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禍話リライト:赤い布

北関東の某県に、何故かどんどん人が引っ越してしまうマンションがある。
老朽化があるわけでもなく、周辺の環境に問題がある────例えば隣が火葬場とか────というわけでも無い。おかしな臭いや騒音も全く無いし、事故物件の情報がわかる「O島てる」への記載もない。家賃も相応で普通に住みやすそうないいマンションだ。

2~3年前の話。
A君は、ネット上の趣味のコミュニティで山田君と知り合った。年も近くてなにより趣味の話が合うので頻繁に通話していて仲良くなった人だ。聞けばそう遠くない地域に住んでいることがわかった。
山田君は冒頭に出てきた「人がすぐ引っ越してしまうマンション」に住んでいる。A君は単純にそんなマンション見てみたいな~と好奇心が沸いた。
話の流れで山田君が
「ひとり暮らしだから気楽っすよ。今度遊びに来ないっすか?」
と誘ってくれたので、A君は遊びに行くことになった。

当日待ち合わせ場所に行くともう一人、山田君の会社の後輩である佐藤君もいた。
「僕も山田さんのマンション興味があって来たんですよ~」
と、初対面だったが人当たりが良く、A君もすぐ打ち解けた。
3人で山田君のマンションに向かう。近くにはコンビニもあって便利そうな、閑静な住宅街だ。広めのエントランス、オートロックもあり設備も申し分ない。
ただ、集合ポストを見るとテープで封鎖された部屋だらけだった。
(やっぱり住んでいる人は少ないんだ……どうしてだろう)

エレベーターで6階に上がり、外廊下でいくつかの部屋の前を通り過ぎる。ドアポストもテープでふさがれている部屋ばかりで、ガスや水道の案内がつるしてある部屋がほとんどだった。
山田君が冗談まじりに
「家賃も今ならおれが住み始めた時より下がってるかもな~。A君も佐藤君も引っ越して来れば~?」

山田君の部屋に入っても特にマイナスなところは見当たらず、本当に良さそうな物件だ。実家を出てひとり暮らしも悪くないかも?とA君は思い始めていた。

夜、注文していたピザが届いた。A君は率先して玄関のそばの台所でお皿の準備をした。さすがに玄関すぐの外からはなんらかの音がする。そんなのはどの物件でも当たり前で、騒音にも値しないだろう。

ただ、A君はその音がなんだか気になった。
外廊下はコンクリートの打ちっぱなしだったが、その固いコンクリートの床を素手でたたいているような、プロレスラーが受け身を取ったときのようなパシン!という音が一定の間隔で響いている。

(……何の音だ?)
ドアスコープを覗いてみるも雨風のせいで汚れているのか、何も見えない。室内の2人にも尋ねてみる。
「なんか、外から音がするんだけど」
パシン!パシン!と音は変化なく続いている。
佐藤君は躊躇なく
「何だろう?おれちょっと見てきますわー」
と自分の靴をひっかけながら外に出ていった。

ピザの準備は出来たが、佐藤君は全然戻ってこない。
パシン!という音はまだ聞こえているが、A君は何故か佐藤君の後を追う気にはなれなかった。

さらに5分ほど過ぎても戻らない。佐藤君は携帯も部屋に置いたままだったので、連絡することもできない。すると今度は、山田君が「ちょっと見に行ってみるわ」と出ていく。確かに、このあたりに初めて来たA君よりは土地勘があり探しやすいだろう。

あいかわらずパシン!パシン!と聞こえる。
が、10分経っても2人とも帰ってこない。山田君も携帯を部屋に置いたままだ。しくじった。

A君はおそるおそる、玄関のドアを少しだけ開けてみる。

電気は点いているが、それでも薄暗い外廊下。
音は鳴っている。
こんなに長い時間コンクリートの床を叩いているのだとしたら、きっと手は腫れ上がってしまうだろう。

ドアを開けた分当然音がよりはっきりと聞こえ、更にその音の間に女の声が聞こえた。
パシン!パシン!
「あ~あ……」パシン!
「もう~……」パシン!パシン!
なんだか厭になっちゃった、みたいな、ためいきまじりの声。

思い切ってドアを勢いよく開けた。2つ向こうの部屋の玄関ドアが全開になっていて、外廊下に向かって何かが倒れている。
咄嗟に目を伏せてしまい一瞬しか見ていないから詳細はわからないが、
A君の表現をそのまま記すと
[ずさんに切り取って加工ソフトで下手に合成したような]
赤い布に胸から下をくるまれている左向きの女性が横たわってこっちを見て、その状態で手を伸ばして床をパシン!パシン!と叩いている。
[なんだかザラっとした質感]に見えたという。

ザラっとした質感の写真を雑にコラージュしたように見えるという、歪な視界。A君は凝視したらダメだ、近づいたらダメだと瞬間的にそう思い、目を伏せたそうだ。そしてすぐに玄関ドアを閉めた。

もうここから出たい。
エレベーターを使うにはその問題の部屋の前を通らなくてはならない。ここは6階、逆側に非常階段はないのか、なんとか脱出方法はないかと、山田君の部屋のベランダに出て周辺の様子をうかがう。映画とかでよくある、ロープ的ななにかで下に降りるか……?いやこの高さを……?
と、ぐるぐる考えながらマンションの下をのぞきこんだ。

ベランダのすぐ下のぽっかりあいた空き地に、奇しくもちょうど街灯に照らされている佐藤君と山田君が立っているのが見えた。
こちらを見上げるでもなく、ぼーっと立っている。

(えっ……あの2人、どういうこと?何してるんだ?)
おもむろに山田君が動き出した。
空き地に大きい布のようなものが畳んで置いてあって、それを広げ始めた。途中から佐藤君も手伝いながら、赤い、大きな布を今いるベランダの下あたりにきれいに広げて、丁寧にしわを直して広げ終えると同時に2人がギュッとこちらを見た。

「おれは飛び降りねえからな!!!!」

A君は咄嗟に叫んでいた。
混乱しているが言葉は口をついて出てくる。
「おれは飛び降りないからな……」

(たぶん2つ向こうの部屋のあいつは飛び降りたんだろうな)
(飛び降りたあとにそこにいた周辺の誰かが気を利かせて何か隠せるものはないかと布をかけてあげたんじゃないか)
(布では全部を覆いきれなかったんだろうか)

そんな考えが次々と頭をよぎり、たまらずバスルームに駆け込んでこもる。隅っこにしゃがみこんで目を閉じて、次から次へと浮かんでくる[飛び降りについてのこと]を考えないように必死に耐える。
全然違うことを考えようと、歌を歌って気を紛らわせようとしても時折
「飛び降りないぞ……」
と口に出してつぶやいてしまう。
「○○みたいには飛び降りないぞ……」
と知らない人物の名前まで口から出てくる。
思考がひっぱられるのを必死に防ぐ。

何時間経っただろうか。
ハッとして顔をあげると外が明るくなってきていて、パシン!という音も聞こえなくなっていた。A君はバスルームを飛び出て自分の荷物をひっつかんで、非常階段を駆け下りて逃げ帰った。


山田君からはその後、一切何も連絡が無いという。
でももし来ても応じることは無いし、A君から連絡することは絶対に無い。


※この話はツイキャス「禍話」より、「赤い布」という話を文章にしたものです。(2024/06/29 禍話フロムビヨンド 第一夜)

禍話二次創作のガイドラインです。


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