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【『孤狼の血 LEVEL2』評論/映画ジャーナリスト・中山治美】

役所広司に最も近い男 


 松坂桃李で忘れられない作品がある。
東京芸術劇場プレイハウスで上演された三浦大輔演出の舞台「娼年」(2016)。作家・石田衣良の同名小説が原作で、無機質な日々を過ごしていた大学生・リョウが”娼夫”のアルバイトを通して他者の心と身体に触れることで彩ある人生を見出していく物語だ。濡れ場有り。というか、ほぼ濡れ場で、舞台では異例のR-15+指定。観客も心して鑑賞せよ!という感じで、劇場内がピリッとした空気に包まれていた事を肌感覚で今も覚えている。
 そんな中で松坂は、軽々とリョウを演じていた。いや、心の熱量は相当高かったはず。幾多も乗り越えたであろう大人の事情に加え、約3時間の舞台で何人もの女優と一戦を交えるだけでも体力と神経を使う。主演俳優としてそれら一切合切を背負いつつも、毎回フラットな気持ちでリョウとしてステージに立つ覚悟。下手すれば俗になってしまう内容がそうならなかったのは、ひとえに松坂が持っている品と清々しさゆえだろう。
 以降、松坂が様々な役に挑んでいるのはご存知の通り。公言している通り、長く俳優を続けていくための糧となるよう自分に課したハードルだ。映画『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)での軽薄な男・水島役から、『あの頃。』(2021)のアイドルおたく役、ドラマ「あのときキスしておけば」のスーパーの店員まで。良い意味で芝居にクセがなく、役者としても人としても常にニュートラル。だからこそ、役とのギャップに毎回驚かされ、今回の『孤狼の血 LEVEL2』(2021)のように、見た目ゴリゴリの姿になった日岡に観客は、ダークサイドに落ちたのか? はたまた刑事としての正義感は残っているのか?と惑わされることになる。

 俳優にとってのニュートラルでいることが、いかに大切か。それを筆者に気づかされてくれた人がいる。『孤狼の血』(2018)で松坂とバディを組んでいた役所広司だ。
 カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作『うなぎ』(1997)の冒頭のシーンでのことだ。サラリーマンだった山下(役所)は妻の浮気現場を目撃し、逆上して刺殺してしまう。その後、血だらけの服装のまま自転車に跨り警察に出頭し、律儀に犯行を告白する。いわゆる普通の人が狂気に陥る瞬間を端的に表したトラウマ級の名シーンで、役所の淡々とした芝居が余計に人間の怖さを煽った。
 そして役所は『シャブ極道』(1996)のようなキレッキレのヤクザ役から、ソニー損保のCMで見せるガソリンスタンドの従業員まで、役の幅の広さには関しては日本の芸能界の中で右に出るものはない程。よく松坂は尊敬する俳優として役所の名前をあげ、『孤狼の血』で役所が使っていた小道具のライターを貰い、それを肌身離さず持っていた事を明かしているが、役者としての生き方そのものに多大な影響を受けたのではないか?と思うのだ。
 ちなみに役者にとって私生活でいかにニュートラルでいることが大切か? フランスのリュック・ベッソン監督が映画『レオン』(1994)で12歳のナタリー・ポートマンをオーディションで選んだ時に次のような発言をした。
「役者というのは感情の起伏が激しい仕事だから、しっかりした家庭の子を選んだ」と。

 私生活は地味だという松坂。しかし、その日常があってこそスクリーンで弾けるのだ。