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ちいさい秋見つけた

だれかさんがだれかさんがだれかさんが見つけた
ちいさい秋ちいさい秋ちいさい秋見つけた

 童謡「ちいさい秋見つけた」の出だしの歌詞だ。幼い頃とても好きな歌だった。小さな社宅でこたつを出したばかりの季節、母とわたしだけの静かな時間を思い出す。温めてもらった牛乳に蜂蜜を少し入れて、スプーンで混ぜていた。

「うつろな目の色 溶かしたミルク」
という歌詞のミルクはこんなのかなぁと思ったりしていた。よくわかっていないことばかりの幼い頃がなつかしい。

 今年の秋はと言えば、いつまでも夏のような日差しと気温、秋らしさはなかなか感じられなかった。でも、わたしの中の今年の「ちいさい秋」は、ある日の夕方の風景の中でほんのりと現れた。

 先日、資格試験があった時のこと。7か月前に小さな誓いを立て、試験に挑戦することを決めた、あの試験の本番がついに来た。朝9時から夕方4時半過ぎまでの長丁場…こんなに集中したのは久しぶりだった。疲れた。ほんとうに頭が痺れるほどだった。

 その帰り道。夕焼けがビルに反射して薄オレンジ色になっていた。電車の窓から見知らぬ街の交差点が見えた。知らない街の知らない人たちが信号待ちをしていた。その時だった。

 だれかさんがだれかさんがだれかさんが見つけた
 ちいさい秋ちいさい秋ちいさい秋見つけた

 疲れきったわたしは、あの歌を思い出した。家に帰りたい、昔両親と妹と暮らしたあの家に帰りたい、と思った。家に帰れば母も晩ごはんを作って待っていてくれた。ありがたいことだった。自分が一生懸命がんばることを全面的に応援してくれていた家族のこと、申し訳ないほど普通のことだと思っていた。

 久しぶりに脳を振り絞った日、母の晩ごはんが食べたくて、なつかしくてどうしようもなくなった。今のわたしは自分の家に帰って自分で前の日に作ったカレーを食べるのだ。あの頃のなつかしい食卓には帰れないのだ。

 もうすぐ電車を乗り換えなきゃならないタイミングでツーっと涙が出た。幼すぎて、若すぎて気づかなかったかけがえのないもの、その時の気持ちが蘇ってきて、もはや手に届かないと気づいて泣けてしまった。

 わたしが資格試験の勉強を通して得たものはいろいろあるはずなのに、終わった瞬間は、解放感とか達成感ではなく、「生まれ育った家は恵まれていたなぁ、ありがたかったなぁ」という気持ちだった。それに気づけたのは、もしかしたら大切な収穫のひとつなのかもしれない。

 秋の夕暮れの光に照らされた見知らぬ街は、少しひんやりと、そして少しずつ暗闇にのまれて行った。

こんな秋の空…深呼吸しよう🍁


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