〈実話前世👘4〉父の前世の名前が下から3cmだけわかりました
こんにちは👋😃椿あんこです。
実話前世シリーズ、続きを行ってみたいと思います☺️。
⛩️会津に来てみたものの
年が明け、季節は春になりました。
私、母マミコ、父トシオ、は、
いよいよその時が来た!と言わんばかり、
鼻息荒く東京から新幹線に乗り込み、
会津に向かいました。
マミコの枕元に現れた江戸時代の武士の妻(現世では私の祖母)のヒントをもとに、
父トシオの前世は、会津藩は白虎隊の隊士、石田和助なのではないかと
あたりをつけたのです。
とりあえず会津についてすぐに、
日新館(白虎隊隊士達が学んだ藩校)に向かいました。
⛩️浮かない顔のマミコ
当時はまだ東日本大震災の二年前でした。
今から考えると、地震も、津波も、放射能も、
コロナ禍すらもなかったこの年の観光は
なんとのどかな平和的なものだったでしょう。
会津藩の藩校である日新館は、観光客で賑わっていました。
校舎の色々なところに、白虎隊の説明がなされています。
私「ほら、あそこに、石田和助のことが書いてあるよ😃!」
マミコ「そうねえ。。。😊」
マミコはなんとなく、石田和助にしっくり来ていないみたいです。
次に、いよいよ今回の本丸、飯盛山に行きました。
中央に、どーんと、白虎隊士(士中二番隊)の皆様のお墓があります。
観光客によって手向けられたお線香が、
もくもくと揺らいでいます。
マミコ「この中には、いないみたいなのよねえ。。。」
なんですと!(早く言ってよお~😭)
ガッカリする私をよそに、
父トシオは普通にいち旅行客として、パシャパシャとデジカメで、
撮りまくっています。
もともと、父トシオは霊感もない上に、
自分の前世がどうのこうの言われても、あまり真剣にはとらえず、
どちらかというと、「会津旅行についてきた🎵旅行だ旅行だ~😍」というイメージなのです。
⛩️会津に来たのに振り出しに戻る?
去年の10月に、父トシオの前世は
会津藩の白虎隊の士中二番隊の石田和助ではないかと予想してから、
私達は新幹線をとり、宿をとり、レンタカーも借りて、
着々と旅行の準備をしてきました。
行けば父トシオの前世がわかるかも知れないと思っていたのに。
なぜ、マミコが浮かない顔をしていたかと言うと、
数日前に、「墓の映像を見せられたから」だそうです。
私「墓の映像? だったら簡単じゃない!だって、お墓に名前が書いてあるでしょ?それ読めばバッチリじゃな~い!😊💕」
マミコ「それがねえ、下の方の文字の一部しか見えないのよ。
さっきお墓で見てみたら、そんな漢字の人はいなかったみたいで。。。」
⛩️最後の文字の一部だけ見えた
マミコによりますと、墓碑銘が、
○
○
○
○
一
↑の、この、下から数えて数センチしか
見えないらしいのです。
私「なんでそこしか見えないのよ~😅」
何故、こうも謎解き的な感じで進んでいくのでしょうか?
つまり、その白虎隊隊士の名前の最後の一文字は、
「○○○一」という名前らしい。
なので、石田和助の名前では、最後の一文字が合わないのです。
私「うわー、めんどくせーことになってきた😂」
私達がずっと仮認定してきた石田和助、ではない。
調べ直さねば。
でも、今は会津に来ています。
東京に帰ってから調べ直すのはもったいない。
私は会津のホテルで、ケータイのネットを使い、
白虎隊隊士の名前の最後の一文字をもう一度確認することにしました。
郞、
郞、
郞、
郞、
郞、
彦、
助、
吉、
郞、
助、
治、
次、
郞、
美、
治、
助。。。
一同「幕末の男子につけたい名前、○郞が流行っていたのか」
私「士中二番隊の自刃した白虎隊の中に、名前の最後が『一』で終わる人がいなかったよ😭」
私「でもねぇ。父トシオは、自分の前世のお墓に墓参りしてるんだものねぇ。。。うーむ」
私「明日の朝さあ、もう一度、飯盛山に行かない?ちょっと明日の予定変わるけど」
私達はホテルで朝食のあと、再度飯盛山に向かいました。
続く❗
椿あんこでした。
今日もお読みくださりありがとうございます。
スキ💕もいつもありがとうございます😊🌸
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