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ナナハン物語(猫殺し)第三話 1970年代を生きる少年達、ナナハンは少年の唯一の力だった

ゴジラに勝った西川
 砧のファミリーパークでの集会の後、本格的に夏休みにはいった。
そして翌週の月曜日、英語の補習授業があった。期末テストの英語が赤点の奴らが呼び出されている。

その中の一人がぶつぶつと隣の席の男に話しかけていた。
「それさぁ、なんと黄金色のマッハ3」と言う。
「なに!黄金色のマッハ!」それを聞いた高木は声をあげて振り向いた。そこには西川がいた。

「そこうるさい!」ネズミみたいな顔をしたオールドミスの西村先生が怒鳴った。
「あんた達、卒業出来ないよ」
 高木は斉藤くんみたになるのは勘弁してほしいと思い静かにした。西川も同様に黙った。

高木の後ろで鼻糞をほじっている西川、その顔はかなりごつい。
西川は高一の時、成城学園にある円谷プロのワゴン車にバイクで正面衝突した。
その時、西川はたいした怪我もせず、前歯が1本欠けただけだ。
その後クラスメイトに「円谷プロにも勝ち、顔もゴジラに勝っている」と言われるようになった。

去年の夏、高木は西川と祖師谷大蔵のプールで、監視員のバイトをした。子供が中心の区営プールだったが、西川が子供を注意すると大抵の子供がその顔を見て泣く。

その横で子供を守ろうとする母親は水着の胸をおさえて言う。
「子供の前では止めて」
人妻には凶悪な性犯罪者にしか見えないようだ。
でも西川はまだ童貞で、心も純真だ。
 
英語の補習授業後、怖い顔の西川から高木はマッハの話を聞いた。
「高木さあ、俺、斉藤くんから奥多摩の幽霊バイクの話を聞いてさぁ、試しに夜、奥多摩へ行ったんだ。タンデムのカップルだけが事故っているから、一人乗りなら大丈夫だろうと思って」
 さすがにゴジラ、考えがシンプルだ。

「西川、お前、頭いいなぁ、で?」高木は心にも無いことを言う。
「いや、まぁ、俺も色々考えているだろう」ゴジラが照れている。
「わかった、わかった、それで」
「でさあ、その時、もの凄いスピードで走っていくマッハ3とすれ違った。それも黄金色だった」
「それって、たまたまじゃないのか」
「いや、後で木村とかにも聞いたけど、結構みんなが目撃している」

皆さん暇だねぇと高木は思った。
西川は話を終えると高木を見つめた。見つめられても困るのだが、ただ、この界隈で黄金色のマッハ3と言えば、思いつくのは猫殺しのマッハ3だ。
あいつが絡んでいるのか、あの変態さからみてあり得る。そんな高木の考えをなど無視して西川はまた話しだした。

「ところで高木、今年、プールのバイトはやる?」いきなり話がかわった。高木はまだ猫殺しの事を考えていたので、返事をしないかった。
「なぁ、高木、バイトやるのかよ、やんねぇのかよ」
「受験勉強するから、やらない」
「えーっ!そうなの」西川の叫び声と同時にチャイムがなった。

次は数学の補習授業だ。高木はセーフだ。西川はまだ続く補習授業。ゴジラも大変だ。
「俺、帰る、じゃぁね」
これで補習授業も終わり、明日からやっと本当の夏休みだ。

斉藤くんのお誘い
 学校の裏門から出て、道を挟んだ公団の団地の路上にナナハンは止めてある。

高木の世代はバイク通学は禁止だ。3年前までは学校に駐車場もありバイク通学はOKだった。今ではバイク乗りは不良だということで、見つかると停学だ。それと来年からノーヘルだとお巡りに違反切符を切られるそうだ。

学生運動がしぼんでしまってから段々と規制が増えてきている。
ここはまだ私服通学がOKな学校なので、高木はジーパンとTシャツとジージャン、ビーサンを履いて学校へ通っている。
しかし校舎の一部を間借りしている新設の都立高校はブレザーを着てネクタイをしている。
今からサラリーマンかよと高木は思った。
 
団地の公園の何時もの場所に、斉藤くんがナナハンの横に愛車サンパンを止めて待っていた。
「よう! 高木、今夜、奥多摩へ行こう」
しかし突然だな、これは何かあるなと思い高木は断った。
「腹が減っているし、行かない」
「じゃあ、そら豆の焼き肉定食おごるよ」
そら豆の豚バラの焼き肉定食は美味い。タレが最高だ。高木の仲間内では特別食となっている。高木は迷うことなく答えた。
「わかった、つき合う」
高木も斉藤くんと思考回路がほぼ同じだった。
「でも大盛りね」
  
 奥多摩街道
 五日市を過ぎると、道路の外灯も少なくなり、夜気に山の匂いが混じってくる。そろそろ奥多摩街道の山道に入ってくる。前を走る斉藤くんの乗るサンパンがジュースの自販器の前で止まった。

自販器の灯りにガとか虫がブンブン飛んでいた。カブトの雌が自販機に体当たりして道に落ちた。
「俺さあ、虫は苦手だ」バイクを降りた斉藤くんがいった。
「そうなの」

高木はバイクを降りると雌のカブトを掴んで、斉藤くんのTシャツの肩においた。その途端、大声で悲鳴をあげた斉藤くんは自販機から10mくらい遠ざかった。
「ふぇ~、ふざけんなよ、焼き肉定食おごったのに」
カブトが羽根を広げ、ブーンという音ともに肩から飛んだ。
「ふぇ~!」また叫ぶ。

自販機から10m遠ざかっている斉藤くんに二缶買ったコーラを持って行く。
「お前、よく平気だな」
「家にもよく飛んでくる。俺んち調布村だから」
コーラを渡した。

コーラを飲むと斉藤くんは少し落ち着いたようだ。
「高木、あれが出るのは奥多摩有料道路の手前のトンネルらしい」
「でも、タンデムのカップルしか相手にしないのだろう、俺らの前に出るか?」
問題はそこだった。このままではただの夜のツーリングになってしまう可能生もある。

「高木、俺の後ろに乗れよ、それしかない、お前は髪の毛が長いし、さらさらしているから女に見えるよ」
「えーっ、でも本当に出たら、どうするんだよ」
「その時は、本当の事を言えば許してくれるよ、最悪、パンツ脱いでジョニーを見せればいい」
「わかった。下ネタはいいから、やろう、そして家に帰って寝よう。眠いよ」
話は終わり、水滴が浮いてきた缶コーラを二人で飲んだ。
炭酸が勇気を与えてくれることもなく、ただゲップがでただけだった。

猫のたたり
 斉藤くんの訳のわからない理由づけと、まあ大丈夫だろうという思い込みで、高木はサンパンの後ろに乗った。
斉藤くんはみかけによらず、天才的なバイク乗りで、一度も事故ったことがない。だからといって安全運転でもない。かなりの勢いでコーナを走り抜けていく。

コーナの度にヘッドライトが山側を照らす。時折赤く光る目が見える。鹿か、タヌキか?
何度かコーナをクリアーすると500m程の直線道路に入った。その先に一段と暗いンネルの入り口があった。高木はトンネルの中に小さな光を見た。

「斉藤くん、止まって!」
「何で」
「トンネルの中であれとすれ違いたい?」斉藤くんも光に気づいた。
バイクを路肩に止めた。4サイクル2気筒のエンジンがドクドクとアイドルしている。
同じように二人の心臓も鼓動していた。

光りは徐々に近づいてきた。バイクのヘッドライトの様だ。ただハイビームになっており、眩しくって細かい確認が出来ない。
2サイクルエンジのぱらぱらという音とともにトンネルからバイクが飛び出してきた。大型のバイクだ。
黄金色のマッハ3だった。二人はそれに気づき、顔を合わせた。

驚いたことにライダーがいない。バイクだけが走り出てきた。マッハ3は二人の横をすり抜けていった。
「おい、なんだ」と言うなり、斉藤くんは高木を後ろに乗せたまま、アクセルターンをして、無人のマッハ3の後を追った。

マッハ3は30キロ程度のスピードで走っていたので、直ぐに追いつき、右側を併走した。
「高木、もうすぐコーナだ、マッハに蹴りをいれろ!」斉藤くんが怒鳴った。

前方のヘッドライトの先に山肌ではなく黒い空間が見えた。ガードレールのない谷側のコーナだ。このままだとマッハ3は谷底にまっさかさまに落ちるだろう。

高木はマッハ3に蹴りを入れたが、浅く入ったためバイクは倒れずに蛇行しだした。そしてサンパンの前方にかぶさってきた。

高木はさらに、思いきりマッハ3のヘッドの辺りに蹴りを入れた。その反動でサンパンは右側に大きく傾いた。危うく共倒れだ。でも蹴りが効いた。
マッハ3は横倒しになり路面に火花を散らし10mほど横滑りして止まった。

エンジンは止まらず、マフラーから白い煙を吹きながらタイヤが空転している。
「前に見たようなシーンだよね」高木は言った。
「やっぱ、猫のたたりじゃねぇの」

マッハの損傷は左側のマフラーに擦傷が入っているが、ハンドルも曲がっておらず、乗っていけそうだ。
「高木よ、これ貰っちゃえば」
「いや、これ猫殺しのバイクだろう、縁起悪いよ、しかし本人は何処にいる。幽霊にやられたのかもしれない」
「それはねぇーよ、ほら」

トンネルから猫殺し本人が歩いて出てきた。フルフェースを手に持ち、自慢の黒いつなぎの肩と膝の辺りが裂けている。
「ともかく、話を聞いてみようぜ」

猫殺しは、見かけのぼろぼろさに反して、レーシング仕様の皮つなぎのおかげで、怪我はしてないようだ。相変わらず悪運の強いやつだ。いや、つなぎが優秀なのだろう。

猫殺しはかなり疲れていた。二人が歩いて近づくとその場に足を投げ出し座り込んだ。
そして口を開いた。
「お前ら、聞きたいだろう。奥多摩の幽霊バイクの話」
高木と斉藤くんは、また顔を合わせてから頷いた。

西川


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