小説『天使さまと呼ばないで』 第66話
エリに会った日の夜、ミカはブログを書くことにした。
8ヶ月ぶりの更新だ。
2ヶ月ぶりにログインすると、800人いたフォロワー数はさらに減って500人ほどになっていた。
正直に言うと、ブログのアカウントを残していたのは、心のどこかで『いつかまた、エンジェルカウンセラーに戻って華々しい世界で生きられるかも』『食べるのに困った時に、いつでも戻れる場所がある方がいいかも』という微かな期待があったからだ。
でも、今はもう、あんなハリボテだらけの世界に戻りたいなんて全く思わない。
これ以上、等身大の自分以上の虚像を作られるのなんてまっぴらごめんだ。今日のエリとの会話で、改めてそう思った。
ミカは、ブログの鍵アカウントを辞め全体公開にし、今までの記事を全て消してから、こんな文章を書いた。
ミカは、自分の顔をスマホで撮る。
健康的な生活のおかげで吹き出物は治ったものの、ノーメイクだとくすみと法令線が目立ち、シミとシワの増えた自分の顔。服はパジャマがわりのスウェットで、風呂上がりに適当に乾かした髪はボサボサだった。
写真の中の自分は、どう見ても、"ただのおばさん"だった。
その写真に加工をすることなく、先ほど書いた文章とともに載せて、ブログを更新した。
Factbookにも、そのリンクを貼った。
こうして、ようやくミカは、本当の意味でのミカになれた。
ミカは大きく深呼吸して、スマホをテーブルに置いた。
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それから2ヶ月-
ミカは、ユミコさんのアドバイス通り、自分が作った服をフリマアプリで販売し始めた。
上品でフェミニンなデザインの、"自分が着たい"と思う服を作って、売ることにしたのだ。
説明文にはもちろん、『これさえ着れば幸せになれる』『これを着れば美しくなる』といった"不確かな情報"は一切書いていない。元エンジェルカウンセラーのミカが作っているともどこにも書いていないので、純粋にデザインと品質だけの勝負だ。
販売価格は、他のハンドメイドの服の相場と同じぐらいの、原価の4倍を目安につけている。
先月から始めて、10着出品したが、売れたのはたったの1着だけ。
利益のうちの1割は、慈善団体に寄付し、残りは借金返済に充てることにした。
寄付額は僅かなものだが、これが少しでも誰かの役に立つのなら、とても嬉しいと思う。
ミカがいつものようにミシンをかけていると、スマホが鳴った。
見ると、母からの着信だ。
ミカはビクビクしながら電話に出た。
「もしもし・・・」
「ああミカ、元気?」
2ヶ月前に『うるさい!お母さんの馬鹿!』と捨て台詞を吐かれて電話を切られたというのに、母は驚くほど普通な様子で、ミカは拍子抜けした。
「うん・・・元気」
「そう、よかった」
母が安堵してるのが伝わる。ミカは思わず言った。
「お母さん・・・怒ってないの?」
「え?何が?」
「ホラ、私が馬鹿とか言って電話を切ったこと・・・」
「あー、あんたがちょっとしたことでへそを曲げる面倒くさい子なのは昔からでしょ。そんなん気にしない気にしない」
以前のミカなら、『へそを曲げる』『面倒くさい』という言葉に傷つき、母にまた怒りをぶつけたことだろう。
でも、今は違う。母が言ってるのは、『そんな性質だからダメだ』ということではなく、『そんな性質であることを受け入れてる』ということが伝わったからだ。
母は私に、最初から期待などしていなかった。
そして私も母に、これからは期待しない。
母は無神経で、昔のことを都合よく忘れて、子供に謝ることなどできない人間で、だからこそ今こうして普通に会話してくれる。
期待しないというのは、相手を見限るということではない。
ありのままの相手を受け入れ、自分に都合の良い虚像を相手に押し付けないということを意味するのだ。
そんなことを思いつつ、ミカは言った。
「で、今日はどうしたの?何かあった?」
「あのね、アンタ中学の時の友達でナミちゃんっていたでしょ?
あの子から連絡があってね、今度結婚するんだって。
あんたのこと招待したいけど、連絡が繋がらなかったからウチに電話をかけてきたんだけど、ナミちゃんに電話かけてあげてくれる?」
ミカの目からは涙がぽろぽろと溢れた。
ずっと自分は、心のどこかでナミに呆れられて見捨てられたと思っていた。そうされても仕方がないと思っていた。
本当は、自分から逃げたのに。
もう一度連絡を取りたかったけど、ブロックなんて辞めたかったけど、そんなことをして相手から本当に見捨てられていたら、耐えられない気がして怖かった。
だから、『自分はもう見捨てられた』と思うことにしただけだったのだ。
ナミは、多分あれからもミカのブログを見ていてくれていたのだろう。
そうしてミカが元の世界に戻るのを、ずっと待ってくれていたのだろう。
ミカは涙を腕でゴシゴシと拭き、母に言った。
「うん、絶対する!結婚式も、絶対行く!!お母さん、ナミの電話番号教えて!」
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最終話につづく