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【日記エッセイ】200円の遺跡

その昔、雑貨店の店員だったころに書いた日記ブログのようなのを発掘した中から、ブラッシュアップしてミニエッセイみたいなのを書いてみました。特に意味のない内容ですがひまつぶしに読んでくれたらうれしいです。

透明な球体の中にスポーツカーや戦闘機を閉じ込めたデザインの、スーパーボールがある。水族館のお土産コーナーとかによくあるガチャガチャ、1回200円。
中のモチーフは上記の乗り物系のほかに、ハンバーガーやペンギンといったかわいらしいのもあるし、スーパーボール自体がサッカーボールの模様に塗られているものや、ピンクのハート柄などバリエーションは豊富。海外メーカーの商品のためか一風変わったデザインが多く、色もカラフルだったが中に見える造形物のつくりは若干甘かった。味のある造形、と言うと聞こえは良いが、つまりは雑な造りだった。

5歳ぐらいだろうか、ある男児がお母さんにおねだりして、ガチャガチャ機の手前に見えているスーパーボールを指さし
「この車のやつがほしい!」
といきまいて、ガチャガチャに挑戦した。ガチャガチャってのは手前に見えているものはすぐには下から出てこない仕組みだということもまだ理解していない、希望に満ち溢れた少年は、レバーを勢いよく回した。ガコン!と音を立てて出てきたスーパーボールを勇んで取り出す。出たスーパーボールはその場にいた誰もが予想できないものだった。

──ローマの古代遺跡。

球体の中に、地味なうすグレーで塗られたコロッセオみたいな形が見える。
コロッセオは、現在ではイタリアの首都ローマを代表する観光地であるが、そもそも西暦80年ごろ、ティトゥス帝が己の人気集めのために多くの剣闘士たちを猛獣と戦わせ、殺し合いを市民に楽しんでもらう娯楽施設として建てたそうだ。さらにもう一つの使用目的が罪人の処刑場。処刑もまた、市民には娯楽であり、見せしめの意味もあったのだろう。

正直、男児にはなんだかよくわからないものが出た。ぱっと見わからない上に、しげしげとじっくり見ても、やっぱりよくわからなかった。スーパーボールの中に、遺跡が建っているのだ。遺跡を手にしたとて、もはやそこにロマンは無い。大人でも意味が解らないし、遺跡が大好きな人からはむしろ喜ばれないレベルの安いクオリティ。なぜそんなものをキッズがメインターゲットであろうスーパーボールのラインナップに入れたのか?製造元に問い正したい。

男児は途方に暮れた。
泣くでも無く、怒りもしなかった。否、出来なかった。生まれて5年の月日、おそらく人生で初めて見る「遺跡」だったろう。そしておそらく人生初の壁にぶち当たったといっても過言ではない。うつむいたまま、小声で
「…車の……車のがよかった……」
と言うので精一杯。チャレンジする前の、満面の笑顔で「車のがほしい!」と言っていた勢いはもうまるで消え失せていた。敢えて言葉にするなら困惑、といったところか。

一方、お母さんも咄嗟にフォローできなかった。お母さんにもまた、何かわからないものが出てしまったからだ。戦闘機が出たら「ひこうきもカッコいいなあ!」と言えるし、ペンギンならかわいいのが出たねよかったねと言えた。何かの建造物…世界史の教科書で見たことがある…かもしれないが…いったいこれは何だろう?何だっけ?

親である前に人であった。動揺が隠し切れない。
一言でまとめるなら【絶句】である。明らかに顔が引きつっている。

たまたま近くにいた店員は、いたたまれなくなりおずおずと「今回だけ…」とぽつり言って、ガチャガチャ機を鍵で開け、男児が持っていた古代遺跡とさっき欲しがっていた車とをおもむろに交換した。

それはとても赤いスポーツカーだった。


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