【特別寄稿】沖縄の本屋を再訪する旅—前編(朴順梨)

「この度の新型コロナPCR検査の結果は、陰性となりました」
2020年12月11日の午後に届いたメールを見て、ほっと胸をなでおろした。民間の格安PCR検査が万能ではないことは知ってはいたけれど、それなしでイベントを開催する気持ちには、どうしてもなれなかった。もう羽田空港に向かわなきゃ。スーツケースをつかんで、慌てて家を出た。

「沖縄でトークイベントをやりませんか?」
『離島の本屋ふたたび』に何度も登場する、沖縄の出版社・ボーダーインクの喜納えりかさんから連絡が来たのは、昨年11月のことだった。
2016年の冬から沖縄の書店取材を始めて以来、時間を見つけては沖縄の書店巡りをしていた。その模様を本に収録したこともあり、「沖縄で読まれているよ」と聞いていた私は、すぐに「ぜひお願いします」と返信した。しかも会場は那覇市内の沖映通りにある、ジュンク堂書店だという。これまでたくさんの大先輩たちがイベントを開催してきた場所だけに、ちょっとおこがましい気持ちもあったけれど、やりたい気持ちが勝った。
しかし一時は少し落ち着いていたかのように見えたコロナの感染状況が、再び深刻になりつつあることも知っていた。行く直前にPCR検査をして、陽性だったらドタキャンもやむを得ない。そう覚悟していたけれど、最初のハードルはクリアしたようだ。

12月11日の夜に那覇空港に降り立つと、一気に暖かい空気に包まれた。そして外に出ると、激しい雨に打ち付けられた。歓迎されているのか、されていないのか。よくわからないながらも「恵みの雨」という言葉を信じ、泡盛とビールを1杯ずつ飲んで眠りについた。
翌朝、目が覚めると薄曇りだったものの、次第に強い日差しが照り付けてきた。イベントは13日の予定だったので、この日はやりたいことがあった。それは取材して以来再訪できていない書店に、お礼のあいさつに伺うことだった。

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【写真1】観光客の姿はあるものの、数年前の賑わいを知っているだけに寂しさを感じる那覇の国際通り

最初に向かったのは、金武町内にある金武文化堂だった。築60年以上の建物を2019年に建て替えたと聞いていたので、どうしても再訪したい本屋のひとつだった。

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【写真2】金武名物のひとつ、キング・タコス(通称キンタコ)のタコライスとタコス。ボリュームがありすぎてフタが閉まっていない

以前は2階建てだったものが平屋になり、白とオレンジを活かした外観が青空によく映えている。店主の新嶋正規さんはいるだろうかと中をのぞくと、レジ前でクリスマスプレゼントのラッピングに励んでいた。相変わらず子どもたちに人気で、相変わらず忙しそうだ。
以前はスペースいっぱいに文具や本がぎっしり並んでいたが、今は通路を広く取り、本も面陳が増えて見やすくなっている。でも、あの町内無料電話とガムマシンは相変わらずレジ横に陳列している。そして『離島の本屋 ふたたび』も、一緒に並んでいる。う、嬉しい……。

「取材の時に小学生だった子たちは中学生になってダンスがすごくて、里帰り中に取材されていた彼女は今、沖縄で先生をやってます」
店構えだけではなく、買い物に来る子どもやお姉さんたちも成長したり違う環境に飛びこんだりと、前向きに変わっていたとは。今は「鬼滅の刃」グッズが並ぶレジ下のガラスケースは、いずれ違うキャラクターに変わるかもしれない。でも子どもたちにとって、大人になっても安心して立ち寄れる場所を新嶋さんが作り続けていることは、これからも変わらなそうだ。

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【写真3】新しくなった金武文化堂

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【写真4】新嶋さん(左)と、久々の再会

金武町から那覇方面に南下し、次は沖縄市にあるコザすばる書房に立ち寄った。すると以前と変わらぬ様子の、下地喜美江さんの姿があった。「お元気そうで安心しました」と言うと、病気の治療をしていたという言葉が返ってきた。部位は違うものの、私も同じ病気をこの3年の間に患っている。同じものを抱えるゆえの親近感なのか、再訪するまでの間にできた距離が、しゅっと縮まったような気持ちになった。
以前多肉植物について色々教えてくれた、近所の小さな常連・りゅうがくんは、別の場所に引っ越してしまったそうだ。でもやり取りは続いていると、下地さんが教えてくれた。
コーヒーを淹れていただいたので、飲みながら棚を見渡す。色々なジャンルの本が並ぶカオスのような空間は、以前のままだ。

「天久さん(BOOKSじのんの天久斉さん)が整理を手伝うよって言ってくれたんだけど、私はこの状態が居心地よくて」
個人経営の古書店なのだもの、店主の居心地の良さが一番ですよね。そんなことを言いながら、また会う約束をして店を後にした。

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【写真5】下地さん(右)と並んでいるように見えるが、前にいるので遠近法により私の顔がデカい

沖縄市から那覇方面に戻るためには、宜野湾市を通過しないとならない。「宜野湾を通るのなら榕樹書林とBOOKSじのんは外せないよね」ということで、まずは榕樹(ようじゅ)書林を訪ねた。店主の武石和実さんは全沖縄古書籍商組合の会長をしているゆえ、各地を忙しく飛び回っている。今回の訪問はアポなしなので、いらっしゃらなくても仕方がない。その場合は挨拶だけして帰ろうと思ったら、武石さんが現れた。

「コロナもあって、本が売れないんですよ~」
そう言いながらも悲しい口調ではなかったので、聞いていて重い気持ちにはならなかった。沖縄関連本がぎっしり並んでいるのも壁にかかったフクロウの時計も以前のままで、私にとっては見慣れた空間だった。しかし同行したころから代表・木瀬さんは今回が初の榕樹書林。出版も手掛けているゆえ、「沖縄」に関連するものならどんなジャンルの本でもござれ、という風格を漂わせている本棚を目にして、明らかに圧倒されている様子だった。自分が文章で紹介した場所を見て、誰かが驚いている。もう「しめしめ」としか言いようがない状況に、ひとりほくそ笑んでしまった。今度は1人で、ゆっくり見に来てくださいねーー。

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【写真6】武石さんと。やっぱり前にいるので遠近法により(以下略)

BOOKSじのんは、榕樹書林から2キロ程度しか離れていない。なのにレンタカーのカーナビが意味不明の経路を示したため、ぐるぐると迂回してようやく到着した。「天久さんは外出しているけれど、もうすぐ戻る」と聞いたので、入口の「19円均一(税抜)税込み21円だよ~ん」コーナーをチェックして待つことに。自分の本があったら買おうと思っていたのに、今回はないようだ。ちょっと残念……(笑)。

戻ってきた天久さんは、神戸にあるふらり堂という古書店の代表、齋藤祐生さんと一緒だった。明日13日は沖縄の古書店が参加する「市会」があり、しかも年に1度の「大市会」の日だという。齋藤さんは大市会にゲスト参加するために、沖縄にやってきたそうだ。
「イベント、どうして明日なの。行けなくて本当にごめんなさい」
申し訳なさそうに、天久さんが言った(でも1週間早くは物理的に無理だったし、1週間遅かったら沖縄に行くこと自体が難しくなっていた)。
「大丈夫ですよ」
なぜならイベント終了後に、会う約束をしていたからだ。その方がゆっくり話せるからいいよねと思っていたし、イベントは私を知らない人が参加してくれればいい。リアクションと声が大きい鹿児島出身の齋藤さんも来てくれることになったので、この日は簡単に挨拶して別れることにした。

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【写真7】慌てていたのか、天久さんとの写真を撮りそびれてしまった。最近はどこの本屋も、コロナ対策のシートをしている

取材ではないとはいえ、1日に4軒もの本屋を巡るとさすがにちょっと疲れてくる。キンタコのタコライスとタコスはボリュームもカロリーも満点だったけれど、そろそろエネルギーが切れてきた。
でもそんな私は、宜野湾市と那覇市の間の西原町にうってつけの場所があることを知っていた。ブックカフェのブッキッシュだ。4年ぶりにまたブッキッシュのケーキとコーヒーで一息つこう。以前食べたチーズケーキを思いだした途端、目の前がぱあっと明るくなった。(『後編』につづく)
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『離島の本屋』(2013年刊)から7年。第二弾となる『離島の本屋ふたたび』を上梓された朴順梨さんにご寄稿いただきました。
2020年12月、コロナ禍の間隙をぬって開催された刊行記念トークイベントに向かった沖縄の書店事情ーその後をルポしていただきます。(ころから編集部)

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