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ロンドンで家を増築した(長い)話-その2:だれに建ててもらおうか

これは、下記の記事の続編です。

よし、増築のプロジェクトを始めよう、と思い立ってから、市役所からのプランと建築の許可が下りるまで、気がついたら10か月ほどが経っていた。

冬が来る頃には増築が終わり、肩までたっぷりお湯につかってお風呂に入れることを夢見ていた私だが、季節はもうすぐクリスマスに近づいていた。

「おめでとう!」

それでも、さんざんいろいろあった末に、市役所からの許可が下りたことを祝って、いつもの会社の仲間たちがパブに集まった。
私がイギリスに引っ越して2年ほどが過ぎ、チームのみんなとは、仕事の帰りに会社の裏のパブに寄ったり、それぞれの家にいったりして、いろんなことをお互いに話すようになっていた。

「次は、いよいよビルダー(建築屋)選びだよな。ここは肝心なところだから」

そう、アーロンがいった。彼の完璧主義ぶりは知っていたし、お金を惜しまないタイプなのも知っていた。だから、予算に限りがある私のプロジェクトには、彼が使ったビルダーを使うことはできないこともよくわかっていた。

そう。予算。

そもそも住宅ローンを組む段階で、増築に必要となる現金が残るようにしてローンを多めに借りていた。とはいえ、まったく雲をつかむような感覚での数字だったし、なるべくなら全部は使いたくない。

増築によって得られる面積=資産価値の増加分をだいたい目安にして、その範囲内で内装や新しい家具も含めてカバーできればいいなと思っていた。

「ビルダーとやり取りするときには、かならず最低3つの違うところから見積もりをもらわないとだめだよ。しかも、こんな大きなプロジェクトだから、まあ5つくらいからはもらったほうがいいな」

そうケビンがアドバイスしてくれた。
ケビンは、公認会計士の資格をもちながらも、ITコンサルタントをしている変わり種で、イギリスの多くの男性がそうであるように、DYIの名手だ。
私が家を買ってから、水道や洗濯機や暖炉など、いろんなトラブルに出くわすたびに助けてくれていた。

「わかるんだけどさ。問題は、どうやって見積もりをもらうビルダー候補を探すかってところなんだよね。私この国のビルダーになんて詳しくないもん」

そうなのだ。
ある意味インターネットにいけば、多すぎるほどの数のビルダーがみつかる。どこも自分たちは素晴らしいと訴える。だけど、本当のところはわからない。

「ほんとはさ、誰か知り合いで同じような規模の増築をした人から紹介してもらうのがいちばんいいんだけどな」

家を買った時のように、会社のみんなも、ガイジンの私のために、いろいろとビルダー候補を探してくれていた。
でも、ちょっとした外壁修理や、キッチンシンクの入れ替えのレベルの工事ならともかく、20平米ほどながらも、土台から鉄筋までいれる建築仕事だ。そういう人は見つからなかった。

「近所をさ、適当に自転車で走り回るだろ。で、建築現場に出くわしたら、中に入らせてもらって、似たような増築をしてたら、責任者に家まできてもらいたいって伝えて連絡先をもらうんだな」

ケビンがいった。
へえ。面白い。

これはあながち奇抜な考えでもないようで、そう思って街中をみわたすと、工事をしている現場には、たいがい、そとに業者の電話番号やメールアドレスが貼りだされていた。

クルクルと自転車で近所をまわるだけで、3つほどの似たような規模で似たような作りのフラットの増築現場が見つかった。
いけるかも。
しかし、その時には愛想よく話をしてくれても、本当にうちに話に来てくれたのは1つだけ。

そのビルダーと、日本人友達のつてで紹介されたビルダー、他にインターネットで見つかった業者を加え、5つほどのビルダーの連絡先がようやくあつまった。

「えっ。一緒じゃなきゃダメなの?」

思わず、声をあげてしまった。
そのころには、もう、数日おきにニールとアメリアと話をする仲になっていた。
そして、その席で、ニールが「合同申請した場合には、工事も同時期に済ませなくてはならない」と教えてくれたのだ。

しかも。
それには続きがあった。

「せっかく全幅で増築できるタイミングを逃しちゃならないと思って、合同申請しましょうって声をかけたわけだけど」

二人は顔を見合わせて、そして、吐きだすように続けた。

「実は、工事をする費用のお金の余裕がないんだ」

えっ。
えーっと。

ガイジンだから、とか言いたくはない。
だけど、キミたち。
あまりに、それって、無責任すぎません?

ニール曰く、申請許可を取るだけは取って、金策についてはそれから考えればいいと思っていたのだという。

「あのね。私は本当だったら、もう工事を始めていようかっていうころで。だけど、一緒にやりましょうってことで声をかけてくれたから、二人の設計図が固まるまで待った。その結果として半年以上すでに遅れているんだよね。図面の費用も申請費用も2回だったのに、コストはみんな折半にしてフェアにやってきたつもり。なのに、それじゃあ私はいつ工事が始められるの?」

そうなのだ。
増築など建築許可を市役所から取るのには手間がかかるし苦労が多いので、「実際の工事は済ませてないけど、許可はもう取ってあります」というだけでも、家の価格を高めにできる。
ニールたちは、おそらく、その考えから、とにかく許可を取って自分たちが工事するか付加価値をつけて売るかは後で考えようと思っていたのだろう。

でも、私はすぐにでも工事に着手したい。
工事中に、もしも市役所の抜き打ち検査が入り、私の側しか建設が進んでいないと判断されたら。
最悪、許可が取り消され、私は原状復帰しなければならなくなってしまう。

「ともかく。私はビルダー探しも始めているし、見積もりを取って、その金額からやるかやらないかを判断したら?」

そういうしかなかった。

本当に始められるんだろうか、という一抹の不安を抱えながらも、私は見積もり集めを続けることにした。
ビルダーたちの訪問日時を予約し、現場を見せ、図面のコピーを渡し、もしかしたら隣のプロジェクトも受注できるからその場合は値引きして欲しいと念押しする。
この繰り返しを5回。
もちろん、仕事も普通にしながらだ。

イギリスで働き始めて、いちばん驚いたことが「XXのために休みます」とか、「XXのために家から仕事します」ということが、気抜けするほどにあっさり普通に行われている、ということだった。
なにも病院や子供のことではない。たとえば宅配便が届くから。たとえばビルダーがくるから。そういう理由で普通にみんなフレキシブルに時間を調整する。

コロナ禍を経験したいまでこそ、在宅勤務というのはそんなに新奇なことではないかもしれないが、2012年当時の日本人脳の私にとって、同僚たちの「え、会社にきたの?そんなら、家から午前中仕事すればよかったのに」という反応は、とても新鮮だった。

「無理しないで休みなよ」
「それだったら、午前中は家から仕事で、午後は半休でいいじゃん」

そういってくれるし、彼ら自身もそうだった。

だから、家を探しに早めに会社を出ることも、ビルダーが見積もりに来るから家にいないといけないということも、だれも本当に問題にしなかった。

日本だったら、週末やら時間外にすべきじゃない?という無言の圧力を感じていたんじゃないかと思うのだけれど。

それはなぜか。
私の推察は、「みんなが平等」だからだと思う。
「お客様は神様じゃない」ということだ。

イギリスに暮らして気づいたのは、みんながみんなの時間を平等に大事に思っているということだ。
会社があるからビルダーには夕方6時以降に来てほしいという一方通行の考えではなく、ビルダーがくるなら会社に行かずに仕事を調整する。
会社があるから土日に宅配便を頼むんだったら、相手も土日を使うんだから追加料金を払う。
逆に言えば、そういうことのために在宅勤務とか半休を取ることが普通に受け入れられる。

日本は、便利だ。
再配達も何度もしてくれるし、夜9時なんかの指定もできる。
水道屋さんも土日に来てくれたし、歯医者だって8時まで空いてますってところに通っていた。
だけど、逆にそれは、みんなが「お客様は神様」と思いすぎなんじゃなかろうか。

話が少しそれてしまった。

ともかく。
こうして在宅勤務をしながら、ビルダーの訪問をこなし、そして手元には4つの見積もりが集まった。
そう、見積もりに来たからといって、みんなが見積もりを出してくれるわけではなかった。督促しても、送ってこない、つまり、やる気はありませんということ。

私のプロジェクトの問題点は、普段、窓枠の修理やキッチン棚の入れ替えなどをやっているようなビルダーには大きすぎ、かといって、建築を主にやっているビルダーにとっては小規模すぎてつまらない仕事という中途半端なサイズだということだった。

だいたい同僚おすすめの腕のいいビルダーというのはそういう、修理や小規模のものを専門としているひとたちだ。
家を買うときに、見に来てくれたビルダーのティムさんもそのひとり。天井の状態や壁の裏で水漏れしてないかなどは判断できるけれど、鉄骨をいれるような工事は彼らには難しい。

そんな中途半端なプロジェクトであることが、返ってきた見積もりにも表れていた。
一番安いものが28,000ポンド、一番高いものは95,000ポンド。

差、おおきすぎ。

つまり、95,000ポンドを出してきた、かっこいいウェブサイトを誇っている建設会社さんからの行間には「こんな小さな案件やらねーよ」というメッセージが入っている。

とりあえず、手元に集まった見積もりをもって、また、恒例のお隣相談会。ニールとアメリアの家にいった。
資金の問題がどうなったのか、教えてもらおうと思ったのだ。

「なんとか、双方の親にも助けてもらうことにして、お金は集められそうになったんだ」

今日の彼らは、笑顔が大きかった。

ほっ。
私も笑顔になった。
これで、なんとか進められそうだ。

「で、それでも、やっぱり資金はかなりタイトだから、僕らとしてはこの一番安い業者にして、見積もりを取ろうと思うんだけど」

と、ニールが私の取った見積もりの中で一番安い業者を指さした。
私は正直、その、数行メールでだけという見積もりがあまり好きじゃなかったし、なによりも一番下に書いてある「もしも予想できない問題に出くわした場合、20%程度の追加料金がかかることを含み置くこと」という文言がきにいらなかった。

日本で実家のビルを建て直した時もそうだったが、建築現場なんて、予想できないことのオンパレードなのだ。
新築でだってそうなのだから、今ある建物との整合性を取らなくちゃいけない増築なんて、掘ったらパイプありましたとか、電気系統を引っ張れませんでしたとか、ぜったい何かしら出てくるに違いない。
私はそう思っていた。

「でも、その見積もりに20%上乗せしたら、その次の32,000ポンドの会社よりも高くなるよ。私はそっちのほうが詳細も見積もりに入っているし、近所の会社だからやり逃げしないと思うし、いいと思うんだけど」

と、私は隣に置いた見積もりを指した。
そこは、ロンドン在住日本人ネットワークを通じて紹介してもらった地元の会社で、家から車で5分ほどのところにちゃんと事務所があった。

それは意外に大事なポイントで、「ビルダーを探してる」と人に話すと、とてもよくいわれたのが「手付け金を払って、途中まで仕事して突然来なくなり、連絡もつかなくなるビルダーに注意しろ」という警告だった。

そりゃ、怖い。
壁に穴が空いたところでビルダーにとんずらされたら、本当に困る。
そして、この国だったら、本当にありそう。

その点、ちゃんと事務所がうちの近所にあるなら、なにかあっても文句を言いに乗り込める。しかも、それは日本人の知り合いの知り合いが、最近そこをつかって一軒家の増築をし、「そりゃ、不満もそこここあるけど、全体としては絶対値段よりいい仕事をした」といっていた業者だ。

そして、なにより。
数ページにわたって、営業が細かにきちんとヒアリングしたことを文書にしてくれてある見積書には、「この見積もりから、予想外のことがあっても、追加はいただきません。施工主がデザインや仕様の変更依頼をした場合は追加をいただきます」と書いてあることが、魅力だった。

ガイジンとして、大きな契約ごとをするのは住宅購入&ローンに続いて二回目だ。
その中で、きちんと文書になっているかがいかに重要かがよくわかった。書いてあれば、きちんとそこを引用して、問題に対処できる。

「わかった。じゃあ、一番安いところと、この業者を呼んで、見積もりをとるから、また進捗教えるよ’」

そうニールがこたえた。

いや、あのさ、ニールくん。
上から目線でそんなこというけど、結局のところ、リサーチも業者をかき集めたのもみんな私で、キミがやってるのは、私がひいひいようやく集めた5つの業者のなかから選んだ2つだけと話すだけじゃん。
しかも、キミの方が英語上手なのにさ。

そう思ったけど、口にはださなかった。

ニールたちがビルダーと会った後、やはり彼らは値段に後ろ髪惹かれてはいたものの、同じビルダーにすることに合意した。
と、いうか。
最終的に、私が「そっちがこのビルダーにしないなら、私は自分が使いたいココでやるから」とキッパリ言い切ったし、二軒分のプロジェクト割引も少しあったので、ニールたちはしぶしぶ折れることになったという方が正しい。
もうこの頃には、顔色みてたら自分が損をするし、後になって主張しとけばよかったと思うようなことは折れずに闘おうという気持ちができていた。
そして、その決意は、その後のプロジェクトを通じて、いちばん鍵となるポイントだったように思う。

実は、あとで、「何かが見つかっても追加をとりません」という業者にしておいたことが、ニールたちを助けることになるのだが。
それはまた、別の話。

こうしてようやく、ビルダーを誰にするか、建物にかかる値段がいくらになるのかが決定した。
ふう。

(つづく)

いただいたサポートは、ロンドンの保護猫活動に寄付させていただきます。ときどき我が家の猫にマグロを食べさせます。