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彼の中の「好き」と「嫌い」のせめぎ合いは、あまりにピュア。

ほんの感想です。 No.53 里見弴作「銀二郎の片腕」大正6年(1917年)発表

あなたは、「大好きな人に、自分の大嫌いなものを見てしまい、感情が好きと嫌いの間で激しく揺れた」という経験はありませんか?里見弴の「銀二郎の片腕」は、その激しい感情の揺れの末に、「えッ、そんな・・・」というショッキングな結末へと向かった男の物語でした。

―こういう話を聞いたー

と始まるこの作品。

描かれたのは、北海道のある牧場で、銀二郎という牧夫が引き起こした事件の経緯でした。読んでいると、登場人物の動きや話す様子が容易に思い浮かび、迫力を感じました。それだけに、銀二郎がとった行動には驚きました。

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作品に登場するのは、次のような人たちです。
・三十二歳で夫に死別した後、十数人の牧夫たちの先頭に立って働いてきた、姉御肌で商売上手、そのうえ面倒見のよい女牧場主。
・女牧場主を「旦那」と尊敬し、慕う牧夫たち。
・牧童たちの中でもひときわ女牧場主に執着し、それゆえに憎まずにはいられなくなる銀二郎。

この物語の中心となる女牧場主は、普段は、牧夫たちが「近づきがたい」と感じるような、威厳の持ち主です。しかし、祝い事があって酒を飲んだ時などは、酔って牧夫部屋を訪れ、牧夫たちと気さくに酒を酌み交わす、という女性です。

彼女は、牧夫たちに、女神のように、あるいは慈母のように臨んでいましたが、ある日、銀二郎にとんでもない姿を見られてしまいます。

それは、盗み酒をしたことに怒り、足腰の立たない舅を、彼女が初めて殴りつけたときのことでした。その騒ぎを聞きつけて母屋に入って来たのが銀二郎でした。彼は、

「旦那、そりゃァよくねえ」

と、主人をその舅から引き離したのです。

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牧夫たち同様に、あるいはそれ以上に主人を慕っていた銀二郎でしたが、このことがあり、次第に主人がやったことを許せないと思うようになります。

銀二郎は、

汚い自分を、嘘によって綺麗に見せようとすること

を嫌う人物でした。しかも、仲間からも変人扱いされるほど潔癖な性格です。そんな彼が女牧場主に下した評価は、非常に厳しかったのでしょう。

もし、そこで、銀二郎が女牧場主に幻滅し、嫌いになれば、それで何事もなく済んだように思われます。しかし、銀二郎の内では、女牧場主に対する「好き」と「嫌い」が並走したまま、いずれも熱量を増していったのです。そして、いずれも頂点に達したとき、ほんの少し「好き」が勝った。それがもたらした、物語の結末です。

一体何が起きたのか、その内容は、「銀二郎の片腕」というタイトルでお察しください。

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前述の岩波文庫「日本近代短篇小説選 大正篇」の紹介文によれば、この作品は、里見弴に兄事した、北海道出身で牧場での仕事の経験もある中戸川吉二に取材したというものです。最初にその話を耳にした時、里見弴は、とてもとてもびっくりしたんだろうな、と想像しています。

ここまで、読んでくださり、どうもありがとうございました。


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