになって得られたものは、"自分が馬鹿な人間だった"という気づきだけです。


皆様、本当に申し訳ありませんでした。
謝って済む問題ではありませんが、本当に、ごめんなさい。

これからは、できるだけ人様のお役に立てるように生きたいと思います。
ミカ


ミカは、自分の顔をスマホで撮る。

健康的な生活のおかげで吹き出物は治ったものの、ノーメイクだとくすみと法令線が目立ち、シミとシワの増えた自分の顔。服はパジャマがわりのスウェットで、風呂上がりに適当に乾かした髪はボサボサだった。

写真の中の自分は、どう見ても、"ただのおばさん"だった。

その写真に加工をすることなく、先ほど書いた文章とともに載せて、ブログを更新した。

Factbookにも、そのリンクを貼った。




こうして、ようやくミカは、本当の意味でのミカになれた。



ミカは大きく深呼吸して、スマホをテーブルに置いた。



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それから2ヶ月-


ミカは、ユミコさんのアドバイス通り、自分が作った服をフリマアプリで販売し始めた。

上品でフェミニンなデザインの、"自分が着たい"と思う服を作って、売ることにしたのだ。

説明文にはもちろん、『これさえ着れば幸せになれる』『これを着れば美しくなる』といった"不確かな情報"は一切書いていない。元エンジェルカウンセラーのミカが作っているともどこにも書いていないので、純粋にデザインと品質だけの勝負だ。

販売価格は、他のハンドメイドの服の相場と同じぐらいの、原価の4倍を目安につけている。


先月から始めて、10着出品したが、売れたのはたったの1着だけ。

利益のうちの1割は、慈善団体に寄付し、残りは借金返済に充てることにした。

寄付額は僅かなものだが、これが少しでも誰かの役に立つのなら、とても嬉しいと思う。



ミカがいつものようにミシンをかけていると、スマホが鳴った。

見ると、母からの着信だ。

ミカはビクビクしながら電話に出た。

「もしもし・・・」

「ああミカ、元気?」

2ヶ月前に『うるさい!お母さんの馬鹿!』と捨て台詞を吐かれて電話を切られたというのに、母は驚くほど普通な様子で、ミカは拍子抜けした。

「うん・・・元気」

「そう、よかった」

母が安堵してるのが伝わる。ミカは思わず言った。

「お母さん・・・怒ってないの?」

「え?何が?」

「ホラ、私が馬鹿とか言って電話を切ったこと・・・」

「あー、あんたがちょっとしたことでへそを曲げる面倒くさい子なのは昔からでしょ。そんなん気にしない気にしない」


以前のミカなら、『へそを曲げる』『面倒くさい』という言葉に傷つき、母にまた怒りをぶつけたことだろう。

でも、今は違う。母が言ってるのは、『そんな性質だからダメだ』ということではなく、『そんな性質であることを受け入れてる』ということが伝わったからだ。

母は私に、最初から期待などしていなかった。

そして私も母に、これからは期待しない。

母は無神経で、昔のことを都合よく忘れて、子供に謝ることなどできない人間で、だからこそ今こうして普通に会話してくれる。

期待しないというのは、相手を見限るということではない。

ありのままの相手を受け入れ、自分に都合の良い虚像を相手に押し付けないということを意味するのだ。


そんなことを思いつつ、ミカは言った。


「で、今日はどうしたの?何かあった?」

「あのね、アンタ中学の時の友達でナミちゃんっていたでしょ?

あの子から連絡があってね、今度結婚するんだって。

あんたのこと招待したいけど、連絡が繋がらなかったからウチに電話をかけてきたんだけど、ナミちゃんに電話かけてあげてくれる?」




ミカの目からは涙がぽろぽろと溢れた。


ずっと自分は、心のどこかでナミに呆れられて見捨てられたと思っていた。そうされても仕方がないと思っていた。

本当は、自分から逃げたのに。

もう一度連絡を取りたかったけど、ブロックなんて辞めたかったけど、そんなことをして相手から本当に見捨てられていたら、耐えられない気がして怖かった。

だから、『自分はもう見捨てられた』と思うことにしただけだったのだ。


ナミは、多分あれからもミカのブログを見ていてくれていたのだろう。

そうしてミカが元の世界に戻るのを、ずっと待ってくれていたのだろう。


ミカは涙を腕でゴシゴシと拭き、母に言った。



「うん、絶対する!結婚式も、絶対行く!!お母さん、ナミの電話番号教えて!」



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最終話につづく



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