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2023年7月 天草シーカヤックツアー    奇蹟の時間

天草移住
少し昔、2020年時点。天草移住を考えていた。
娘1が長崎に赴任しており、その頃から娘1は天草でシーカヤックを始めていた。

天草での娘1

長崎市内から天草までは、島場半島からフェリーを使う。車で天草の鬼池港(マップ②)までは2時間あれば行ける。

*(我が家の子供 息子(長男) 娘1(長女)娘2(次女))

天草地図 ナンバリングしている

2018年に私達夫婦は娘1に会うため長崎へ行った。そして我が家のルーツとも言える天草へも行く。
実は天草鬼池②は私の父方の祖父の生まれ育った場所だった。
島原半島と天草下島、熊本の最南端、陸の孤島に近い場所、その自然環境に私はいたく感動した。常に海がある生活をしたい。
私はこの時点で天草移住を考えていた。

しかし、2021年に考えを変える大きな出来事あった。私が急性心筋梗塞で倒れてしまったのだ。

緊急医療と最先端医療で無事に復帰したが、もしここが天草だったら、まず死んでいたと思う。
入院中に無観客の東京オリンピックを観ながら、そんな事を考えていた。
「老後とは、一体どう過ごせばいいのだろうか?」
答えは移住ではない。

移住とは若者のためにある
将来、子供を作り、税金を収める若者は移住者としてはウエルカムだ。一方、今後介護費用がかさむ老人の移住は、財政の厳しい過疎地域ではいい迷惑だろう。
また、今住んでいる地域は、生まれ育った土地で、東京でも緑地の多い住みやすい場所だ。
退院後、リハビリとして地域を散歩とハイキングで歩き回っていたが、それを再認識した。

転機
病気からようやく回復した2023年春、娘1が驚きの転勤、仙台へ赴任した。
つまり、いざと言う時に助けてくれる人がいなくなったことになる。
天草移住は諦めた。またセカンドハウスとしては遠すぎる。
でも好きな場所ではあるので、毎年遊びに行くことにした。それが地域の活性化と貢献になる。
私は色々な場所を旅行するより、一つの場所へ繰り返すタイプなので、それが合っている。

天草への旅行の経緯、1985年10月1回目 2003年3月2回目 2018年10月3回目 2021年7月4回目 2022年5月5回目 2023年7月6回目となる。

天草の縁
天草へ始めて行ったのは結構昔だ。1985年10月、日本で初のオリンピックスタイルとなった天草国際トライアスロンに出場する為だった。この大会は今も開催されている。
私はこの地を泳ぎ、自転車と足で走っている。さらに美味い寿司もたらふく食っていた。
しかし、この時はこれがどういう意味を持っているのか理解していなかった。

2003年3月。親父が1月に亡くなり、天草のお寺に祖父の骨が分骨されていると聞き、親父のお骨を天草の寺へ運んだ。鬼池②にあるお寺で、ここはトライアスロンの自転車コースの直ぐ横であった。
「驚いたなぁ」
私の人生を左右したトライアスロン。そのデビュー大会が天草だったとは。縁があったようだ

◇◇◇◇◇◇
さて旅行だ
2023年夏、梅雨明けとコロナ明け。6回目の天草旅行だ。
今回は娘2も参加した。彼女は天草の海でのシーカヤックツアーが目的だった。
昨年までは、長崎空港からレンタカーを借り、娘1も同行して、島原からフェリーで海峡を渡り天草へ入っていた。
今年は熊本空港からレンタカーを借りて、陸路で天草へ入ることにした。

2023年7月14日(金)曇り時々雨
東京羽田空港を7時半に飛び立った。
9時半に熊本空港到着。レンタカーで出発した。

車から見える八代海は大きな干潟だ。まだムツゴロウとかいるのだろうか。

ここはどこ?


八代海に面する不知火の道の駅で昼ご飯とする。デコポンの発祥地だが、この時期、晩柑しかない。晩柑も酸味がなく甘く美味しい。

刺身定食を注文する。やはり刺身の切り身がデカいなぁ。また醤油が甘い。熊本に来たと感じる。

デコポン
娘が頼んだ 漬け丼 これも美味しい

天草に入ると、まず倉岳①を登ることにした。山の上からは天草の海と島々が見える。
本日、天気は悪いが、天空の鳥居はなかなか見応えがある。

倉岳に鳥居
2022年5月

山を下りて、天草一の繁華街の本渡を通りすぎ、鬼池の池崎醤油店に寄る。
お店のオバサン曰わく、この地区、過疎が激しく、子供が全くいなくなったという。

地元のお醤油

その後、「世界サンタクロース会議in天草」が何故か3年連続で開催された本渡③のサンタカミングホテルで1泊する。
北欧雰囲気のホテルだが、いかんせん気候が南国。外ではクマゼミがシャーシャーと凄い音量で鳴いているので、北欧気分にはならない。
夕食は移動日だったので、ホテルでの食事としている。なかなかの量だった。

クリスマスではない
料理、夕食はかなり多彩だった

7月15日(土曜)晴れ
仙台から飛行機を乗り継いで来た娘1が合流した。
娘1をホテルまで送ってくれた地元のシーカヤックガイドのSさんの話では天候は回復基調だが、まだ海は安定してないと言う。
「今日は無理ですね、明日に期待しましょう」というSさんの言葉で、本日のシーカヤックは中止とした。
今日は観光とグルメの日となる。

鬼海ヶ浦展望所 5足のくつ④
天草ボタンを購入するため、高級リゾートホテル「5足のくつ」に伺う。
そのホテルの前の海、鬼海ヶ浦展望所に寄る。
素晴らしい展望で、娘達とリゾート気分になり写真を撮る。
「5足のくつ」は全室離れ、露天風呂付きの温泉旅館。
1泊7万からだけど、その価値はあると思う。

帽子がリゾート感を出してている
陽射しが強烈だ
5足のくつ エントランス
天草ボタン
ラウンジ

崎津教会 海月(寿司屋)
崎津教会まで行き「海月」で寿司を食べる。
熊本の南端の果てにある寿司屋「海月」さん
毎年値上がりしているが、美味いので2018年から3回目となる。
創作寿司、白身の魚が好きな人にはお勧め。マグロは出ない。5月頃、大将が潜って獲ってくるバフンウニは美味いことが確定している。

﨑津教会
海月のネタ
海月寿司屋

茂串海岸⑥
その後、茂串海岸で泳ぐ。
かにと遊ぶ。
のんびりと綺麗な海、熊本の僻地という様な海岸で遊ぶ。

茂串海岸のカニ 沢山いる

夕食は、本渡でも人気の串焼き店よみやを予約していた。
「よみや」さん
ほぼ6時で満席。田舎の居酒屋は5時頃から始まり、9時には終わる。

よみや
串焼きだ 天草大王が有名

「明日のシーカヤックは行けるか」心配ではあるが飲む。

7月16日(日曜日)晴れ、なんだか道路も車が多い
シーカヤックのガイドのSさん、綺麗な海を漕がしたいとまずは茂串海岸方面へ向かうが、風が強い。その後、2箇所ほど廻ったが無理そうだった。
午後になり風も収まりつつあったのだ、鬼池から通詞島の海、島原半島との海峡にカヤックを出すことになった。

鬼池、通詞島が見える

通詞島は天草市五和町にある。
沖合には約200頭の野生のイルカが生息しており、島には風力発電の白い風車や天日製塩所などもある。

2022年5月 娘1が撮ったイルカ

気温は35度、水温は25度、結構な暑さだった。それでも海の上は過ごしやすい。
シーカヤックは、川下りと違い、常に漕いでないとカヤックが安定しない、私は川の癖で直ぐに手を抜く、「カヤックによっかからないで、漕いでください」と2度程ガイドのSさんに言われた。

末の娘 娘2は体育大卒だと知ってか、結構、テクニックを訓練されていた。後継車の育成なのだろうか、それでも楽しいそうだった。

家族4人でシーカヤック初めてだった
妻と娘1
おっさん
娘2

奇蹟の時間
対岸の島原半島、隠れキリシタン 世界遺産にもなった原城と大爆発を起こした平成新山、煙が上がっている。ダイナミックな姿だ。
天草の海岸は鬼池、私の親父のルーツとなる場所だ。明治大正と遠い先祖もこの海に出ていたと思うと感慨深い。
「凄く気持ちいい」
「生きていてよかった」
一昨年死んでいたら、この気分は味わえない。
長い人生に何度かある奇蹟の時間を味わっていた。

天草と島原半島の海峡とおっさん

最後の晩餐は崎津教会の近くにあるイタリアンレストラン
「シンフォニー」地本の豚肉は最高だった。

レストラン シンフォニー
地本の豚ロース

以上だけど、天草詣では続く。

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