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桜切る馬鹿

庭にしだれ桜を植えたのは、日本人の暮らした庭という証を残したかったからだと思う。

深く暗い庭の半分を犠牲にして、家を増築したとき、残った庭の部分をどうするかは思案のしどころだった。
道路から庭に向かって少しずつ傾斜して下がっている土地なので、増築エリアの床と庭の地面の高さのギャップは80センチあった。かといって全てウッドデッキにして持ち上げたモダンすぎる庭も嫌だった。
そこで、左右だけデッキをせず、もとの地面を生かして木を地植えすることにした。

ならば、桜だ。

そう思ったけれど、イギリスではソメイヨシノが手に入るわけはなく、そもそも素人に手入れできるわけもない。
そこでロンドン郊外の園芸センターが売っていたしだれ桜の苗木をネットで買った。
届いたのは、ポスターが入るような筒に窮屈そうに納められた50センチほどの苗木だった。

そして8年。
添え木をしたり、肥料をやったり。
ヒョロリとした若木は、うちの庭で圧倒的存在感をみせる、高さ3m弱の立派なしだれ桜に育った。

「やばっ。やりすぎた」

後悔は先に立たない。
シマッタと思った時にはもう遅い。

先週、久しぶりにうちに遊びに来たケビンが、ちょっと葉が込み合いすぎてるんじゃないといったときには、桜は切っちゃいけないものだし、選定は冬にやるものなんだよと返事したのに。
いわれた途端、なんだか密集した枝が気になり始めてしまった。

ユーチューブやネット園芸記事でにわかの剪定ハウツーを学び、ハシゴに上った土曜日の私。

チャールズ3世の即位を伝える報道特別番組を流しながら、最初は枯れ枝と下に向かう枝、クロスして生育の邪魔になる枝だけを落としていた。
はず、だった。

でも、ふとハシゴから下りて、振り返ると、足元にはウッドデッキを埋め尽くす枝と葉。
そして数歩下がって見上げれば、すっきりしすぎるほどさっぱりしてしまったしだれ桜が立っていた。

やっちまった。

自分の髪の毛も同じだ。
毛先だけなんてことがぜったいにできない。ついついバッサリ切ってしまう。この前も、ポニーテールまで伸びていた髪を少しさっぱりさせるはずが、耳下のボブ、首下は剃刀をあてられるまで切ってしまった。

髪はいい。伸びてくると知っている。
でも、桜は、シーズン外の強剪定では枯れてしまうかもしれない。

ことわざにまでなっているのに。
いまじゃない、とちゃんと学んでいたのに。
ついつい夢中になってしまった。

あああ。

大慌てで、枯れを防ぐための方法についてネット検索を続けている。
どうやら窒素の強い肥料は負担が強すぎるため、窒素:リン酸:カリウムが5:10:10の肥料を与える必要があるらしい。

オーダーした肥料が届くのは3日後。
しだれ桜くん、馬鹿な家主を赦しておくれ。
ネコも肥料に貢献するから、どうか、枯れないで!

いただいたサポートは、ロンドンの保護猫活動に寄付させていただきます。ときどき我が家の猫にマグロを食べさせます。