正しかったのかな
ひさしぶりに、昔勤めていた会社の近くを自転車で通った。
Yちゃんに頼まれた買い物のため、うちからやや遠いスーパーに行かなくてはならなかったのだ。
我が家からテムズ川と並行に走るその道沿いには、格安チェーンのビジネスホテルが建っている。
♢
私がイギリス本社への転勤を決め、やって来たのは2009年の12月29日のことだった。
お正月三が日なんて発想のない国で、会計年度は1月1日から。
だから、当然、1月2日が初出社ということになる。
そのため、少なくとも数日前には入国しておくべきだろうということで、ホテル暮らしの年末年始とあいなった。
「大晦日、ひとりなんだろ。家族同士の友達がいくつか集まるから、うちにこいよ」
そういってくれたのはカナダ人のアーロンだった。
同じカナダ人の奥さんと子供ふたり。
おそらくガイジンとして暮らす気持ちを察してくれたのだろう。カウントダウンに誘ってくれた。
アーロンとは、彼が日本に会議でやってきたときに、一緒に食事やカラオケをして、その後も電話会議やチャットでやり取りをしている仲だった。
でもそんな風に自宅に誘ってくれるとは思っていなかったので嬉しかった。
とはいえ。
行ってみれば、そこは5-6歳の子供を持つ仲良し家族が集まる場所で、私はそのお母さんチームの会話にも、お父さんチームの会話にも、かといって子供たちの遊びの輪にもフィットしなかった。
カウントダウンの瞬間を、今か今かと待ちわびて。
かんぱーい!
ハッピーニューイヤー!
ざわめきが収まってすぐ。
ホテルに帰ることにした。
ひとりにしておかないように、という気持ちは嬉しかったけど。
仲良し同士の大勢が集まった中に、自分だけが浮いている。
自分の孤独がいっそう際立って思えた。
「イギリスにくることにしたの、正しかったのかな」
しんしんと冷える真夜中のバス停で、まだ見慣れない真っ赤なダブルデッカーのバスを待ちながら、今ごろ日本ではみんなお正月をしてるんだなと思い、自分に思わず問いかけてしまった。
♢
キッチンも、洗濯機もないホテル暮らしのつらさに耐えかねて、とにかく出たい一心で物件を見て回った。
トレーシーが住む街を勧められ、そこに絞って数軒見学し、もう、ここでいいやとフラットを決めた。
引っ越しを済ませたのは1月も終わりの頃。
それは、メインストリートから一本入ったところに建つ3階建ての真ん中。日本でいう2階、イギリスでいう1階の物件だ。
ホテルにアーロンが息子と一緒に車で迎えに来てくれて、スーツケースと段ボールを新しい我が家に運んでくれた。
シンプルな引っ越し。
日本のアパートを箱詰めした荷物は、船便で今頃はまだ波の上。おそらく届くまであと5-6週間はかかるだろうといわれていた。
フライパンも何もない台所。
注文しておいたはずの掛け布団もマットレスも、指定した日付には届かなかった。
その夜。
シーツも布団も何もない部屋で、硬い絨毯じきの床の上、持っている限りのコートやマフラーを着込んでなんとか眠ろうとした。
歴史的というくらいの寒波のロンドン。
暖房をつけていても息が見えるくらい寒かった。
おかしいな。今度こそちゃんしたお給料がもらえて、海外で働くはずなのに。
こんなに切ないものなんだろうか。
決断、正しかったのかな。
♢
さらに1週間くらい経ったころだろうか。
朝とつぜんボイラー(湯沸かし器)が動かなくなっていた。
管理会社に連絡すると、すぐに配管工を修理に送るという。
「まあねえ、悲しいかな、イギリスではよくあることよ。配管工がくるのならよかったわね。きっと帰ったら直ってるわよ」
ジェニーがいった。
そうだよね。直ってるよね。
♢
その日は、日本のオフィスの時から関わりがあったひとたちが歓迎会をしてくれるというので、少しおしゃれして、会社の近くのインド料理屋で食事をした。
みんなの暖かい歓迎ぶりに、大丈夫、これならやっていけると少し上向いた気持ちで、バスに乗った。
外は雪が降っていた。
2009年の冬は、ロンドンではありえない量の降雪で、鉄道やバスの運行に大きく支障をきたしていた。
でも、夜9時を過ぎた人影のない表通りに降る雪は、レンガ造りの建物や街路樹をロマンチックに白く飾っていて。
素敵な街にいるじゃん。
大丈夫、やっぱり来てよかったんだよ、ロンドンに。
気温を示す電光の看板はマイナス5℃。
でも、飲んだアルコールの暖かさとポジティブな気持ちを体の中に感じたまま建物に入った。階段を上り、自分のフラットのドアの鍵を回す。
開かない。
間違ったかな?
鍵は3つある。
目の高さと、ドアノブのところと、やや下。
入れ替えて何度も試すが、やはり一番下だけが回らない。
考えてみたら、この一番下の鍵は、これまでかけたことがなかった。
建物に入るためのドアもあるんだし、その上フラットのドアでしょ。
そんなに鍵を掛けなくても安全だよね。
そんな気持ちだった。
その、私がいままで使ったことがなかった鍵が、閉まっている。
閉めるためには鍵が必要なのに、私が持っている鍵では開かない。
なんで?
アルコールの入ったあたまが回答を見つけるまで少し時間がかかった。
配管工だ。
つまり。
管理会社のおばさんは初日に一緒に立ちあって、鍵を開けて私を中に入れた。そして、そのセットは彼女が持って帰った。
私に渡した鍵のうち、一番下の鍵は実は間違っていたものだったけれど、私はそれを外から掛けたことがなかったので、今まで気づかなかった。
そして、今日、管理会社の鍵を使ってやってきた配管工は、律義にすべての鍵を閉めていった。
素晴らしい推理だ、ワトソン君。
でも、じゃあどうやって中に入る?
すでに時計は10時近くになっていた。
緊急電話番号といわれた管理会社の電話にNokiaの小さな携帯から掛け留守番電話にメッセージを残したけれど、30分経っても折り返し電話がかかってくる様子はなかった。
どうしよう。
手の中のNokiaを見つめた。
まだスマートフォンが一般的になる何年も前のこと。
まだ、Blackberryがメッセージをキーボードで打てることが革新的だったような時代。てのひらでネット検索なんて夢のまた夢。
そして、そのNokiaには、5つくらいの電話番号しか入っていなかった。
そのひとつ、管理会社は、電話にでない。
東京オフィスで一緒だったネイサンは、仲良しだけど、ここから車で30分以上離れたウインザーに住んでいる。
アーロン?
そんなに親しくもないのに、いきなり夜10時過ぎになんていうの?
泊めてくれ?
まさか!
そして、会社で毎日顔を合わせるトレーシーやジェニーの電話番号をしらないということにも気がついた。
締めつけられるような孤独感。
仕方ない。
建物を出ると、歩道には5センチくらい雪が積もっていた。
こんな時に限って、滑るヒールの靴を履いている。
表通りにでても、右に行くべきなのか、左に行くべきなのか、どっちが繁華街に近いのかもわからなかった。
適当に左を選んで歩きはじめると、Best Westernのホテルチェーンの看板があった。
助かった!
「すみません、予約もなにもないんですが、泊めてほしいんです」
混んでる様子もなかったのに、しかし、気難しそうな白髪のおじさんは「満室だよ」と言い放った。
それを聞いた私の悲痛そうな表情に気づいたのだろう、つけ足すように
「こっからさらにセントラルロンドンのほうに歩いていくと、もう一軒ホテルがあるから訊いてみるといい」
といった。
イギリスという国に引っ越して1か月足らず、そしてホテルからその街に引っ越して数週間の私には、どっちがセントラルロンドンの方角なのかもわからなかった。
でも、おじさんの声色はそれ以上の質問をきっぱり拒絶していた。
♢
「ごめんなさいね。うちも満室なのよ」
アジア系のフロント係さんは、申し訳なさそうにいった。
マイナスの気温の下、ボタボタと降る雪の中をヒールで30分くらい歩いていたから、そのホテルを見つけたときには、もう、足の裏もタイツもぐっしょり濡れて、足指の感覚はなくなっていた。
歩きながら、なんども、携帯のたった5つほどしかない連絡先をぐるぐると上下にスクロールしていた。
これが東京だったら。
登録件数がマックスを越えて、いらない番号を消さないとならないくらいだったのに。
夜中にごめん、トラブルなの、と頼れる友達は何人もいるのに。
私、なんでこんな国に来ることにしちゃったんだろう。
不動産屋がまともに鍵の管理すらできない国。
マットレスが頼んだ日付に届かない国。
ボイラーが突然壊れちゃう国。
そして、携帯の電話番号が5つしか登録されてない国。
このホテルにも空室がないなんて。
いい歳をして、フロントのおねえさんを前に、涙がでてきた。
もう無理。
「ちょっと待ってね。この近辺は、コンファレンスのせいでホテルがみんないっぱいなんだけど、たぶん、テムズ川の反対とかならうちのチェーンで空いてるところがあるはずよ」
引っ越してきたばかりのこと、家の鍵が開かなくなったこと、手前のホテルでも断られたこと。
くどくど愚痴るように長い私の説明をちゃんと聞いてくれたおねえさんは、その後、いくつか電話をかけてくれた。
「え、あります?空室?ええ、ロンドン在住の方なんですが、ロックアウトされちゃったらしいんです。ええ、わかりました。今からそちらにご案内します」
そういって電話を切ったおねえさんは、
「ホテルの場所をいったって、来たばっかりだもの、わからないわよね。待ってて、ブラックキャブを呼んで運転手に説明するから。とにかく、そのあったかいほうのベンチに座って待ってて」
私をロビーの奥のほうに招き入れた。
そうしてなんとかホテルの部屋にたどり着いたのはもう午前2時近くだったろうか。
朝の光であらためて確認すると、そのホテルは、会社のすぐ近くに建っていた。
♢
化粧品もなにもないから、すっぴんで、
なんとか乾いたタイツを履いて、
前日と全く同じ格好で会社に現れた私に、アーロンが最初に気がついた。
「なんだよ、歓迎会の後まっすぐ家に帰ったのかと思ったら、カラオケで朝帰りでもしたのかー?」
冗談含みのその声で、ジェニーも私の服が同じことに気づいたようだった。
「それが」
歓迎会の後に起こったことを話すうちに、目がうるんでしまった。
会社だし、
同僚だし、
転勤してきたばかりの本社で、
こんな弱音を吐いてどうする。
そう思うものの、説明をするにつけ、寒さと悲惨さがまたくっきりとよみがえってきた。
「なんで電話しなかったんだよ!」
アーロンがいった。
「そういうのをエマージェンシーっていうんだろ。そういうときに、助けてくれって電話がかかってきて、夜10時なのにとか文句いうような野暮じゃないぜ。っていうか、そういうときに頼ってくれよ。チームだろ」
ジェニーは、下を向いてなにか書きつけていた。
「はい、これ」
そこには、携帯の番号と、固定電話の番号がかかれていた。
「ちゃんと両方とも携帯に保存しておいて」
今度はなみだの理由が変わった。
「ちょっとトイレ行ってくる」
私が席に戻ってくると、デスクにはいくつもの付箋紙が貼りつけられていた。
フィル、トレーシー、グラハム…。
みんなの電話番号がいろんな筆跡で書かれていた。
♢
「チームだからな」
その後の10年間。世界中のマーケットを回って、楽しいことも、泣けることも、悔しいこともチームでいっぱい通り抜けた。
その会社を辞めて、3年あまりが経とうとしている。
懐かしい。
そのビジネスホテルの前を通った時、あの冬の夜中に何度も頭をぐるぐるとかけめぐった質問を思い出した。
私、イギリスなんかに来て正しかったのかな。
12年も経ったけれど、たぶん、この先もずっと、何かが起こるたびにこの質問を自分に投げかけるだろう。
でも、私は、反省はしても後悔はしたくない。
だから「あの判断は正しかったのだ」と思えるように努力して生きている。
くわえて、あの時、「チームだからな」といってくれた仲間たちが、
そして新しい友人たちが、
そこにいてくれるから。
だから、たいていの場合、「大丈夫、正しかったよ」と自分にいうことができている。
いまのところは。
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